重なった偶然

 今でこそ松沢は、天才チンパンジー「アイ」の研究で広く知られ、霊長類学者として第一線の研究を続けているが、京都大学入学時は文学部の文系学生だった。しかも、初めから京都大学を目指していたわけではない。東京出身で3人兄弟の末っ子だった松沢は当初、学費が安い最寄りの大学に行くつもりだった。ところが入試直前、受けようとしていた東京大学が大学紛争の余波で入試を中止したため、「しかたなく」京都大学に進路を振り替えた。

 「京大にきたのは、本当に偶然。手っ取り早く親孝行しようと思って、学費が安くて一番近い大学に行こうとしていたら、受験がありませんと。突然のことに『えっ』と思って、しかたなく京都大学にいきました」

 この後、松沢の人生を変える偶然が続く。

 「大学に入ったものの、大学紛争で授業がないんですよ。何も授業がないから、じゃあクラブ活動でもしようか、と思って入ったのが山岳部。京大の山岳部はとても有名で、京大山岳部に入るために京大を受験する学生がいるくらい。でも、僕はそうじゃなくって、高校の時に山岳部だったので、その延長で入ってしまった」

 京大山岳部は、研究者としても登山家としても著名な人物を送り出している。日本の霊長類研究の創始者ともいえる今西錦司、第一次南極観測隊の越冬隊長を務めた西堀栄三郎、フランス文学・文化研究者の桑原武夫、文化人類学の梅棹忠夫。いずれも京大山岳部出身の研究者だが、松沢は誰も知らない上に、特に興味もなかったという。

 しかし、山岳部に入った後の松沢は、卒業するまでの5年間のうち、ほぼ3分の1を山で過ごすことになる。ヒマラヤに行くため留年した1年を含め、年間平均で山にいる日が120日。山登りのためのトレーニングや準備に120日。残る120日は授業にでるという学生生活を送った。

 たまたま京大に進学し、山岳部へ偶然入ったことによる経験が、その後の人生のいしずえとなる。

人生で必要なことはすべて山岳部で学んだ

 松沢の著書や講演に頻繁に登場する三つのキーワードがある。「Pioneer Work」と「All Round and Complete」、そして「Step by Step」だ。

 山を登る者にはそれぞれ、各自の目的や目標がある。その中でも、前人未踏の山に登る初登頂の精神「Pioneer Work」が大きな位置を占めるだろう。「初登頂の精神」だ。世界中の人々が誰も歩いたことのない道を選び山頂に向かう。松沢も、自分で選んで決めた山を目指して研究を続けてきた。

 Pioneer Workを為し遂げるために必要なのは、何でも完全にこなせる「All Round and Complete」である。すべてのことが完全でなければ、山では生き残れない。しかし、現実の世界に、完璧な人間などという者は存在しない。だからこそ、「Step by Step」、つまり一歩ずつ、その完全の高みを目指す。たとえ速度は遅くとも一歩ずつ前に進み続ければ、必ずゴールにたどり着く。歩みを止めさえしなければ良い。一歩、また一歩、歩き続ける。逆に、歩みを止めた時点で、それは終わり(=死)を意味する。「歩いて着かない道はない」。歩き続ければいい。

 歩みを止めれば終わりを迎える。ある意味、究極のフィールドワークを山岳部で経験した松沢は、若い世代にフィールドワークを基に学問をしてもらいたいと考え、山岳部での経験を追体験できるような、そんな場所をPWSの中につくり上げたのだ。

積雪期の笹ヶ峰実習で食事をとる松沢教授と履修生(写真提供:野生動物研究センター 特定助教 滝澤玲子)
積雪期の笹ヶ峰実習で食事をとる松沢教授と履修生(写真提供:野生動物研究センター 特定助教 滝澤玲子)

フィールドワークに基づく学問

 今の若い世代は本人が自ら望まない限り、究極のフィールドワークを体験する機会などほとんどないだろう。それに対応するように、研究の最前線でフィールドワークができる若者が少なくなっている。これは、約30年にわたって毎年、アフリカでフィールド研究を続ける松沢が実感していることだ。この現状を憂える松沢は、PWSが強調する野外での実践体験があらゆる研究の基礎になると強調する。

 「PWSを始めようと考えたのは、若い人々にフィールドワークを基礎にした学問をしてもらいたいと考えたから。フィールドワークというのは、『現場体験』。自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分の頭で考えて、そして自分でする学問。そういったものが大切だと学んだのが、山岳部時代だった」

 ただ、フィールドワークを経験したからといって、必ずしもフィールドワーカーになる必要はない、とも指摘する。どのような学問でも、フィールドワークができるという技術や知識をもって、デスクワークに臨むことが大切だという。そしてこれらの技術や知識を改めて経験し、実践する場がPWSである。

西表島の琉球大学熱帯生物圏研究センター西表研究施設視察時に沢を渡る(写真提供:野生動物研究センター 特定助教 滝澤玲子)
西表島の琉球大学熱帯生物圏研究センター西表研究施設視察時に沢を渡る(写真提供:野生動物研究センター 特定助教 滝澤玲子)