2018.03.10

人びとによって生み出され、政権や社会を動かした「怪異」

―― 2016年に著書『「怪異」の政治社会学 室町人の思考をさぐる』を出版されていますが、「怪異」に注目したきっかけは?

高谷知佳准教授 私は80年生まれなんですが、『ノストラダムスの大予言』などに影響されたサブカルチャーが大好きな10代を過ごしたので、そういう趣味から逃れられなかったんですね(笑)。

また、これまでは、「古代や中世の人びとは現代と違って非常に神仏を恐れ、宗教的な誓いやモラルが法と同じくらいの意味を持った」と考えられることが多かったのですが、その実態についても考えてみたいと思いました。その題材が「怪異」です。

日本史上で「怪異」と呼ばれているのは、神仏の像が破裂したり、寺社一帯に鳴動があったり、風もないのに鳥居や建物が倒壊したりといったものですが、基本的に神仏や怨霊が示す「これから更なる凶事をもたらす前兆」を意味していました。ところが、実は、これは最初からかなり作為的なものでした。

10世紀ごろに、寺社と政権とのあいだで、怪異の基本的なメカニズムが作り出されました。まず寺社から政権へと「怪異が発生した」、つまりこれから悪いことが起こるぞという警告が発信される。すると政権は、その寺社に対して、祈祷や奉幣などを行って神仏や怨霊をなだめる。このことは、起きるはずだった凶事を防いだことになります。こうして、寺社は政権から注目や利益を得ることができ、政権は社会に対して安定をもたらしたとアピールすることができたわけです。

室町時代の「怪異」に注目した著書
室町時代の「怪異」に注目した著書


―― 「怪異」のメカニズムは寺社と政権の双方にメリットがあったわけですね

高谷知佳准教授 ところが、怪異をめぐる知識や情報が、寺社以外の社会の人びとにも蓄積されていくと、変化が起こってきます。何か一つ怪異が起きるたびに、「他にもどこそこで怪異が起きていたらしい」「この事態はいついつの事件と似ている」などと、さまざまなネットワークや蓄積された記録から、人びとがたくさんの情報を集めて分析するようになる。特に、情報の集中する首都は、怪異のるつぼになる。だれも発信していないのに、怪異の風聞がどんどん生まれて拡散され、収拾のしようがない。人びとが無知だからではなく、知識や情報を持っていたからこそ、都市には怪異があふれていったのです。

すると寺社は、これに対応して、政権よりも都市社会に対して怪異を発信し、いっそうあふれさせました。都市社会の人びとからの信仰や寄進は、寺社にとって大きな利益になったのです。

怪異があふれたのは、中世の人びとが非合理なものをそのまま受け入れたためではなく、むしろ合理的に考え、行動した結果であった……といったことを本には書いています。まぁ、法と宗教性の比較から遠くまで行きすぎて、これのどこが法学なのかと聞かれたら「すみません」と謝るしかないのですが(笑)

―― 人びとは「怪異」をただ恐れた、というだけでは片付けられないものなんですね

高谷知佳准教授 本で紹介した怪異の一つに、神像が破裂したというものがあります。寒暖の差が激しい場所では、漆を塗った木の像に「バキッ」と亀裂が入ることは確かに起こりますが、なんせ神様の像ですから、それは驚いたことでしょう。ただ、寺社こそが結構戦略的だったんだなと思ったのは、政権に「神像が破裂した」と報告し、びっくりした政権が丁重な扱いをしてくれたら、「直った」と言い出したことです。割れたものが直ることのほうがありえないのに、権力が自分のほうを振り向いてくれたら「直った」と言う。神像が割れた不安さえも利用する「したたかさ」があったということですね。そうなると、むしろお寺の人こそが、そんなに信心深かったわけでもないのかな、という気もしますよね。