Biographies of Kyoto University's Personnel
京大人間図鑑
Vol.10

テクニカルスタッフ 京都大学iPS細胞研究所

再生医療や新薬開発による難病治療への期待がかかるiPS細胞(人工多能性幹細胞)。2010年4月開設の京都大学iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)では、所長の山中伸弥教授を中心に400人以上の研究員が、iPS細胞の基礎研究と、再生医療への応用を目指して研究しています。研究における地道な作業を支えるのが、テクニカルスタッフの存在。最先端の研究現場で、どのような毎日を送っておられるのか、4人のCiRA未来生命科学開拓部門のテクニカルスタッフ、成田恵さんと川原優香さん、廣畑糧子さん、宮下一糸さんにお話を伺いました。

成田恵/川原優香/廣畑糧子/宮下一糸
京都大学iPS細胞研究所 テクニカルスタッフ

社会に役立つ研究に携わりたくて

―― CiRAで働く方は女性が非常に多いんですね。みなさん、いわゆる「リケジョ」(理系女子)ですが、どういうきっかけで研究の道を目指されたんですか

成田 小学生のときに、科学系の雑誌で「ポマト」(地下にじゃがいも、地上にトマトができる細胞融合によって作られた雑種植物)を見て、こんなのが作れるなんてすごい!と衝撃を受けまして。それで、大学は農学部で分子栄養学を学びました。でも、卒業時はちょうど就職氷河期で、サイエンス分野で仕事をする夢がかなわなかった。金属部品のメーカーに入社して品質管理を担当していたんですが、やっぱりあきらめきれず、派遣で企業の研究部門で仕事をしていました。山中伸弥教授が京都大学へ来られたとき、テクニカルスタッフの募集があって、2005年の11月からここで働いています。

川原 私は母の影響が大きいと思います。母が『Newton』などの科学雑誌を購読していて、私もよく読んでました。2003年にヒトゲノム解析が完了したというニュースを見て、遺伝子に興味を持って。環境問題にも関心があったので、大学・大学院では環境浄化微生物について学んでいました。将来的に、何か、社会で役立つことができればいいな、と思っていたんですね。ここに来たのは2013年の4月です。

廣畑  私は2人みたいな高尚な理由はなくて(笑)、子どものころから恐竜が好きだったんです。京都出身ですので、京都市青少年科学センターに展示している恐竜の模型をよく見に行ってました。そのうち、こんなところで働きたいなぁと。恐竜研究をするなら生物学を学ぶべき、と思って大学に入ったんですが、博物館で働くには文系の単位が必要だということをそこで初めて知って(笑)。でも、映画『ジュラシックパーク』で、琥珀から恐竜のDNAを取って再現する、というシーンを見たとき、すごい!これは夢がある!遺伝子という分野でも恐竜にかかわれるんじゃない?って、新しい道が開けたような気がして、大学院にも進みました。修士課程修了後は大阪大学でテクニカルスタッフをしていたんですが、そのころ、結婚して子どもを産みまして。

―― ワーキングマザーなんですか

廣畑  はい、娘がひとり。

成田  私も子どもが3人いますよ。

廣畑  実家の近くで両親に子育てを助けてもらいながら仕事を続けられないか、と考えていたときに、ちょうどiPS細胞研究所ができて人材募集がありました。2010年8月からお世話になっています。本当にラッキーでしたね。

宮下  私は、父とおばが企業の研究職なので、自然に研究者になりたいなと思うようになりました。高校生のとき、阪神・淡路大震災があって、お店から食べ物が一切消えてしまうのを目の当たりにしました。すぐに周辺地域から支援がありましたが、もし、局地的ではない大規模災害が起こったら?と考えたんですね。日本は食料自給率も低いから、大変なことになる。それで、食料の問題を問題を解決する研究者になりたい、と。大学の農学部で学ぶうち、時間がかかる品種改良より、農作物を病気から守ることに力を入れたほうが収量アップにつながるのでは?と考えて、大学院では植物病理学を学びました。

―― 現在の研究とは分野が違いますね。

宮下  ちょうど就職氷河期でもあり、職業としてバイオ研究をする道があまりなかったんですよね。農薬会社は化学系ですし。しばらくは派遣で企業の研究部門のテクニカルスタッフをしていました。この研究所で働き始めたのは2010年10月。成田さんが産休に入るときで、こちらの仕事を手伝ってほしいという話をいただいたのがきっかけです。分子生物学的な手法など、これまでの知識や経験が生かせる部分があったことが決め手になりました。

必要なのは正確な職人技と粘り強さ?!

―― テクニカルスタッフとして、日ごろどんなお仕事をされているんですか?

