Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.1

宇宙ユニット

宇宙総合学研究ユニット

「宇宙に関連した異なる分野の連携と融合による新しい学問分野・宇宙総合学の構築」を目指して2008年に設置された組織、「宇宙総合学研究ユニット(通称・宇宙ユニット)」が、この春、2014年4月より「人類の生存・活動空間としての宇宙」をキーワードに掲げて新たなプロジェクトを始動させる。

既存の枠を越えた新しい融合

 2013年度の時点で15部局の併任教員、学外との共同研究部門に専任・特任教員が所属する横断組織「宇宙ユニット」。その設立の目的は、①「宇宙理工学に関する基礎研究を推進する」と共に、②「学際的、総合的な新しい宇宙研究を開拓する」こと。その名の通り「ユニット」は発足以来、既存の枠を越えて、様々な人を結びつけてきた。今回は、「宇宙ユニット」が強めてきた「つながり」を軸に、ユニットが担う、研究、社会連携活動、教育という3つの役割をご紹介する。

 京都大学と宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、連携協力に関する基本協定を結んだのは2008年4月21日。同年、設立された「宇宙ユニット」 は、2010年4月より、JAXA宇宙科学研究所 (ISAS)と「宇宙環境の総合理解と人類の生存圏としての宇宙環境の利用に関す る研究」をスタートさせた。

 共同研究の柱は「太陽物理学を基軸とした太陽地球環境の研究(理学分野)」と「宇宙生存圏に向けた宇宙ミッションデザイン工学に関する研究(工学分野)」の2本。目指すのは、研究者が各々の枠を越えることによって生まれる「新しい融合」だ。

宇宙ユニットの活動を説明する磯部氏(左)と柴田氏(右)

 「新しい融合」は、新しい宇宙利用概念や、新しい宇宙プロジェクトの創出を生む。宇宙研究の推進には、何よりも研究者が自身の専門分野の枠を越える必要がある。「宇宙ユニット」の副ユニット長である柴田一成(しばたかずなり)理学研究科附属天文台長・教授は、「これからの研究者は、あらゆる分野の研究者とコミュニケーションが取れなければならない」と語る。確かに、柴田教授自身、既存の枠を越える実践者である。

 太陽研究を専門とする柴田教授は、太陽で起こるフレア(爆発)で放出される高エネルギーの放射線や大量のプラズマの塊が地球上に到達すると、磁気嵐を引き起こして無線通信を妨害したり、発電所の停電を引き起こすなど、社会インフラに深刻な影響を及ぼすことから、太陽活動にともなう地球周辺の宇宙環境の変化を予測する「宇宙天気予報」の必要性を説いた。特に、地磁気や大気などの遮蔽物のない大気圏外では、宇宙飛行士や機器が大きなダメージを受ける可能性が高く、その研究は世界の注目を集めている。

 柴田教授の太陽研究は「宇宙天気予報」に留まらず「新しい融合」を生もうとしている。太陽フレアが、地球上の生物の進化の過程に大きな影響を与えたのではないかという仮説を立て、物理学の枠を越え、生物学、医学にも関連する「宇宙における生命の生存条件は何か」といった問題にも取り組んでいる。「私自身、専門である太陽に関すること以外、多くの知識を持っていません。だからこそ、自分の研究を広げる可能性のある他分野の研究者に分かるように、伝え方を磨くように心がけています」と語る柴田教授。これは「宇宙ユニット」がセミナーやシンポジウムといった場を設ける意義のひとつである。

宇宙ユニットシンポジウムは2008年度から毎年開催されている。

 「宇宙ユニット」は設立以来、最新の宇宙研究を行う研究者を講演者として招く「宇宙ユニットセミナー」や、高校生や大学生を対象とした「宇宙ユニットシンポジウム」を精力的に行ってきた。宇宙に関連する分野間の交流や情報の発信を深めるために企画されたふたつの場は、基本的に参加オープンであり、発表者にとっては分野外の聴衆を相手に発表する機会となった。「話を聞いていただく方が、どの程度の知識をもっておられるか分からないという状況は怖いものです。でも、丁寧にプレゼンを組み立てると、しっかり反応が得られるわけです。自分の研究テーマに関心を示していただくことが、新しい何かを生み出す第一歩になることは間違いありません」という柴田教授の言葉通り、「宇宙ユニット」が行う社会連携活動は、研究の交流や「新しい融合」の大きなきっかけとなっていることは間違いない。

