Biographies of Kyoto University's Personnel
京大人間図鑑
Vol.9

西村卓也 防災研究所 准教授

1951年創設の京都大学防災研究所(以下、防災研)は、気候変動や地震、火山などが引き起こす地球規模の自然災害を研究するだけでなく、災害リスク対策や復旧・復興活動に寄与することで高い評価を受けています。最新技術を駆使して様々な規模の地震を研究する防災研の西村卓也准教授に、地震の研究と予測にまつわる課題について聞きました。

西村卓也
防災研究所 准教授

地殻変動を感じて

――地震の研究を始めたきっかけを教えてください

西村准教授 北海道の地震が比較的多い地域で育ち、子供の頃から地面の揺れを感じていて、なぜ地球が振動するのか不思議に思ったことがきっかけです。地球のことに興味をもって東北大理学部に進学し、3年次に地震や火山、気象、海洋などを研究する地球物理学を専攻することにしました。その中でも地震を選んだのは、映画によく出てくる秘密基地のような地震観測所に圧倒されたからです。

――以前と比べると、現在は様々な技術が発達して、地震観測の手法も大きく変わりました。先生は、どのような技術を使って何を研究していますか?

西村准教授 全地球的衛星航法システム(GNSS)などを使って、主に地表の動きである地殻変動を観測しています。GNSSとは、人工衛星からの電波を受信して位置を正確に測る技術のことで、全地球測位システム(GPS)はGNSSの中でも米国が運用しているシステムを指します。GNSSは、地表の変形を非常に高い精度で測定できるので、地震計では感知できないゆっくりとした地殻の動きを捉えることができます。地球の表面を覆う地殻が乗っているプレートは1日で約0.1mm、ヒトの爪が伸びる速さと同じくらいのゆっくりとした速度で動いています。日本列島では全国に1300か所以上設置されているGNSS観測点のおかげで、どこがどれくらいの速さで動いているかを観測できるようになり、地震を引き起こす断層運動の仕組みも推測できるようになりました。

また、地理情報システム(GIS)は今や地球科学では、必要不可欠な道具です。入手したデータを図面化し、GISを使って得られた様々なデータと比較することが研究の第一段階です。私はGPSのデータを地形図や地質図の上に可視化し、場合によっては動画にして、そこから様々な推論を引き出すようにしています。

――先生の研究で最も難しいのはどういった点でしょう?

西村准教授 やはり地震の予測ですね。全ての地震を予測することは不可能かもしれません。しかし、大規模な地震なら予測可能なものもあると思います。

防災研研究所 西村卓也准教授

境界がゆっくりとずれ動く「ゆっくり」地震

――先生が以前から研究されており、近頃はメディアでも注目を集めている「ゆっくり地震」について教えてください。

西村准教授 地震は、数十秒から数分という短い時間に断層が大きく動く現象で、断層から放出された地震動は地震計で観測できます。地震が起きることによって、地下で数十年から数千年もかかって蓄積されたひずみが解消されるのです。しかし、数カ月から数年という比較的長い時間をかけてゆっくりと断層が動くと、地震計では感知できず、大災害を及ぼす地震にはなりません。しかし、ひずみは解消することができます。これを「ゆっくり地震」、もしくは「スロースリップイベント(SSE)」といいます。SSEはGNSSなどを使わないと測定できません。

これまでのGNSSデータから、琉球海溝や南海トラフ沿いで起きたSSEを探知することができました。南海トラフ沿いでは地下30〜45kmの狭い範囲にSSEが集中しています。一方、琉球海溝沿いでは地下10〜60kmあたりに分布していました。過去の大地震は、これまでSSEが一度も検知されたことのない浅いプレート境界で発生しており、SSEと大地震はお互いに補完するような分布で発生しています。琉球海溝沿いではSSEが広範囲に分散していることから、大地震が発生する可能性は低いと推測されます。

2007年5月10日頃に四国中部で発生した短期的スロースリップイベント(SSE)。南海トラフ沿いのプレート境界では、大地震の想定震源域の縁付近でこのようなSSEが年に数回以上発生しています。Nishimura et al.(2013)の解析より。

――いま研究対象として注目している地域は?

