Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.48

生物のもつ酵素の力を解明し、クリーンで高効率な技術開発につなげる。「酵素と電極の直接接合によるバイオミメティクス」

農学研究科 助教
宋和 慶盛

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

2022年度に採択された農学研究科の宋和慶盛先生のテーマは「酵素と電極の直接接合によるバイオミメティクス」。生命活動に欠かせない酵素に着目し、基礎研究に取り組みながらアカデミア発のベンチャー起業にも挑戦するという。将来、エネルギー問題の解決につながるかもしれないという酵素のポテンシャルとは? メッセージ動画とインタビューで伺った。

クリーンで高効率。生物が持つ希少な「酵素」の力

まずは、宋和先生のご専門分野について教えてください。

「私の専門分野は生物電気化学で、生物の活動に欠かせない触媒材料である酵素について、基礎と応用の両面で研究を行っています。酵素と言ってもその種類は多岐にわたりますが、私は主にエネルギーを獲得する役割などを担っている酸化還元酵素に着目し、その仕組みの解明と、バイオミメティクス(生体模倣技術)への活用を視野に入れて研究に取り組んでいます」

酸化還元酵素とはどんな酵素で、どのような活用が考えられているのでしょうか?

「ある物質から電子が奪われて、別の物質に受け渡される反応のことを酸化還元反応と呼びます。この酸化還元反応を生体内で仲介する、つまり電子のやり取りを担うのが酸化還元酵素です。酸化還元酵素には電子の入口と出口があって、その片方に電極を『つなぐ』ことで、化学エネルギーを電気エネルギーに、または電気エネルギーを化学エネルギーに変換できるようになるんです。たとえば、エタノールなど高エネルギーの有機物を用意します。これを燃やして熱エネルギーとして利用することもできますが、酸化還元酵素と反応させることにしてみましょう。酵素がエタノールから電子を奪うと、電子は酵素の中を通って出口から出てきます。この出口に電極をつないでおくと電極に電流(電子の流れ)が生じる、つまり、有機物から乾電池のように電気エネルギーが取り出せるというわけです。

生物が食料から少しでも多くのエネルギーを得るために、酵素はエネルギー変換を非常に効率よく行えるように進化してきました。この仕組みを活用して、植物由来のバイオエタノールや廃棄物などから電気をつくるバイオ燃料電池として社会実装することが期待されています。また、酵素で特定の物質のみを検知して電気信号に置き換える仕組みは、医療用のバイオセンサーにも使われています。酸化還元酵素の応用研究は、環境志向が先行しているヨーロッパを中心に盛んに研究されている分野です」

生命活動のための仕組みを応用することが、クリーンなエネルギーをつくることにつながるのですね。宋和先生の研究の特色はどんなところにあるのでしょうか?

「酸化還元酵素のなかでも、『導電性酵素』に着目することが私の研究のポイントです。先ほど酵素に電極を『つなぐ』と説明しましたが、普通であれば酵素自体はタンパク質なので電気を通さないため、電極との間に仲介物質を入れて電子を受け渡す方法が一般的です。ですが例外的に、電極と電子を直接やりとりできる酵素というものもごくわずかに存在しています。世界で30種類、酸化還元酵素全体の0.01%しか知られていない電気を通す酵素、すなわち導電性酵素です。

酵素を用いて物質のもつ化学エネルギーを電気エネルギーに変換する2つの方法(左は仲介物質を用いる一般的な方法、右は導電性酵素から電極へ直接電子を受け渡す方法)

バイオ電池やバイオセンサーに導電性酵素を使うメリットはいくつかあります。1つ目は、仲介物質を経由しないため、理想的なエネルギー変換効率を得られることです。2つ目は安全性です。仲介物質のなかには毒性をもつものもあるため、環境毒性や生体適合性に配慮する必要があり、そのぶんコストもかかります。導電性酵素であればそもそも生物がもつ仕組みを利用しているため、そうした心配がありません」

科学的に興味深いだけでなく実用性も非常に期待できそうなテーマですが、どんな経緯で今のご研究を始められたのでしょうか?

「遡ると、高校生ぐらいのときにバイオ電池の存在を知って、面白そうだなと思ったのがきっかけで京都大学農学部応用生命科学科に進学しました。希望が叶ってバイオ電池を研究している研究室に配属になり、そこで出会ったのが導電性酵素でした。ドクターまでその研究室にお世話になったあとは、民間の農薬化学メーカーで工場現場を経験したり、電子部品メーカーに勤務したりして、2年ほど前に縁があってもとの研究室に着任することになりました。そこで以前から研究していた導電性酵素に戻ってきたという経緯です。

約4年間アカデミアとは違う環境に身を置いて、好き放題に研究するのではなく、制約の中でいかに実際に世の中に受け入れられる成果を出すか、というビジネス的な感覚が身についたことは良い経験でした。基礎研究にももちろん力を入れていますが、それと同時にできるだけ早く社会実装まで進めるため、今はアカデミア発のベンチャーを立ち上げることを目標に据えて準備を進めています」

