ドキュメンタリー映画監督としてタイに生きるエイズウィルス(HIV)陽性者や難民を取材してきた、東南アジア地域研究研究所の連携研究員、直井里予さん。彼らが他人と信頼関係を築く時、地域や社会はどう変わるのか―。研究者として自らの映像作品を分析し、変化と要因を明らかにしようとしています。映画監督の経験をいかした、新たな研究分野への挑戦について聞きました。

タイの人々と共に歩む

―― 1998年に報道通信社のアジアプレス・インターナショナルに所属後、ドキュメンタリー映画監督として数々の作品を発表されていますね。どのようなテーマの作品でしょうか。

直井 初めて映画作品を発表したのは、2005年。タイに住むHIV陽性者の女性、アンナとその家族の日常を追ったドキュメンタリー映画 『Yesterday Today Tomorrow―昨日 今日 そして明日へ・・・』を、さらに2013年にその続編『昨日 今日 そして明日へ2 第一部 アンナの道(完全版)第二部 いのちを紡ぐ』を発表しました。そして今はタイの難民キャンプで生まれ育ったカレン人の少年を取材しています。

どの作品も貧困やHIVといった社会問題を取り上げていますが、私が伝えたいのは問題そのものではありません。見て欲しいのは、“人と人との関係性”です。タイではHIVの蔓延が原因となって様々な社会問題を引き起こしていますが、そんな状況の中で、新たにどんな人間関係が生まれているのか。例えば、私が撮影していたアンナは前夫からHIVに感染しましたが、感染者のためのケアセンターで新しいパートナーと出会って再婚し、彼と支え合いながら生きています。また前夫との間に生まれた娘と向き合いながら、HIV陽性の孤児たちの面倒もみている。村の中でも、孤児たちの母親としての役割を担っているわけです。アンナのように、HIV感染をきっかけに新たな関係を築きながら生きるタイの人たちから、私たちも学ぶことがたくさんあるはず。そんな姿勢で、いつもカメラをまわしてきました。

※カレン人・・・タイ北部からミャンマーに居住する民族。独立をめぐる戦乱で多くの難民がタイに流出し、難民キャンプで厳しい生活を強いられている。

ビルマ難民キャンプに生きる少年と家族の物語を描いた『OUR LIFE』
ビルマ難民キャンプに生きる少年と家族の物語を描いた『OUR LIFE』


―― どの作品も長期間にわたって取材されていますね。

直井 そうですね、HIV陽性者は約16年間、カレン人難民は10年ほど取材を続けています。最初の作品は3年間、現地に滞在して制作しました。「なぜそんなに時間をかけるのか」と聞かれることもありますが、現地に行ってもすぐカメラをまわすわけではないんですよ。私の場合、まずは取材対象者となる人たちと1年ほど共に過ごし、時間をかけて関係を築いてから撮影を始めるようにしています。撮影者である私も、まずは地域の関係性の一部になることで、日常の中に表れる変化を捉えられるのだと思っています。

一度関係を築けると後はいいのですが、そこに取材対象者の家族だったり、友人だったり、新しい人が登場するとまた関係を築かなければいけません。これが本当に大変なんですよ。制作が長期になるのは、そういう背景があるからです。短期に集中してつくるやり方もあるとは思いますが、私はこれからもそういう方法はとらないでしょうね。対象者の社会に参加し、その中に視点を持って観察するフィールド長期滞在型のアプローチをしたいと思っています。

―― タイとの出会いや、興味を持ったきっかけはどんなことでしたか。

直井 きっかけは、本当に単純でした。修士時代にアメリカへ留学した時、クラスにタイ人の学生たちがいました。彼らはみんな優秀で仲が良く、コミュニティがしっかりしていて、そんな彼らの生活を見てみたいな、と思ったことですね。

映像との出会いも、やはりタイがきっかけでした。1993年に冷夏によるタイ米騒動があった時、日本のマスコミが一斉に「タイ米は美味しくない」と報じたのを覚えていますか?そんな報道に強い違和感を覚えていたところ、あるタイ人ジャーナリストが「日本人には、母国の作物を批判されることがどれだけ辛いのかということに気付いて欲しい」と訴えた記事を目にしました。それを読んだ時に、「私も日本のマスコミに何か訴えかけていく仕事をしたい」と考えたんです。それにはまずマスコミ業界だと思って(笑)、ニューヨークの日系テレビ会社で働きはじめました。ただ、テレビはやはり視聴率重視の世界です。常に数字だけを追い求めることに疑問を感じ、帰国してジャーナリスト集団であるアジアプレスに所属したんです。その後、3年間タイで暮らしながら最初の作品を制作しました。

ちなみにアジアプレスに入ってみたら、私がこの世界に入る最初のきっかけとなったタイ人のジャーナリストも所属していて、そこで初めて会うことができたんですよ。タイとは切っても切り離せない縁ですね。