西村准教授 まずは山陰地方です。鳥取と島根の両県には目立った活断層がほとんどありません。しかし、活断層は地震による断層のずれが何十回も累積して地形を形成したもので、活断層がないからといって全く地震がおきないわけではないのです。これまでの地殻変動の観測結果から、山陰地方にひずみがたまっている部分(ひずみ集中帯)があることが分かりました。ひずみが限界に達すると、断層がずれて地震を引き起こす可能性があります。 地殻変動の監視のため日本全国には、25km四方に1カ所、合計約1300カ所のGNSS観測点(電子基準点)が設置されていますが、ひずみ集中帯をより詳しく観測するため、両県で注目している地域には3kmおきにGNSSを設置し、地殻変動をよりきめ細かに観測して大地震発生可能性の評価につなげたいと考えています。

次に、メキシコの太平洋岸です。メキシコ南西部のアカプルコ沖にプレートの沈み込み帯があり、日本の南海トラフとよく似た現象がより大きな規模で起きると考えられています。メキシコ沿岸部の現象を調べることで、南海トラフで起こりうる現象が推定でき、大地震にいたる過程を理解するのに役立つのではないかと思います。

ポスト3.11の地震研究

――東日本大震災を引き起こした3.11の地震後、研究に変化はありましたか?

西村准教授 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震が起こったことで、いろいろなことが大きく変わりました。また、あの地震でこれまで想定されていなかったデータが数多く得られました。震源域となった部分は、これまでの観測結果から「ひずみ」がたまっている状態が分かっていて、大地震につながることは考えられることでしたが、あの規模の超巨大地震になるとは思っていませんでした。海底の断層のずれは50メートルです。これまでは最大で10メートルほどのずれしか知られていなかったので、どれほどの規模だったのかが分かります。

1997年10月〜1999年10月の全地球的衛星航法システム(GNSS)データから推定された東北日本に沈み込む太平洋プレートの境界面での固着分布(西村、2012を修正)。赤色はプレート運動速度より滑り速度が遅く固着している領域、青色はプレート運動速度よりすべり速度が早くひずみを解放している領域を表す。プレートの等値線間隔は2cm/年。

――東北地方では平安時代に貞観地震という大地震がありました。

西村准教授 地震研究には、今起こっていることを地球物理学的に観測するだけではなく、地質学的な調査も必要です。同時に、過去の記録をひもとくことも重要だと考えています。公家の日記をはじめとする古文書などに書かれている記録は、個人の主観で書かれているため、誇張などが入っている可能性が高く、これまでデータとしての信頼性は低いと考えられてきました。でも、現在の高精度な地質調査の結果と歴史文章をつきあわせることで、過去に起こった地震規模や災害状況について詳しいことが分かると思います。しかし、地震学者がすらすらと古文書を読めるわけではありませんので、過去の地震を調べるためには、国文学者などとの協力が必要です。

これまで と これから

――西村先生は米地質調査所(USGS)の客員研究員でいらっしゃいました。当時の研究内容について教えてください

西村准教授 USGSでは、モンタナ州南西部のヘブゲン湖近くで1959年に起きた地震に関連する地殻変動を研究しました。地震後、数十年経っても震央を中心とする広範囲で隆起が続き、これが地中のマントルの粘弾性緩和により起きたことがわかりました。アメリカと日本では地質構造が異なるので、アメリカで起きた地震の研究はとても興味深いです。

――西村先生は2013年4月、防災研に准教授として着任されました。防災研の特色を説明してください。

西村准教授 防災研には学際的な雰囲気があります。自然科学と社会科学、工学の専門家が一緒になって、自然災害による被害が軽減するよう努力しています。

――最後に、地震研究を志す日本や海外の若手研究者へのメッセージをお願いします。

西村准教授 地震学は学問としての科学的に自然を探求するという側面だけではなく、被害を軽減するために役立つ応用科学としての側面も重要だと思います。私自身、その両方の分野に興味があります。日本には綿密な地震観測ネットワークが整備され、豊富なデータが得られるので、地震の研究を行う上で有利です。京都大学は地震研究を行う場所として最高の場所のひとつです。地震に興味をある方ならば、どのような方でも一緒に研究したいと思います。

――お時間をいただき、本当にありがとうございました。

西村准教授にとっての「京大の研究力」とは?

研究者の層の厚さと、長期的視点で研究を評価してくれることだと思います。ちょっと研究につまずいたときや、専門から少し離れて研究の重要性や方向性を確認したいときなど、自分に近い分野から遠い分野まで、多くの研究者が同じ大学、キャンパスにいて意見を聞ける点が、京都大学ならではの特徴でしょう。また、みなさんが他の人の研究に対して敬意を持って、長期的な視野で温かく見てくれます。突拍子のないアイデアに見えても、短期的な結果だけで判断せず、芽が出て来るまで待ってくれる雰囲気があります。地殻変動の観測は、結果が出るまで数年かかりますのでこのような雰囲気は研究を進める上でも大変ありがたいものです。

西村卓也(にしむらたくや)
京都大学防災研究所 地震予知研究センター 准教授/地震学・測地学

※この記事は、2014年11月11日公開の英文インタビューを元に、2015年7月の日本語インタビューの内容を加えて再構成したものです。

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