それぞれの専門分野で役割分担

冬に咲く「ビワの花の香り」に注目した3人は、それぞれの専門分野でビワの香りを紐解き始めた。まずは花の季節に必要な試料を確保し、花が終わった後で様々な実験に取りかかった。

「香り」のメカニズムは複雑で、香りの「物質側」と、香りを「認知する受容側」とで、それぞれ機構が違う。3人が見ているのは、香る物質側だ。何かが香るには物質が「揮発」しないと受容側に「香り」として認知されない。そのため、揮発性物質を生成する「酵素」が働く。酵素は「遺伝子の発現」によって作られる。遺伝子が発現する時はDNA(デオキシリボ核酸)の遺伝情報を写し取るRNA(リボ核酸)がたくさん現れる。このRNAを見ることで遺伝子の配列が分かり、関与する酵素の目星がつく。

こう書くと、最初から謎解きの方向性が決まっていたように見えるが、実は色々な場面で紆余曲折があった。幸運だったのは、謎解きの重要な場面で、3人の得意とする研究分野が十分に発揮できたことだった。

柘植は植物の形態形成が専門分野で、形態形成のメカニズムを分子レベルで解明しようと、遺伝学や生化学などを組み合わせて研究している。柘植にとって分子生物学的なアプローチは「道具」であり、RNAの取り出しや遺伝子の同定などは得意なジャンルだ。宴の席で注目したビワの花は、すぐ近くで咲き乱れている。詳しく調べられる量のRNAをとるには最適の季節で、材料は簡単に手に入る。そこで、RNA抽出に取りかかった。柘植にとっては簡単なはずの作業だったが、実は最初はなかなかうまくいかなかったという。

「バラ科のビワが、この季節に花を咲かせるというのに興味があって。真冬のポリネーター(花粉媒介者)は何なんだろう?と思ったりしました。ある意味、季節商売ですから、花が咲いているときにRNAたくさんとっておこうと思ったんです。花が終われば無理ですから。ところが、最初はうまくいかなくて。自分の専門なのに悔しくて、いくつか工夫してまとまった量が取れたときには2人に『ほら、取れたぞ』って自慢する写真を送りました」

まとまった量のRNAを手にした3人のうち、次に動き始めたのは肥塚だ。専門は、植物の代謝や香りに関する生理活性物質の生合成や生体触媒。取れたRNAから生合成遺伝子を単離し、その酵素の活性を調べようとした。ある程度は、結果を予測して取り組み始めたものの、柘植と同じく最初はうまくいかなかった。

「ビワから単離した遺伝子を使って酵素を作り出し、機能を解析しようとしたんですが、酵素が失活(活性を失うこと)してしまって。原因の解明に少し時間がかかりましたが、なんとか酵素の精製に成功しました。原因解明には、自分の経験が役立ったのかな。なんとなくおかしいな?と思った生化学的な『勘』が当たったんだと思います。その酵素の機能解析を始めようとしたんですが、市販の基質がないので古田先生に合成をお願いしました」

酵素の働きを受ける物質を「基質」といい、一般的に酵素は働きかける基質が決まっている。そのため、酵素の機能を調べるには、その酵素に「適合した」基質が必要となる。ここで、合成化学が専門の古田の登場となった。

「こんなものが欲しい」と依頼された物質を作るのは創薬そのものであり、薬学の古田にとっては自分の十八番だ。「基質がないから作ってといわれて、4カ月くらいかけて作りました。化合物の合成そのものはそれほど難しくはなかったんですが、精製に時間がかかりました。酵素の性質を探る重要な化合物ですし、不純物があると研究全体に迷惑をかけるので、慎重に精製しました。こればかりに集中している訳ではないので、少し時間がかかってしまいましたが」と淡々と語る。

3人の見事な連携プレーについて肥塚は、「分野が近いといって、やれと言われてできるものではないんです。それぞれが持つスペシャリティが活かされたおかげ」と指摘する。また、「本業と離れたところで、のんびり長くやっていたのが良かったのかもしれない。この研究が、例えばどこかの研究費で採択されたプロジェクトで、締め切りがあったら、まとまらなかった」とも。

この、本業から離れた研究は、花のオフシーズン3回を挟んで実を結ぶ。2013年から2015年まで花と付き合い、本業の合間に解析を進めて必要な写真を撮影し、論文の形にまとめ上げていった。肥塚は2014年の秋に山口大学に移っており、3人が揃う機会は減っていたが、2015年度内には論文を投稿しようと目標を定めて地道に作業を続けた。3人が結実させた最初の論文は、植物学分野で伝統ある1925年発刊の『PLANTA』に掲載された。