アカデミックデイ2014
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アジア・移動・インターネットカフェ

研究者からの一言 アジアとインターネット、並べられてピンときますか?

概要

皆さんはアジアのインターネット利用についてどのようなイメージを持っていますか?情報先進国/発展途上国が混在する東アジア・東南アジアの国々を「インターネットカフェ」と「移動」というキーワードから探ってみたいと思います。

出展代表者

人間・環境学研究科 共生人間学専攻 吉田研究室
 平田 知久 特別研究員(PD)

参加者

人間・環境学研究科 共生人間学専攻 吉田研究室
 平田 知久 特別研究員(PD)

来場者より

目の付け所がすばらしい賞
移動×インターネットというテーマが面白い!賞
地域(ローカル)賞
研究のウラ話を赤裸々に話してくれたで賞
知りませんでした賞
ザ・京大で賞
治安がこわい賞
視点がおもしろいで賞

アカデミックデイを経ての感想

 実はこれは当日の感想ではないのですが、私が今年アカデミックデイで自分の研究のことを話してみようと決めたのは、1年半ぶりに滞在したフィリピンのマニラでのことでした。

変わらない喧騒の中でも着実にスマートフォンが普及し始め、混雑するLRTの中でfacebook上の「友だち」のポストを確認することが日常的になってきているその途上で、私が調査し研究してきたインターネットカフェはどのように変わっていくのだろうか、と街を歩きながら感じたのがきっかけです。

その意味では、アカデミックデイ当日に、私のブースで足を止めてくれた方々にお話したことは、「現在」のアジアのインターネット利用ではなく「少し過去」のそれ、――とは言え、メディア機器とその環境の変化の速度を鑑みれば、「大昔」になってしまうのかもしれませんが――、なのでしょう。

ですが、おそらくアジア各国・各社会のインターネットカフェが語る社会とメディアのあり様、そしてその問題は、メディア機器が変化しても残り続ける(場合によっては、問題が先鋭化する)のだと思います。

当日は、その説明を長くし過ぎてしまったために、他の出展を見に行くことができない方もいたかもしれません。ただ、アジアのインターネットカフェからそれぞれの社会を見たり知ったりすることができる、ということを直接伝える機会を得たことは、私自身にとって大きな勉強になりました。

一般的に「文系」と呼ばれる領域に属する研究者は、ポスター1枚で自分のやっていることを説明するのはなかなか大変だと知りつつも、「文系day」と「理系day」を分けなければならないぐらいに文系領域のポスターの比率が高まれば良いな、と感じます。

またその意味では、結論や結果以上に、思考の過程を辿る魅力や発想・着眼点の面白さなどをウリにする文系領域のアウトリーチに向いているのは、ちゃぶ台の方かもしれないと思ったりもします。

ともあれ、自らの研究を広く市井の人々に向けて、同じ目線の高さで説明することによって、普段の研究教育活動で得ているのとは少し違った「聞き手の真摯さ」を体感することができました。その一点をもっても、私はアカデミックデイに出展してよかったと思いますし、多くの研究者の方々に出展を勧めたいと考えています。

平田知久

フォトギャラリー

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研究者の本棚

本出展の参加研究者がお勧めする本をご紹介。

= 取り扱いあり

今の仕事(研究、進路)を選ぶきっかけになった本

L'ecriture et la difference/エクリチュールと差異

Derrida, J., Seuil/ジャック・デリダ著、合田正人・谷口博史訳、法政大学出版局

この本に所収の「暴力と形而上学」という論文で、「他者の他者性を無視して、自らと同じものと見なすことは、他者に対する暴力ではないか」と考えた思想家E. レヴィナスに対して、J. デリダは「そのような暴力がなければ、私たちは暴力があったということすら認知できないのではないか」と批判します。教員養成課程の大学に通っていた私は、この本を読んで「では教育とはいかなる営為なのか?」という疑問を持ち、研究を志しました。

L’ apparition du Livre/書物の出現〈上〉〈下〉

Febvre, L., and Martin, H-J., Albin Michel/リュシアン・フェーブル、アンリ=ジャン・マルタン著、関根素子他訳、ちくま学芸文庫

