2016.03.28

「ビッグデータ」という言葉が生まれる前に、スマートフォンの普及に伴って集まりつつあった膨大なデータから未来を予測する技術に注目した研究者がいる。京都大学大学院情報学研究科の新熊亮一准教授が提唱する「関係性技術」は、分野や業種を軽々と越え、様々な分野で活用され始めた。だが、データを扱う新熊は、研究室にこもらず「外へ出る」ことが大切だと言う。研究室から外に飛びだしたことで広がった新熊の世界を垣間見る。

関係性技術とは

 新熊が発案した「関係性技術」とは、人やモノ、場所、サービスなどの「つながり方」と「関係の距離」を数値化することで、それぞれの関係性を定量化して可視化し、将来の関係を予測する技術だ。スマートフォンが普及し、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の利用者が増えたことで、個人のネットショッピング履歴や移動経路等がデータとして蓄積し続けている。ここに、データを活用するという市場が生まれたのだ。

 多くの企業は、蓄積し続ける膨大なデータを活用してマーケティング戦略を練ったり拡販経路を見いだそうとしたりしているが、単にデータを分析するだけでは成功に結びつかない。例えば、あるネットショッピングサイトはユーザに対して「オススメ」する品を表示するが、これらは単に「過去に同じものを購入した他の人が手に取る頻度が高い」という基準で選ばれているだけだ。そのため、各ユーザに最適なオススメ品ではないことも多い。

 具体的な例を挙げてみよう。ある単身ユーザが、親類の子供へのお祝いとしてオモチャをネットで買ったとする。単身ユーザにとってオモチャの購入は一過性のものであり、その後はあまりオモチャの関連製品を買わないと予測できる。ところが、その後もこのショッピングサイトではオモチャの関連製品がオススメされてしまう。単身ユーザはもうオモチャの関連商品には興味がないのだが、単に販売履歴から将来の顧客と見なしている。単身ユーザ側の行動履歴を見て、次の行動を予測している訳ではないのだ。

 こういったミスマッチングを起こさないことが、関係性技術を使うことで可能になる。なぜなら、関係性技術では人やモノ、場所、サービスの関係が具体的にグラフ化されるため、「関係が強いのにつながりが小さい」場所が「ニッチ」として見えてくるからだ。

 関係性技術の始まりは、2010年に当時の独立行政法人(現国立研究開発法人)情報通信研究機構の「新世代ネットワーク技術戦略の実現に向けた萌芽的研究」に採択された研究テーマ、「ソーシャルメトリックに基づく新世代の統合アーキテクチャ」だ。データ活用がそれほど叫ばれていなかった時代に、国立大学法人電気通信大学、株式会社神戸デジタル・ラボ(KDL)との産学連携による先駆的研究として採択された。その後、シーズ技術の本格的な研究開発が始まり、2011年9月には同機構の「新世代ネットワークを支えるネットワーク仮想化基盤技術の研究開発」に採択され、実用的な研究開発へと繋がっていく。単なる数値の集まりのデータから、人の行動をモデル化し、数値化することで、将来の動きを予測する技術に道筋がついたのだ。

京都大学の東京品川オフィスで開催されたMSSF総会
京都大学の東京品川オフィスで開催されたMSSF総会

机上の理論を現実に

 新熊は、京都大学大学院情報学研究科の准教授という肩書きのほか、京都大学関係性レコメンドシステム研究開発拠点(KURS)の代表や、関係性技術の産業化推進フォーラムであるモバイルソーシャライズシステムフォーラム(MSSF)の会長も務める。KURSでは、関係性技術を使ったアプリ「おもりんく」を提供している。自分の研究している理論を実際に実装できる技術へと展開し、そこから得られたフィードバックでさらに研究を磨いている。

 関係性技術を成果として初めて産業界に披露したのは、2011年5月に東京ビッグサイトで開かれた展示会「ワイヤレスジャパン2011」だった。一般的に研究者が成果を発表する場は学会だが、新熊らは研究の実用化という視点で展示会を選択した。関係性技術の将来性に手応えをつかみ、知財化された技術として世の中に広めるめため、特許を出願。並行してKDLとMSSFを設立した。いくら優れた技術であっても、権利化されていなければ企業などに使ってもらえないからだ。MSSF設立前には、展示会で名刺交換した相手を就職活動以上に訪問し、協力を求めた。

 新熊は、「展示会やその後のやりとりは、学会での研究者とのやりとりとは全く違いました。学会はクローズドな集まりで、仲間内の発表の場。議論のための議論に終わることも多いのですが、企業相手でそれはあり得えません。自分の研究を分かるように説明し、納得してもらえなければ、協力も得られないのです。企業が投資するのは利益を上げるためであり、売り込む技術が事業化や実業化に繋がらなければ相手にしてもらえません」と、特許出願やMSSF設立の意図を説明する。また、「いくらインパクトの大きな技術だったとしても、導入を判断するのは企業の上層部。その上層部が納得できるよう、分かりやすくすっきりした説明が求められます。学会にこもっている研究者は、こういった点で弱いのではないでしょうか」と、産学連携推進を阻む壁を心配する。