高校生の頃から興味が一貫しておられるのも意外でしたが、起業の計画までお持ちだとは。そして、くすのき・125でもそんな酸化還元酵素に着目した研究に取り組まれているのですね。

人間と自然の調和のために、酵素の力でエネルギー問題や環境問題に挑戦したい

くすのき・125では、125年後に実現させたい調和した地球社会のビジョンについて伺っています。宋和先生のビジョンをお聞かせください。

「地球が長い年月をかけて蓄えてきた埋蔵エネルギーは、このままいけば早ければ数十年後、遅くとも125年後の時点では枯渇してしまうでしょう。そうなったときに、究極的に人類が利用できるのは地球外から入ってくる太陽のエネルギーだけになります。そうした前提のもとでエネルギー収支が均衡する社会をつくらなければならない。さらに、人間社会の発展と自然環境との調和も必要です。研究を通して、エネルギーと人間と自然、この難しいバランスをとれるような未来像を描いていく必要があると考えています」

その実現のために、先生が取り組まれることについて教えてください。

「どれだけ時間がかかったとしても、生体触媒、つまり酵素のもつ可能性を最大限に引き出し、社会に実装していきたいと考えています。

先ほどは、化学エネルギーを電気エネルギーに変換すれば電池をつくれるというお話をしましたが、逆に電気エネルギーを化学エネルギーに変換すれば、大気中の二酸化炭素を回収することにつながります。植物が行う光合成は光エネルギーを使って水と二酸化炭素からデンプンと酸素を合成しますが、これと近い仕組みを想像していただくと良いでしょう。

酵素のすごい点は、そうしたエネルギー変換効率が非常に優れていることです。現在、触媒を使って二酸化炭素を資源化する研究にも取り組んでいるのですが、無機触媒のエネルギー変換効率は5%程度が限界なのに対して、酵素を使えば計算上は15%程度まで引き上げられることがわかっています。つまり、現在の産業技術と比べて3~4倍の効率でエネルギーを変換できるポテンシャルを持っているのです」

酵素の力でエネルギーの均衡、そして人間社会と自然の調和をめざす

植物のように効率的に大気中の二酸化炭素を固定できるようになれば、資源問題にも環境問題にも大きなインパクトがありそうですね。しかし課題も多いのではないでしょうか。

「酵素の応用を実用レベルに引き上げるには、いくつものブレイクスルーが必要です。そのひとつは、年単位で活性が落ちないような安定性をもたせることです。これを解決するには、たとえば温泉などの高温下に生息する極限環境微生物のもつ酵素がヒントになるかもしれません。課題を乗り越えて技術を確立できれば、エネルギー収支を均衡させながら人間が発展し、自然と調和する社会も実現できると考えています。

一方、酸化還元酵素がすでに社会実装されている例としては、糖尿病患者の方の血糖値を測定するバイオセンサーがあります。これはグルコースから電子を奪う酵素をセンサーの素子に利用して、血中のグルコースに反応して流れる電流を測定するという仕組みによるものです。バイオセンサーに酵素を使う大きな利点として、高い基質選択性のおかげでグルコースのみを正確に測定できることが挙げられます。欠点としては、まず開発コストやランニングコストが高くつくことがありますが、保険がきくので利用者の金銭的負担は比較的小さくてすみます。また、安定性が低いため長期の利用や保存には適しませんが、設備の整った医療機関であれば適切に管理することが可能です。利用目的や使用環境が酸化還元酵素の利点・欠点にうまく合致したため、いち早く社会実装が進んだ好例と言えるでしょう。

エネルギーから医療まで酵素が秘めた幅広い可能性を引き出すには、基礎研究と社会実装の両方を同時に進めていくことが求められます。とくに企業ではなかなか取り組めないような息の長い研究については、アカデミアが率先して手を付けていく必要があるでしょう」

酵素の「かたち」の解明から広がる社会実装の可能性

くすのき・125で取り組まれる研究テーマについて教えてください。

「今回、『酵素と電極の直接接合によるバイオミメティクス』というテーマで応募させていただきました。導電性酵素の特性を解明するという基礎研究と、酸化還元酵素を社会実装していく応用研究の2つを考えています。

今、最も力を入れているのは、導電性酵素の特性を『かたち』から解明する研究です。私の所属する研究室の先々代の教授が導電性酵素の中でも卓越した活性を持つフルクトース脱水素酵素を発見したのは今から30年以上前ですが、それがどんな形状をしているのかは最近までずっと謎に包まれていました。それはなぜかというと、現在知られている多くの導電性酵素と同様に、この酵素が細胞膜に刺さったような状態で存在する『膜結合酵素』であることに関係があります。細胞膜の表面は、いわば水と油の接触面のような環境で、そこに存在する導電性酵素には水に溶けづらいという特性を持ちます。そうした特性のある酵素はこれまでの技術では直接観察することができなかったのです。そこで私は、クライオ電子顕微鏡法という新しい手法を使ってフルクトース脱水素酵素を観察してみることにしました。その結果、世界で初めてこの酵素の形状を観察することに成功しました。また、この発見が引き金となり、他の導電性酵素の『かたち』も次々に観察することができました。

形状が見えたことで、物質が酵素のどこから入って、電子がどのように移動するのかという経路もわかってきました。そうした特徴を捉えることで、世界で30種しか確認されていない導電性酵素にどんな共通の特性があるのか、その特性はどのような因子によって生み出されているのかを解明しようとしています」

自身で形状を解明した導電性酵素の模型を手に、酵素の機能について解説する宋和先生。この酵素は酢酸菌の細胞膜から採取したものだそう

もう一方の、酵素の社会実装についてはいかがでしょうか?