成田  私と川原さん、宮下さんが所属する山中教授の研究グループは一番大きく、いくつかのより細かいグループに分かれています。私はiPS細胞をもとに、主に移植に使える心筋細胞と血液細胞について研究しているグループに所属しています。そこで心筋細胞や血液細胞を作るためのプラスミド(細胞内の核以外に存在するDNA。染色体とは独立して増殖・分裂する)を作ったり、できた細胞の遺伝子をチェックしたりしています。

川原  私はiPS細胞の樹立メカニズムを研究しているグループですが、主に担当しているのは、化合物のスクリーニングという作業。いろいろな細胞を増殖する培地のコスト削減や反応の向上を目的に、ある成分に代わる化合物を探すのが目的です。ロボットを使ったり、あるいは手作業で何千、何万という化合物をスクリーニングしています。

廣畑  もう手あたり次第、って感じだよね。

川原  そうですね。膨大な数の化合物をテストするんですけど、どれだけやってもまったく見つからないこともあります。何週間も結果が出ないこともざらにあるし、かと思うとたくさん見つかることもある。

成田  賭けのようなところがあるね。

川原  基本的にダメモトと思ってやってます。だから、適した化合物が見つかったときはすごくうれしいですね。

―― 臨床実験につながるんですか。

宮下  私は再生医療用iPS細胞ストックプロジェクトに関する仕事をしています。細胞調整施設で作られたストック用の細胞の品質を評価する試験の一部を担当しています。試験項目がたくさんあるので、スタッフがそれぞれ担当分野を持っています。作業自体は手順や条件がきっちり決まっていますので、それに沿って正確に行って正しい結果を出すのが役目。結構、気を遣いますね。試験全体から見ると、私の担当は下流のほうなので、前の試験が遅れるとどんどんスケジュールがタイトになってしまうんです。それは仕方がないことなんですが、締め切りは動かせないのでプレッシャーがあります。

廣畑  クオリティが大事だもんね。

宮下  がんばってどんどん作業をするんですけど、ずっとやってると、だんだん集中力がなくなってきて…。

廣畑  なる、なる。

宮下  ダメダメ!って言いながら、なんとか切り替えます(笑)。

廣畑  私は再生医療に役立てるための遺伝子の研究をしているウォルツェン・クヌート准教授のスタッフなんですが、プラスミドを作る仕事が多いですね。クヌート先生はレゴが得意で、この遺伝子を緑色に光らせよう、このたんぱく質が出るようにしようなどと、レゴを組み立てるみたいにプラスミドを細かく設計されるんです。で、クヌート先生が設計したプラスミドを実際に作るのが私。ちょうど設計士と大工みたいな関係ですね。職人のようなものです。私が作ったプラスミドからできた細胞をマウスに投与して、その細胞がどのように分化するのかを見るといった実験もします。

廣畑 臨床にかかわる研究は別のグループが行っていて、そこの方から「こういうプラスミドを作ってほしい」という依頼を受けることもあります。通常、作ってお渡ししたプラスミドが細胞に入れられてどうなったかまではわからないんです。だから、実験がうまくいったという報告を聞いたり、研究発表で自分が作ったプラスミドが入った細胞の写真を見たりすると、私が作ったものが役に立ったんだなという満足感がありますね。

―― 精度が重要な細かい作業が多いイメージですが、みなさんはそうしたことがもともと得意なんでしょうか。

成田 わりと好きですね。

川原 私も嫌いじゃないです。

廣畑 私は家ではおおざっぱですよ。家族からも「仕事で細かいことをしているからしょうがない」って思われてるみたいです。

―― テクニカルスタッフとしては、忍耐力とか粘り強さも必要な気がするのですが。

川原 結構、我慢強いタイプだと思います。思うような結果が出なくても、出るまでがんばろうと思えます。

成田 うまくいかないことがあっても、原因があるはずだから、次はこうしてみよう、こっちの方法はどうかな、といろいろ試すのが好きなんですよね。

廣畑 粘り強さも必要だけど、コミュニケーション能力も大切だと思いますね。私たちはあくまでも先生をサポートする立場なので、独りよがりではだめです。私は先生が何を求めているのかを確認するために、こまめにコミュニケーションをとるように心がけています。それができていれば、自分の意見を言うこともできますしね。

ノーベル賞発表翌日も淡々と仕事

―― 山中伸弥教授は、2012年のノーベル生理学・医学賞を英国のジョン・ガードン教授と同時に受賞しました。そのとき在籍していたみなさんは、どう思いましたか。

成田 医学賞では実用化が重視されるそうですが、iPS細胞はまだ社会貢献の段階には至っていないのに受賞が決まった。驚くと同時に、これはたいへんなことになった、さらにがんばらないと、と思いました。純粋に、すごい!うれしい!という気持ちもありましたけど。

廣畑 山中先生がiPS細胞を作製してからわずか6年での授賞ということで、早かったなと思いました。それだけ期待度が高いのだと感じましたね。

宮下 親や親戚、周りの人たちから「すごいね」って言われて。世間の注目がものすごく集まったので、ここで働いている身としては、プレッシャーというか、緊張感を感じました。

