Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.51

生物の「かたち」と「リズム」の関係を解明し、より良い人工臓器の実現へ。「筋収縮の波を使って臓器の『かたち』を創り出す」

理学研究科 助教
稲葉 真史

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

理学研究科の稲葉真史先生は、「筋収縮の波を使って臓器の『かたち』を創り出す」というテーマで2022年度に採択された。謎に包まれた臓器の発生メカニズム、その解明の鍵を握るのは筋収縮のリズムなのだという。メッセージ動画とインタビューで伺った。

生き物の「かたち」を生み出す「リズム」に着目

まずは稲葉先生のご専門について教えてください。

「生き物の『かたち』がどうつくられ、成長していくのかを明らかにする発生生物学が私の専門です。現在はニワトリの胚を使って、消化管、とりわけ腸がどう成長してゆくかを研究しています。具体的には、有精卵からニワトリの胚を取り出して、さらにそのお腹から腸を取り出し、培養液の中に入れます。それを温めたり、酸素を加えたりしてやると腸が成長するので、その過程を顕微鏡で観察したり、色々な操作を加えて発生への影響を観察したりということをやっています」

腸の成長のどんなところに着目されているのでしょうか?

「とくに蠕動(ぜんどう)運動と腸の成長の関係に着目しています。蠕動運動とは、腸をはじめとする消化管の筋肉の収縮と弛緩が一方向に伝播する動きのことで、取り込んだ食べ物を口腔から肛門の方へと運ぶ役割を担っています。しかし不思議なことに、この蠕動運動は生まれる前の胚の段階からすでに始まっているんです。一体なぜ食べ物を摂取しない胚で蠕動運動が必要なのかを知りたいと思い、研究してみることにしました。

私が立てた仮説は、蠕動運動が腸の成長に関わっているのではないか、というものです。この仮説をもとにニワトリの胚の蠕動運動を抑制してみると、腸の成長も抑制されるということがわかってきました。そこで具体的に蠕動運動のどんな働きが腸の成長を促しているのか、詳細に解明すべく研究に取り組んでいます」

とても興味深いテーマですが、一体なぜ蠕動運動に注目されたのでしょうか。研究を始められた経緯について教えてください。

「もともと生き物の『かたち』やその多様性に惹かれていて、早い段階から大学では発生生物学を研究したいと思っていました。当時は遺伝子の機能がわかり始めてきた時代です。大学に入って発生生物学の授業を取ったものの、その内容は『この遺伝子がなくなるとこういう形の変化が起こる』……という話が中心で、遺伝子と『かたち』の間にあるはずの具体的な発生の過程を十分に説明してくれるものではないように感じていました。

近藤滋先生(当時は名古屋大学教授、現在は大阪大学教授)に出会ったのはそんなときでした。近藤先生は、生物の『かたち』ができる物理的な法則を明らかにする数理生物学の第一人者で、魚の模様などができる仕組みを数理モデルで説明する研究をされています。それはまさに私の知りたいと思っていた問いに答えてくれるアプローチでした。私は迷わず近藤先生の研究室に入り、魚や鳥の模様について研究をはじめました。そして、次のテーマとして体の表面の模様だけではなく内側の『かたち』についても研究したいと思っていたときに、腸の蠕動運動に行き当たったのです」

一貫して「かたち」にこだわった研究をしてこられたのですね。ですが、魚や鳥の模様から腸の蠕動運動へどのようにつながったのでしょうか?

