理系分野で歴史を研究する意味とは

――そこからナチスの時代の農業に興味を持ったんですね

藤原准教授 ナチスの激動の時代に農業がどう変化していったのか。それを調べてみると、技術の問題が出てきます。最も顕著なのがトラクターの登場ですね。当時のドイツにおいて、重要な作物だった甜菜(サトウダイコン)を育てるには、畑の土壌を深く掘る必要があります。そこで、トラクターを導入するようになったんです。

20世紀にアメリカでトラクターが登場してから、世界の農業は大きく変化しました。トラクターで広大な土地を一気に耕せるようになると、小さな土地をあちこちで耕すよりも、できるだけ合体させたほうが効率がいい。ソ連のレーニンは「トラクターを武器にして農業を変えていこう」と訴え、後を継いだスターリンはコルホーズ(共同経営の集団農場)、ソフホーズ(国営農場)を作りました。実際は政府が掲げたほどには普及しませんでしたが、トラクターが少なくともロシア革命の理想を支えていたことは間違いありません。アメリカもトラクターのおかげで飛躍的に生産量を伸ばした。そう考えると、トラクターが歴史を動かしてきたとさえ、言うことができます。

農民たちの反応はさまざまで、トラクターを大規模農業が可能になる夢の機械だと評する人もいれば、牛や馬の延長と捉える人、自分を土地から追いやるものだと考える人、宗教心を壊す「アンチキリスト」だと言い張る人もいました。農業の道具の変化は、農村を生きる人々に心の変化ももたらしたのです。 さらに、トラクターの存在は戦車開発のヒントにもなっています。こうした民生技術の軍事転用例はほかにもあって、例えば農薬は毒ガスから生まれたものですし、化学肥料の生産過程は火薬とそれとほぼ同じです。農業の技術面から道具を見ていくと、どんどん世界が広がっていくおもしろさがあります。

――専門知識のない理系分野で研究する難しさはありませんか?

藤原准教授 確かにあります。やはり、その分野の「土地勘」がないですよね。トラクターにしても、自分はエンジニアではないので構造を見ても分からないところがあるし、設計図を引くこともできません。(著書の)『ナチスのキッチン』では台所の設計について書きましたが、図面が引けないので、専門家に相談したり、専門書を読んだりしてフォローしようと努力しました。

しかし、20紀初頭から日本が稲の品種改良に莫大な予算をつぎ込み、植民地での増産を推進したことについて書いた『稲の大東亜共栄圏』という本は、読んでくださった農学研究の先生から「おもしろかった」と反響があってうれしかったですね。

藤原准教授の著書、『ナチスのキッチン』と『稲の大東亜共栄圏』
藤原准教授の著書、『ナチスのキッチン』と『稲の大東亜共栄圏』

――どういう点で評価を受けたのでしょう

藤原准教授 稲の育種を研究されている先生は、歴史を知ろうとするとき、1万年、1000年という単位で考えるのが普通です。私の研究は現代のわずか50年程度のことなのでとてもかなわないのですが、その先生がおっしゃるには、「自然科学の研究者が一番苦手とするのが現代なんだ」、と。現代は、史料が残っているので、政治や経済の状況の複雑な絡み合いがくっきり浮かび上がる。そうした歴史の背景をよく理解できる本だったと評価くださいました。

――理系分野でも、歴史を学ぶことは重要なんですね

藤原准教授 例えば。携帯電話を研究するとしたら、消費者がいつどこで、誰とどんなふうに携帯電話を利用しているかを調査してまとめると思います。でも、それは歴史研究者から見ると、非常に物足りない。携帯電話を本気で知りたいのであれば、手紙や電報、電話、さらに飛脚制度や郵便制度といった古くからのコミュニケーションツールを調べる必要があるでしょう。「手紙を語らずして携帯電話を語るな」という思想史研究者もいます。歴史研究者ってしつこいし理屈っぽいんです(笑)。でも、歴史を学ぶと、今起こっている問題がどんな経過をたどってきて、今後どういった軌道を描くのか、未来像を想像しやすくなりますから、どうか忌避しないでください(笑)。

また、医学や工学、農学などの研究は、ともすると近視眼的になってしまう危険性がありますが、歴史を学べば、自分がやっていることを客体化することができます。

具体的な例を挙げるとすると、ナチス時代の人体実験です。当時、優秀な医師が人体実験を行い、ナチスの犯罪に加担していました。生きている人間を実験材料にしてさまざまな研究をした。本人たちはただ、純粋に、今まで分からなかったことを知りたいというモチベーションで研究にのめり込んでしまい、自分のしていることを客観視できない状況に陥っていました。あなたは今何をしているんですか? どんな社会的な影響があるんですか? そんな根本的な問いを自分と社会に投げかける学問が「歴史」なんです。だから、どんな分野でも歴史を学ぶことが必要だと考えています。

私は、講義の最初で、よく学生たちに、私が職場の先輩から教えてもらったことを話すことがあります。それは「たとえあなたがこの世から消えても、世界は何も変わらず動き続ける。しかし、あなたはこの世に一人しかいないかけがえのない人間で、あなたの死はこの世にたった一回きりの死である。この二つを知ることが文系の学問です」。この二つの見方が文系にも理系にも必要だと思うんです。