書物というメディアがどのようにかたち作られたかを、社会史という視点から明らかにした古典とも言える本です。著者のL. フェーブルとH-J. マルタンは、私たちが知っているメディアが様々な「モノ」から出来ていることを、改めて気づかせてくれます。紙、インク、活版の歴史を辿るという彼らの視点は、私の研究では、パソコンやケータイ(そしてそれらが利用される場所)を「モノ」として捉えるという考え方に活かされています。

今ハマっている本(誰かとこの本について話したい)

弱いつながり――検索ワードを探す旅

東浩紀著、幻冬舎

学術書として見た場合の細かい内容については措くとして、この本で東浩紀さんが現代社会に投じたメッセージは真剣に受け取られ、考えられるべきだと思います。そのメッセージは、「現代のインターネットの検索システムでは、世界は人々の関心の範囲に収束し、そのような世界で人々は充足してしまう。それがまずいと思う人は、検索ワードを拡げるために旅に出て、観光客になろう」というものです。皆さんは、これにどう応えますか?

Adieu: à Emmanuel Lévinas/アデュー―エマニュエル・レヴィナスへ

Derrida, J., Galilée/ジャック・デリダ著、藤本一勇訳、岩波書店

E. レヴィナスの死を受けて、J. デリダがレヴィナスの思想を「歓待(他者の受け入れ)」というキーワードから考察した本です。私としては、この本に「ハマってる」というよりも、私を研究の途へと誘った二人が、紆余曲折を経た私の現在のネットカフェ研究で、最後に問題になることをあらかじめ知っていたかのように先回りされたという意味で、むしろ「ハメられた」気分です。しかし、改めて「おもてなし」とは何なのでしょうか?

若者にお勧めしたい本

The House of Earth /大地(一)(二)(三)(四)

Buck, P., S., Moyer Bell and its subsidiaries/小野寺健訳、岩波文庫

著者のP. バックがノーベル文学賞を受賞した小説で、私は大学生のときに、一週間ばかり講義そっちのけでこの本を読んでいました。歴史に翻弄される近現代の中国の農民の生活と、彼らの生活の糧である大地や家をめぐる叙述の苛烈さについて様々に心を巡らせてみてください。加えて、インターネットで覆われたとされるこの世界で、人々の生活について知ったり考えたりする意味を、改めて考えてみてほしい、とも思っています。

Global Cinderellas: Migrant Domestics and Newly Rich Employers in Taiwan

Lan, P-C., Duke University Press

台湾国立大学のP-C. ランさんによる、台湾の新中間層の家族と、そこで家政婦として雇われるフィリピン人・インドネシア人女性の生活についてのフィールド・インタビュー調査をまとめた本です。少子高齢化に歯止めがかからず、今まで家族が担ってきた様々な機能をアウトソーシングしつつある日本にとって、アジアの他の先進国・先進地域でなされてきた「外国人受入」にかんする調査は、先例として学ぶに値するものだと思います。

自分の研究に関連して紹介したい本

Hello My Big Big Honey!: Love Letters to Bangkok Bar Girls and Their Revealing Interviews

Walker, D., and Ehrlich, R., S., Last Gasp of San Francisco

カナダ出身で様々なメディア活動に従事するD. ウォーカーとカリフォルニア出身のジャーナリストR. S. エーリッヒが著した異色の本です。前半部分では、バンコクのバー・ガールl(売春街で働く女性)たちに宛てられた白人男性からの「ラブ・レター」を載せ、後半部分では彼女たちがそのような手紙をどう捉えているのかインタビューしています。実は、インターネットカフェでも同じことが起こっていることをお話しようと思っています。

Les mots et les choses: une archéologie des sciences humaines/言葉と物――人文科学の考古学

Foucault, M., Gall/M フーコー著、渡辺一民・佐々木明訳、新潮社

思想史、あるいは歴史書としても読むことができる、M. フーコーの代表的著作です。彼はこの本で、私たちがよく知っているはずの「人間」という形象は、実はそれほど長い歴史を持たない、と論じました。このような考え方は、私たちにとってあまりに自明(当たり前)のものになったあるものを反省的に捉える際に、非常に役に立ちます。例えば、日本におけるインターネットカフェが、今あるかたちになったのはいつ頃からでしょう?