―― 研究所の方たちも盛り上がったんですか。

宮下 いえ、意外と落ち着いてました。

成田 発表が休日だったので、それぞれがニュース速報で知ったという感じですね。海外のラボだったら、受賞が決まってみんなでワインで乾杯!なんてこともあるようなので、明日はうちもそんな感じで盛り上がるのかな?って思って出勤したら、いつもと変わりなかった。

宮下 浮かれるって雰囲気はなかったような気がします。

成田 CiRAがここまで大所帯になる前から働いている私としては、もっと浮かれたかったかな(笑)。

廣畑 みんないつも通り、淡々と仕事をしてましたね。

宮下 なんといっても山中先生ご自身が謙虚ですから、iPS細胞技術の医療への応用に向けて、私たちも地に足をつけてがんばらなきゃ、と思いました。

大腸菌はかわいい相棒

―― 話は変わって、テクニカルスタッフならではの特技とか、ついこうしてしまうっていう“あるある”みたいなものはありますか。

廣畑 滅菌したチューブを容器から出すとき、手で触れないようにして出すんですけど、傾きや力加減を調整して、自分がほしい数だけピタリと出せます。

成田 すごいね。私も薬剤を500ミリグラムほしいとなったとき、ザッと出したらちょうどだったってことはある。

廣畑 毎日やってると、不思議なものでできるようになるんですよね。異常にもすぐ気がつきます。たとえば、液体を計量するマイクロピペットを使ったとき、あれ?これはいつもの1マイクロリットルじゃないな、って。メンテナンスに出すと、やっぱりバネの不具合が見つかったりする。

宮下 細胞の培養をするときは、埃や雑菌の混入(コンタミネーション)を防ぐためにきれいに拭く作業があるんですけど、家でもごはんを食べるときはテーブルをしっかり拭かないと気が済まない。料理してるときも、菜箸がどこかに当たったら、あ!コンタミだ!って、つい思っちゃう(笑)。

廣畑 テクニカルスタッフ同士でよく話すのは大腸菌のこと。世間では悪い、汚いといったイメージだけど、研究においては欠かせない存在なんです。たとえば、プラスミドを作るときには大腸菌の中に入れて増やす。大腸菌は増殖が速いので、すごく役に立ってくれるんですよ。

成田 ちまたで大腸菌を悪く言っているのを聞くと、いやいや、みんな大腸菌にはお世話になってるんですよ、そんな悪い子じゃないよ、って言いたくなる(笑)。私たちが使う大腸菌は研究用のものですけどね。愛着があるんですよ。

廣畑 そうそう。

熱い期待に応える使命感を持って

―― iPS細胞技術は医療応用に向けたさまざまな研究が急速に進んでいます。そうした現状への思いと今後の抱負をお聞かせください。

宮下  再生医療向けのストックプロジェクトにかかわっているので、自分自身の仕事に大きな責任感を感じています。iPS細胞技術が治療に使われて患者さんの病気が治る、という状況に至るまでにはまだ時間がかかると思いますが、その日が早く来るように目の前の仕事を正確に行うことを貫いていきたいですね。

廣畑  実際に病と闘っている方をはじめ、さまざまな方がCiRAの研究に対して、寄付をしてくださっています。そうした方が見学に来られる機会もあって、私たちがお会いすることもあります。みなさん、本当に大きな期待を胸に、見守ってくださっている。そうした姿に接すると身が引き締る思いです。みんなで力を合わせて結果を出していきたい。

成田  やはりiPS細胞技術を社会貢献へと役立てることが目標ですね。みなさんの期待にすべて応えることができるのかという不安もありますが、絶対に成し遂げるために力を尽くしていかなければ、と思っています。

川原  まだまだ目の前のことで精いっぱいの私ですが、患者さんのためにも、テクニカルスタッフとしてもっともっと技術力を磨いていこうと思います。

iPS細胞研究所(CiRA)テクニカルスタッフにとっての「京大の研究力」とは

廣畑:多彩な人材がそろっているということでしょうか。さまざまな面で強烈な個性を持っている人がたくさんいるし、そういう人を受け止めてくれる土壌があると思います。いろいろなキャラクターの人がいるからこそ、相乗効果でおもしろいものができる。特にCiRAはオープンラボなので、研究者やスタッフ同士の交流が活発で、お互いに刺激し合える環境がありますね。立ち話から共同研究がスタートする、というケースもあるんですよ。

宮下:本当にみんな研究が好きですね。朝、通勤して顔を合わせると、今日は何をするかとか、どういう結果が出たかという話で盛り上がっている、そういうシーンをよく見かけます。ディスカッションが好きで風通しがいいところが、高い研究力へとつながっているのだと思います。

お話を伺ったCiRAテクニカルスタッフのみなさん

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)未来生命科学開拓部門
テクニカルスタッフ

成田恵さん、川原優香さん、廣畑糧子さん、宮下一糸さん

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