「生物の模様が形成されるには、個々の細胞内で発現する遺伝子の働きだけでなく、模様やかたちに関わる細胞が動くリズム、そしてそのリズムが多数の細胞間で同期することが重要であることがわかってきています。たとえば、あるひとつの色素細胞が黄色になるか黒色になるかは遺伝子が決めています。しかし、模様として見えるには、多数の細胞が集まる必要があります。最初はランダムに黄色い細胞と黒い細胞がまざりあっていますが、隣あった色素細胞同士が相互作用することで互いを認識し、黄色い細胞どうし、黒い細胞どうしで集まっていき、黄色い模様と黒い模様になっていきます。

これと同じく、蠕動運動もまさに細胞が動くリズム、そして細胞同士の同期による運動です。模様という『かたち』の形成に細胞が動くリズムが関わっているなら、腸という『かたち』の形成にも、細胞の動きのリズムが関わっているのではないか、と思いついたのです」

ゼブラフィッシュの縞模様を構成する色素細胞。野生型(左)では黒と黄色の細胞がきれいに分離しているが、縞の幅が広くなるジャガー模様変異体(右)では混じってしまっている。

臓器の発生の仕組みを解明することで、人工臓器の研究を加速させたい

くすのき・125では、125年後に実現させたい調和した地球社会のビジョンについて伺っています。稲葉先生のビジョンを教えてください。

「近年の再生医学の発達は目覚ましく、iPS細胞をはじめとした幹細胞を臓器のもととなる細胞に分化させ、培養して小さな臓器(オルガノイド)をつくることもできるようになってきています。この分野の研究が順調に進めば、125年後には細胞から臓器ひとつをまるごと培養して患者さんに移植することもできるようになっていると想像します。しかし、現在作成できるオルガノイドはまだごく小さく、機能的にも本来の臓器とは程遠いものです。また、現在のオルガノイド研究では、iPS細胞に対して総当たり的にさまざまな試薬を加え、期待した変化の起こった細胞のみを培養してオルガノイドを作成するといった方法を取っていますが、このような方法は非常にコストがかかるため、誰もが扱えるものにはなっていません。

そこで私は、臓器が実際の大きさと「かたち」になる仕組みを解き明かすことで、オルガノイド研究の課題を解決したいと考えています。生体に本来備わっている仕組みをうまく応用することで研究のコストを下げ、将来的には総当たりの方法よりも優れた人工臓器をつくりだすことも可能になるでしょう。

臨床分野の研究は、過程がブラックボックスであっても、治療法として効果が期待できる結果を得られることが一番に重視されるものだと思います。それはもちろん大切なことなのですが、私がやりたい研究はその逆で、遠回りかもしれませんが仕組みを理解したうえで応用することによって、長期的に良い結果がもたらされるものをめざしたいと考えています」

左写真はニワトリ胚発生から10日目の腸管。腸の長さは十二指腸から大腸(後腸)まででおよそ40mm。右写真はニワトリ胚腸管から作成された腸オルガノイド。自律収縮が可能だが、その形態は丸くチューブ状に成長することはない。

腸の成長の仕組みを明らかにすることが、将来的には移植医療の発展につながるのですね。今回取り組まれる具体的な研究内容について教えてください。

「これまでの研究で、発生段階で腸の蠕動運動を止めると伸長も止まることがわかってきました。このことから、蠕動運動は腸が太くなる方向の成長よりも、伸長する方向の成長により強く関係していると予想されます。現在取り組もうとしている研究では、この予想を検証するため、蠕動運動を人工的に起こして腸の成長を観察します。蠕動運動によって腸が伸長するとすれば、一定方向のみの細胞増殖が促されているか、あるいは細胞が一定方向に移動していくのかといった細胞レベルでの作用を明らかにしたいと考えています」

採択期間の3年間では、どのように研究を進められるのでしょうか。

「まずは、人工的に蠕動運動を起こしながら腸を培養する実験系の確立をめざします。これには現在、2種類の方法を採用しています。ひとつは自作の装置で腸の一定の箇所をつついて刺激を与える方法、もうひとつは腸の平滑筋細胞に光に反応する遺伝子を導入して、LEDライトで光を照射することによって刺激する方法です。しかしいずれの方法も、腸が収縮によって動き回るため、長期的に行うと刺激を与える位置がだんだんずれてきてしまうという課題があります。これを解決するために、腸をゲルに埋め込んで固定するなどの改善策を検討しています。

