異なるものへの理解を提供したい

――置田先生の研究のここがすごい!というところを教えてください。

置田助教 サンスクリット古典は12世紀以降廃れていったと思っている研究者が多いのですが、私が研究している時代はムガル朝期・・・日本でいうと「近世」、つまり江戸時代にあたります。南アジアの19世紀以降のことは地域研究が盛んなのですが、13世紀から18世紀は古典と地域研究の間で、研究の層が薄いのです。ですが、明治のことを知りたいのであればその前の江戸時代のことを知ることも重要ですよね。私の研究で、現在の南アジアのダイナミックさの原点を掘り起こしたいと考えています。

2014年8月に北海道天人峡で開催したサンスクリット夏合宿で。白眉センターと文学研究科インド古典学専修が共催した。左は野外での読み会。
2014年8月に北海道天人峡で開催したサンスクリット夏合宿で。白眉センターと文学研究科インド古典学専修が共催した。左は野外での読み会。

――その時代の思想から、現代の私たちにとっても新しい視点が得られるのでしょうか?

置田助教 いま、西洋哲学の分野では「感情の哲学 (Philosophy of emotion)」が注目のテーマの一つとなっていますが、取り上げられている古典はソクラテス、デカルト、スピノザ・・・やはり西洋のものです。一方南アジアでは4世紀くらいから、演劇の舞台装置や俳優を通じて恋愛感情をどのように表現するかといったことを考察してきました。そこでの「感情」理論が詩論へ取り入れられ、さらに14、5世紀に宗教に反映されてきたという蓄積があります。クリシュナに対して、詩でどのように恋愛感情を表現をするのか、といったことですね。南アジアでの蓄積が、西洋哲学における現代の課題「感情の哲学」に何らかの貢献ができるのではないかと思って模索しているところです。

――今後はどのように研究を展開させていきたいですか?

置田助教 まずは先ほど申し上げた「感情の哲学」で西洋哲学との対話。一方、世界的にイスラームが注目を集めています。南アジアのムスリムの人口もとても多く、私の研究しているムガル朝期のヒンドゥー教はイスラム教のスーフィー思想との関係があります。イスラームとヒンドゥー教の対話ということも今後取り組みたいことの一つです。それから、文献学者のコンプレックスかもしれませんが、実は現地に長期滞在したことがないんです。今までは長くても数ヶ月くらいでしょうか。人類学者のように、現地に長期間滞在し、現地の言葉を学び、人々との対話から研究のインスピレーションを得たいという気持ちがあります。自分の専門であるサンスクリット古典文学を深めるためにも、対話を拡げていきたいです。

――南アジア、サンスクリット古典・・・お話をうかがうととてもおもしろいのですが、普段の私たちの生活にはあまり馴染みがないですよね。日本でそれを研究する意義は何でしょうか?

置田助教 ヒンドゥー教でなくてもなんでも、自分とは「異なるもの」を学ぶことの大切さを伝えたいんです。どこの国でもそうですが、自分の国、自分の母国語しか知らず、自国民としか関わりを持たない、そういう生活をしていると、実はその国特有の習慣、制度、価値観といったものが普遍的なものであるかのような錯覚を起こし、それが他者への排除に繋がります。自分とまったく違う背景で育った人間が隣人になったとき、彼・彼女を尊重できる人間とは、自分の持っている価値観を相対化できる人だと思います。ソクラテスは「The unexamined life is not worth living(吟味されない人生は生きる価値がない)」と言ったといわれています。我々が日々の生活の中で当然だと思い、無批判に受け入れている価値観や世界観を相対化するものさしの一つとして、私はインド思想というものを提供したいのです。最近、「よくわかる宗教学」という本でヒンドゥー教の項目の執筆を担当しました。南アジアのダイナミックさを伝えたいし、ヒンドゥー教を身近に感じてもらえたらと思っています。

――4月からはまたスーパージョン万プログラムでイギリスとドイツに旅立たれるそうですね。あちらでも研究をがんばってください。本日はありがとうございました。

置田助教にとっての「京大の研究力」とは?

私は大学院から海外で研究を進めてきましたが、京都大学にはアメリカ、イギリスやドイツに引けをとらない充実した環境があります。共に研究する、すばらしい先生方や同僚がたくさんいます。研究環境に優れている京大のなかでも、特に白眉センターはさらに研究に集中できる素晴らしいプログラムだと思います。ただ、外国人研究者にとっては学内外での生活の面でサポートが足りないと感じます。私の妻はアメリカ人ですが、研究者本人だけでなく家族も言葉などの面で苦労しています。研究面では問題がなかったものの、生活のことを考え、任期の半ばで京大を去って海外の大学へ移った外国人の同僚もいます。言語面でのサポートなど、外国人研究者がもっと安心して長期に生活できる態勢を整えることができれば、国際的な大学としての京大の研究力がさらにアップするのではないでしょうか。

置田清和(おきた きよかず)
京都大学白眉センター 特定助教/サンスクリット古典文学