Future —— 京大そして日本の未来へ

 京都大学霊長類研究所で大学院生としてサルを使った脳研究を始めてから既に30年以上が経った。京都大学に着任後は、医学系研究科以外の研究科・学部でサルを扱う研究室として大学院生の指導にあたり、優秀な人材を輩出してきた。日本を代表する脳研究者から見て、日本の脳科学の将来はどのように見えるのだろうか。

 「世界の脳科学研究の新しい流れがあって、マカカ属のサル(ニホンザルやアカゲザル)をモデル動物として扱う実験研究は減少傾向にあるように思います。例えば、遺伝子改変動物を用いる研究はひとつの大きな流れであるし、光遺伝学(optogenetics)という分野にも注目が集まっています。これらの研究のほとんどではマウスなどの齧歯(げっし)類を用いており、霊長類に属する動物では、マーモセットではこのような研究が可能になっていますが、マカカ属のサルでは難しいようです。このような研究では、脳の中の特定の細胞や神経回路の機能を自由に操作することができ、それらの働きの詳細を明らかにすることができます。このような方法が、記憶、学習、意思決定などの仕組みの解明に用いられています。その結果、遺伝子改変や光遺伝学などの方法が使える動物を使う研究が多くなり、マカカ属のサルを使った研究をする人の数が減っていくかもしれません」

 記憶、学習、判断や意思決定など、ヒトの高次認知機能の研究を動物を用いて行うためには、その機能が必要な「行動課題」を作らなくてはならない。行動課題とは、たとえば、「テレビ画面上に様々な動物の顔が現れるが、ヒトの顔が現れたら直ちにボタンを押す」とか、「画面上の小さな点を見ていると、その周辺のどこかに小さな四角形が1個短時間現れて消える。しばらく待った後、小さな点が消えたら、四角形の現れた所まで視線を移動させる」といった、「外界の刺激を認知し、認知した情報と関連付けられた行動を行う」という一連の作業である。それを訓練によって動物に教えなくてはならない。どの程度複雑で高次な認知機能に迫れるかは、どの程度難しい行動課題を動物が学習し、実行できるか、で決まる。ヒトが普段行っている認知機能の仕組みの解明に迫ろうとすると、必然的にヒトと同じような行動の種類や多様性をもつサルを実験動物として選択することになり、まさにこれこそがサルを用いる研究の優位性なのだ。行動課題によっては、サルの訓練に2年前後の期間が必要になるものもある。一方、マウスやラットを用いる実験では比較的単純な行動課題を用いることが多く、短期間で多くの個体からデータを集めることができる。この点がマウスやラットを用いる研究の優位性のひとつでもある。優位性はそれぞれ異なるが、どの動物を使っても簡単な実験など存在しない。重要で美しい結果が得られた実験の裏では、いつも多くの汗が流されている。

 ひとつの研究が終了するのに要する期間は、論文発表のサイクルを決める重要な要因だ。研究活動の評価に発表した論文数が使われていることからすると、この期間の長さは無視できない。サルを使った神経生理学的研究では、行動課題の訓練だけて数カ月から1年数カ月を費やし、それから本実験を数年間継続することが一般的で、ひとつの研究を終了するのに3〜4年を費やす。

 「結局、発表論文数が研究者評価の重要な指標であり、外部研究資金の獲得競争においても論文数が重要な指標になっています。サルを使った研究では、4〜5年をかけて2〜3本くらいの論文発表が精一杯で、他の分野に比べて論文の生産性が低くなってしまうため、競争で勝つのが厳しいことは間違いないですね。この間、ある中国の研究者から、サルを使った研究をしている研究者が、他の分野の研究者と肩を並べて競争するにはどうしたらいいか、と尋ねられました。ひとつの方法は、ヒトを対象にした脳機能イメージング研究を組み合わせること、と答えました。脳機能イメージング研究で、脳全体の活動の様子や異なる部位間の機能的関係を知ることができます。この知見を動物実験で得られたデータと融合することで、その部位の機能をより鮮明に理解することができるようになるし、動物実験で確かめるべき次の重要なテーマを見つけることができると思います。もちろん、論文数も増やすことができます」

研究室の船橋教授
研究室の船橋教授

 アジアだけに目を向けたとしても、研究者一人あたりが獲得している研究費は、中国や韓国では日本の数倍、場合によっては10倍近いと聞く。また、2003年からの10年間で中国の研究者が発表した霊長類に関する研究論文数はおよそ4倍になっている一方、日本からの論文数は約2割減である(Scopusデータベースに基づく)。このような状況の中で、あえて、若い研究者へのメッセージを船橋教授にお願いした。

 「2年や3年で成果の出る研究ではなく、20年、30年かかるような、大風呂敷を広げた、でっかいテーマの研究をしてほしい。そして、自分で『これは絶対面白い』と思うテーマの研究を是非やってほしい。恋人に『京大でどんな研究してるの?』って聞かれ、『へえ』で終わってしまうものではなく、『へえ、それどうやって調べるの?』とさらに話を続けさせ、興味を持たせることができるような、そんなテーマの研究を考えてもらいたいと思います」

船橋新太郎(ふなはししんたろう)
京都大学こころの未来研究センター教授
人間・環境学研究科 協力教員(教授)
 →【船橋庵】京都大学船橋研究室のホームページ

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