2016.03.30

再生医療や新薬開発による難病治療への期待がかかるiPS細胞(人工多能性幹細胞)。2010年4月開設の京都大学iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)では、所長の山中伸弥教授を中心に400人以上の研究員が、iPS細胞の基礎研究と、再生医療への応用を目指して研究しています。研究における地道な作業を支えるのが、テクニカルスタッフの存在。最先端の研究現場で、どのような毎日を送っておられるのか、4人のCiRA未来生命科学開拓部門のテクニカルスタッフ、成田恵さんと川原優香さん、廣畑糧子さん、宮下一糸さんにお話を伺いました。

社会に役立つ研究に携わりたくて

―― CiRAで働く方は女性が非常に多いんですね。みなさん、いわゆる「リケジョ」(理系女子)ですが、どういうきっかけで研究の道を目指されたんですか

narita_name_200.jpg成田 小学生のときに、科学系の雑誌で「ポマト」(地下にじゃがいも、地上にトマトができる細胞融合によって作られた雑種植物)を見て、こんなのが作れるなんてすごい!と衝撃を受けまして。それで、大学は農学部で分子栄養学を学びました。でも、卒業時はちょうど就職氷河期で、サイエンス分野で仕事をする夢がかなわなかった。金属部品のメーカーに入社して品質管理を担当していたんですが、やっぱりあきらめきれず、派遣で企業の研究部門で仕事をしていました。山中伸弥教授が京都大学へ来られたとき、テクニカルスタッフの募集があって、2005年の11月からここで働いています。

川原 私は母の影響が大きいと思います。母が『Newton』などの科学雑誌を購読していて、私もよく読んでました。2003年にヒトゲノム解析が完了したというニュースを見て、遺伝子に興味を持って。環境問題にも関心があったので、大学・大学院では環境浄化微生物について学んでいました。将来的に、何か、社会で役立つことができればいいな、と思っていたんですね。ここに来たのは2013年の4月です。

 

 

廣畑  私は2人みたいな高尚な理由はなくて(笑)、子どものころから恐竜が好きだったんです。京都出身ですので、京都市青少年科学センターに展示している恐竜の模型をよく見に行ってました。そのうち、こんなところで働きたいなぁと。恐竜研究をするなら生物学を学ぶべき、と思って大学に入ったんですが、博物館で働くには文系の単位が必要だということをそこで初めて知って(笑)。でも、映画『ジュラシックパーク』で、琥珀から恐竜のDNAを取って再現する、というシーンを見たとき、すごい!これは夢がある!遺伝子という分野でも恐竜にかかわれるんじゃない?って、新しい道が開けたような気がして、大学院にも進みました。修士課程修了後は大阪大学でテクニカルスタッフをしていたんですが、そのころ、結婚して子どもを産みまして。

―― ワーキングマザーなんですか

廣畑  はい、娘がひとり。

成田  私も子どもが3人いますよ。

廣畑  実家の近くで両親に子育てを助けてもらいながら仕事を続けられないか、と考えていたときに、ちょうどiPS細胞研究所ができて人材募集がありました。2010年8月からお世話になっています。本当にラッキーでしたね。

宮下  私は、父とおばが企業の研究職なので、自然に研究者になりたいなと思うようになりました。高校生のとき、阪神・淡路大震災があって、お店から食べ物が一切消えてしまうのを目の当たりにしました。すぐに周辺地域から支援がありましたが、もし、局地的ではない大規模災害が起こったら?と考えたんですね。日本は食料自給率も低いから、大変なことになる。それで、食料の問題を問題を解決する研究者になりたい、と。大学の農学部で学ぶうち、時間がかかる品種改良より、農作物を病気から守ることに力を入れたほうが収量アップにつながるのでは?と考えて、大学院では植物病理学を学びました。

―― 現在の研究とは分野が違いますね。

宮下  ちょうど就職氷河期でもあり、職業としてバイオ研究をする道があまりなかったんですよね。農薬会社は化学系ですし。しばらくは派遣で企業の研究部門のテクニカルスタッフをしていました。この研究所で働き始めたのは2010年10月。成田さんが産休に入るときで、こちらの仕事を手伝ってほしいという話をいただいたのがきっかけです。分子生物学的な手法など、これまでの知識や経験が生かせる部分があったことが決め手になりました。