どんなことでも宇宙と結び付く

「宇宙ユニット」が関わりを持つのは、理工学分野の研究者に限らない。医学、生命科学、情報学、エネルギー科学、環境科学といった自然科学系はもとより、哲学、倫理学、宗教学、文化人類学といった人文・社会学系の分野にまで及ぶ。「宇宙に関連した異なる分野の連携と融合による新しい学問分野・宇宙総合学の構築」という目的に向けて大きな役割を果たしているのが、磯部洋明(いそべひろあき)宇宙総合学研究ユニット特定准教授だ。

「宇宙ユニット」の設立当初は、人文社会学系の研究者は一人もメンバーにいなかった。当時、唯一の専任教員であった磯部准教授は、人文社会学系の研究者を訪ねてはユニットに誘った。「はじめの頃は『すみません、宇宙に興味ありませんか?』と、さながら飛び込み営業のようでしたね」…しかし、すべての研究者が耳を傾けてくれたわけではなかった。そもそも人文社会学は「人間の営み」を対象とする学問である。まだそこに住む人間のいない宇宙空間を研究のフィールドと捉える人は少なかった。

 そういった研究者たちに、自身の宇宙研究にかける思いを押し付けることをしなかった。枠を乗り越えてもらえないなら、自分の方から枠を乗り越えるようにした。本人の言葉を借りるなら「相手の土俵に上がり込む」ように切り替えた。もし人類が宇宙に住むようになったら現在ある人文社会学はどのような形で存在するかといった仮定の話から、あえて相手の専門分野について自分の考えを述べることもあった。「普段から色々な分野にアンテナを張っておいて、研究者に会う時はその人の研究分野について少しでも勉強してから行きます。いきなり『宇宙どうですか』と言われたら普通困ってしまいますけど、相手の分野に一、二歩踏み込んで議論を持ちかけると、『いやいや、それはちょっと違ってね…』と乗って来て下さる方が結構多いんですよ」。磯部准教授の「相手の土俵に上がり込んでの誘い」は功を奏し、学内・学外に「宇宙ユニット」の学術交流の輪は広がり続け、2013年度には哲学や文化人類学の学会で「宇宙倫理学」や「宇宙人類学」のセッションを持つまでになった。

 「宇宙人類学」という新たな学問領域に取り組み、「宇宙人とのコミュニケーションの可能性」について研究を進めているアジア・アフリカ地域研究研究科の木村大治教授は、学会で「もし、人類が宇宙人と出会うことがあれば、真っ先に呼ばれるのは我々、文化人類学者だろう」と述べ、人類学が見知らぬ他者や異文化との接触を起点とする以上、宇宙人を研究の対象とすることには意義があるという考えを示している。宇宙を「人類の生存・活動空間」として捉えることは、多くの学術研究にとって新たな領域を切り拓くと同時に、学問における従来の常識や自明性を改めて見つめ直すきっかけとなりそうだ。

 また「宇宙総合学の構築を目指すのなら、芸術との連携は欠かせないと思いました」と、磯部准教授は語る。京都大学と、芸術・デザイン・マンガ・人文の4学部を擁する京都精華大学※1は、2008年に教育、研究及び社会貢献活動の推進を図る協定を結んでいる。同年に発足した宇宙ユニットは、活動の初期の段階から京都精華大学と連携して「宇宙とアート」のプロジェクトを推進してきたが、学術研究の枠を越えた異分野とコラボレーションは、広報的な側面を持ちながら、思わぬ広がりを見せた。

 「宇宙とアート」に始まる「宇宙と○○」のコラボ企画は、京都らしい伝統文化との結び付いたものを中心に、お寺で宇宙学、宇宙落語、宇宙茶会、宇宙書会、宇宙と香り、宇宙と陶芸、宇宙と古事記と次々に生み出された。そのユニークな組み合わせは注目を集め、普段、科学に興味を持つことの少ない人々に「宇宙」への関心を持たせる機会となった。