「将来的にはバイオ電池などにも挑戦したいですが、まずはバイオセンサーをはじめ、医療・ヘルスケア分野で付加価値の高いものづくりに取り組みたいと考えています。現在のバイオセンサーはグルコースしか測定することができませんが、疲労と関係していると言われる乳酸や、通風を引き起こす尿酸などさまざまな生体物質に対応したバイオセンサーができれば大きな需要があるでしょう。

酵素には、特定の物質と反応するためのポケットがついているのですが、このポケットをテーラーメイドにデザインするプラットフォームをつくりたいと考えています。たとえば、グルコースとフルクトースはよく似た分子なので、フルクトースに対応するポケットをもつ酵素のタンパク質を一部改変して、グルコースに対応する酵素に変えてやるのです。そのように各生体物質に対応した酵素の鋳型をつくり、ライブラリにすることができれば、使い道はたくさん出てくるでしょう。たとえば、尿に含まれる生体物質を測定できるようなバイオセンサーをトイレに組み込んで、日常生活の中で健康に関するデータを収集するようなことも可能になるかもしれません」

実現するとさまざまな場面で社会実装が進みそうですね。ベンチャーを立ち上げるというお話にも繋がってきそうですが、くすのき・125の採択期間は3年間では具体的にどんなことに取り組まれるのでしょうか?

「まずは、酵素のプラットフォームをつくるための足場づくりです。タンパク質を改変して物質ごとに対応する酵素をつくるというお話をしましたが、実はこれは簡単なことではありません。酵素を構成するタンパク質の配列とともに、それがどのように折りたたまれているかという要素も関係してくるため、正攻法でいけば膨大な組み合わせを試行しなければならないのです。そこで、この機会を利用して新たに研究に計算科学を取り入れたいと考えています。計算科学で酵素の全体像をとらえ、どこをどう改変すれば良いのかという仮説を立てることができれば、研究を格段に加速できるでしょう。

もうひとつは、おっしゃるとおりアカデミア発のベンチャーを立ち上げ、酵素のプラットフォームを事業化することです。昨年、スタートアップ支援の助成事業に採択されまして、そこから起業に向けて動いてきました。起業家が仲間を募るマッチングイベントでCEO候補の方と知り合うことができたのが追い風になって、2025年1月設立をめざして急ピッチで準備を進めています。

社会実装はスピード感が何よりも大切です。最初は小さな市場規模でも良いのでとにかく製品をひとつでもつくって、社会に届ける。失敗を恐れずアカデミアの外に一歩踏み出して、それからどうなるかは走りながら考えたいと思っています」

宋和先生が事業化をめざす酵素の社会実装の例

社会実装に向かって動くなかでこそ、研究者としての本当の課題が見えてくる

社会実装に向けた研究に取り組むだけでなく、起業して社会に製品を届けるところまでご自身で手掛けられるのは勇気のいることだと思います。最後に、その思いについてお聞かせください。

「産学連携ではなく自分で起業にこだわるのには、もちろん理由があります。今取り組んでいる研究はさまざまな技術開発のプラットフォームになりうる内容なので、最初の段階から特定の企業と連携してしまうと、それが停滞したときに契約の縛りで他の用途に展開しづらくなってしまいます。自分の手元でプラットフォームをコントロールしつつ、個別の用途について産学連携を進めていくほうが多様な社会実装に繋がりやすいと考えて、スタートアップという形を選択しました。

そもそも起業を決断した背景として、民間企業を経験したことはもちろん大きな要素ですが、農学という学問をやっているからには社会への還元につながる研究に取り組み、それをまた次の基礎研究につなげていくべきだという思いが根底にあります。そして、酵素にはまさに未来の社会を大きく変えるポテンシャルが秘められています。社会実装に向かって動いていく中でこそ、125年後の未来に向けて研究者として本当に解決すべき課題が見えてくるのではないでしょうか」

宋和 慶盛(そわ けいせい)

農学研究科 助教

京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻 修了。農学博士。三井化学アグロ株式会社、株式会社村田製作所での研究職勤務を経て、2021年2月より現職。専門は生物電気化学で、呼吸、代謝、光合成といった生物の機能を電気化学的に解明し、バイオテクノロジーへの応用・社会実装をめざす。とくに導電性酵素に着目して基礎研究と応用研究に取り組んでいる。

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