次の段階では、人工的な蠕動運動によって腸の伸長が促進されるのかを検証し、その際の細胞の動きを観察します。もし伸長が促進されるならば、どのような条件の刺激を与えたときに最も伸長するのかについても明らかにします。

最後に、ここまでで得られた結果をオルガノイドに適用して、人工的に蠕動運動を起こすことで腸の形への成長を促すことができるかどうかを実験したいと考えています。

オルガノイドについては、ニワトリの腸の細胞から作成したものが既に存在しています。しかし、それは腸を構成する細胞が球形に固まった形状をしていて、周期的に収縮は起こっているものの、それ以上の変形や成長は全く見られません。この人工臓器には程遠い状態のオルガノイドに対して、機械刺激や光刺激によって腸の伸長に必要な蠕動運動を再現してやることで、オルガノイドを変形、伸長させることができるのではないか、というのがこの研究のポイントです」

より良い人工臓器の実現への大きなブレイクスルーになることに期待が膨らみます。

ニワトリの胚から取り出した腸を顕微鏡で観察する稲葉先生

生物の「かたち」にまつわる根源的な謎を解く鍵になるか?

応用的な視点も非常に興味深いのですが、生体内では蠕動運動はどのように発生しているのでしょうか。実験で刺激を与えるポイントに相当するような、起点となる部位があるのでしょうか?

「実はそれもまだよくわかっていませんので、蠕動運動そのものが起こる仕組みについても、並行して研究に取り組んでいます。生体内では、腸内のある場所で発生した筋収縮が腸全体に波のように広がることで蠕動運動となりますが、その起点となる特定の部位や細胞があるのかどうかまではわかっていません。筋肉の動きに指令を出す『ペースメーカー』となる細胞の存在は知られているものの、それも特定の場所に集中しているわけではなく、腸全体に偏りなく分布しています。

この問題に関しては興味深い実験結果があります。筋収縮が強く起きている部分をゲルなどで固定すると、その部分の収縮が抑えられ、他の場所で筋収縮が始まるのです。つまり、特定の細胞が司令塔として存在しているというよりかは、細胞間の相互作用の結果、蠕動が起こるようなイメージです。この結果から、筋収縮の頻度が場所によって異なるのではないかという仮説を考えています。そのとき最も筋収縮が起きた場所がランダムに起点となるのかもしれません」

細胞単体というより、腸全体ではたらく未知のメカニズムがあるということですね。ますます興味深いです。リズムによって「かたち」ができる作用は、生物にとって普遍的なものなのでしょうか。

「たとえば、腸と同じように平滑筋に覆われている血管や肺では、筋収縮と成長が関わっているかどうかまだ研究が進んでいません。しかしもう少し視点を広げると、ヒドラなどの全身が消化管とも言えるような生物では、全身を伸ばしたり縮めたりする運動が成長のためのシグナルになっていることがわかってきています。腸で見られるようなリズムと『かたち』の関係は、実は生物全体に通底するような原始的で普遍的なものなのかもしれないと想像しています。

生物の発生に関して、細胞レベルの狭い範囲で作用しているさまざまなシグナルについては研究が進む一方で、臓器などの大きな構造の成長や形態を制御するような、生体内の離れた場所まで伝播して生物全体の大きな『かたち』を広範囲にコントロールする仕組みについてはまだほとんどが未解明です。多数の細胞が連動することで腸が成長する仕組みを明らかにすることができれば、『生き物の体はどのようにできているのか』という大きな謎の解明に近づく一歩になるでしょう」

稲葉 真史(いなば まさふみ)

理学研究科 助教

名古屋大学理学研究科博士前期課程を経て、大阪大学生命機能研究科博士課程 修了。2020年より現職。魚や鳥の体表面のパターンの発生についての研究に取り組んだ後、腸の蠕動運動の発生や腸の伸長との関係についての研究を始める。生物の「かたち」を形成・維持するメカニズムを探求しながら、人工臓器研究への応用も視野に入れて研究に取り組んでいる。

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