宇宙をテーマにした落語で、笑いながら宇宙を知り、好きになる。宇宙落語会は定期的に開催されている。

 「どんなことでも宇宙と結び付けてしまう」ことで知られるようになった磯部准教授は「ほとんど趣味のようなものです」と冗談めかしながらも、学外で様々な分野の人と宇宙を語りながら、宇宙と人間や社会の関係を探り、「宇宙ユニット」や自身の研究活動にフィードバックすることも強く意識していると言う。

 副ユニット長である柴田教授も、自らが台長を務める花山天文台(京都市山科区)の特別公開のイベントに音楽家の喜多郎氏を招き、野外コンサートを開催した。地球環境や宇宙をテーマとする楽曲作りをする氏は、柴田教授の太陽フレアに関する研究に強い関心を示し、後に発表したアルバムのコンセプトにもその影響を見ることができる。

 「宇宙ユニット」の活動は、自身の研究の妨げになると感じることはないか尋ねると、柴田教授は「確かに時間は限られていますから、全く影響がないというと嘘になります」と前置きをしながらも、「でも、所詮は人ひとりの時間です。それよりも、出来るだけ多くの方に宇宙に興味を持っていただき、支えていただく方が研究そのものは進むと考えています」と、答えた。

※1:現在はポピュラーカルチャー学部が新設されて5学部編成

日本に「宇宙総合学」の拠点を作る

 ここまで、学際融合的な試みを中心に宇宙ユニットの活動をご紹介してきた。2014年からは、これまでの宇宙ユニットの活動をさらに発展させ、学生教育・人材育成に重点を置いた大学院教育プログラム「宇宙学」が正式に始動する。既存の学問分野の枠を越えた新しい課題に挑む意欲と能力を持った学生を育て、共に新しい学問を切り拓いてゆくプロジェクトである。

 宇宙ユニットはこれまでも先端的な研究と様々な社会連携活動だけでなく、大学生、大学院生はもちろん小中高生を対象にした教育面にも力を入れて来た。しかし、様々な角度から宇宙に興味や関心を持った彼らを、幅広く受け入れることのできる学問拠点は、世界のどこにも存在しない。壮大な広がりを見せる宇宙に対して、それを学ぶためのルートはいまだ限定的で見えにくいとも言える。

シンポジウム「宇宙にひろがる人類文明の未来」には多くの高校生や大学生も参加した。

 柴田教授は、本プロジェクトを世界に向けて情報を発信するセンターとして発展させたいと語り、「日本人の研究には独創性がないと言われることがありますが、問題は発信の仕方にあると感じています」と続け、他に類のない「宇宙学」の拠点作りに意欲を見せた。また磯部准教授は、柴田教授の「宇宙天気」の書籍を例に挙げ、多くの学術書や論文に英語が使われる中、最先端の研究成果が日本語で書かれることの意義を指摘した。「世界中の人と共同研究を進め、研究成果を発信するには、英語で議論や発信ができなければならないのは当然です。一方で、独自の文化圏の中で独自の言語を用いた最先端の学術研究の営みが日本にあることは、知の多様性を担保しそれを後世に伝えるという観点から、我々の大きなアドバンテージであり、かつ人類全体に対する責務だと考えています」

 かつて宇宙開発は限られた先進国の国家プロジェクトとして進められるものだった。しかし近年は新興国や民間主導の宇宙開発が進み、また人工衛星による通信放送、測位、地球観測などは現代社会に必須のインフラとなっている。人類と宇宙の関係が新しい局面に入ったことで生じる諸問題に取り組み、これからの宇宙開発利用を担う人材を輩出することが、新しい段階へと進んだ宇宙ユニットの役割である。そして、それらの新しい諸問題に取り組むことは、単なる直近の課題への対応に留まらず、新しい学問を切り拓くという宇宙ユニット設立当初からの目的にも役立つだろう。

 「日本のアマチュア天文家は世界一」と柴田教授が認めるように、宇宙に関心を持つ裾野は広い。また、磯部准教授は「研究を進めるのに一番効果があるのは、意欲と広い視野を持った若い研究者を増やすことです」と語る。宇宙への興味を媒介として、既存の枠を越えた人と人の出会いを創出する宇宙ユニットが果たすべき役割は大きい。

柴田 一成(しばた かずなり)
理学研究科附属天文台長

磯部 洋明(いそべ ひろあき)
宇宙総合学研究ユニット 特定准教授 

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