Biographies of Kyoto University's Personnel
京大人間図鑑
Vol.16

吉田昭介 白眉センター 特定准教授

ペットボトルや衣類などに利用されているポリエチレンテレフタレート(PET)を栄養源にして増殖する細菌を発見、分解メカニズムの解明にも成功――京都工芸繊維大学、慶応義塾大学などの研究グループによって発表された論文は、2016年3月の米科学誌サイエンスに掲載され、話題となりました。研究グループの一員であり、現在、京都大学白眉センター特定准教授の吉田昭介先生に、発見までの苦労や環境にやさしいリサイクル技術実現の可能性などについてお聞きしました。

吉田昭介
白眉センター 特定准教授

ペットボトルを食べる細菌を発見。「自然界で分解されない」との定説を覆す

―― どんなきっかけで、この研究に取り組むことになったのでしょうか

吉田特定准教授 これは僕の最初の研究テーマなんです。京都工芸繊維大学の4回生で研究室配属のとき、PET分解菌を探している研究室があることを知りました。できないと思われていることに挑戦しているのが魅力的で、僕もやってみたいと思って。

実は大学に入ったとき、周りが勉強家が多くてついていけないなぁという気分になっていたんですよね。その研究室はいつもみんな忙しそうにしてるんです。当時はすこし体力に自信があったので、ここなら頭で追いつけない分を体力でカバーできるんじゃないか、なんて思ったことも動機の一つです(笑)。

―― PETを分解する細菌って、どうやって見つけたんですか

吉田特定准教授 PETがたくさんあるところにはそういう細菌がいるだろうという仮説をもとに、研究室の先生と学生でペットボトルの処理場に行って、いろんな場所の土や汚泥を集めました。1回につき50個くらいのサンプルを取るんですが、季節を変えて4~5回は行ったと思います。

次に、取ってきたサンプルを培養します。栄養の入っていない液体培地が入った試験管の中に、サンプルと、「エサ」としてPETフィルムを入れ、ひたすら観察です。時々、フィルムを取り出して分解したかどうかを確かめます。それを繰り返しているうちに、いくつかの試験管のなかでフィルムが分解されているのが見つかったんです。分解の痕は肉眼では見えないだろうと思っていたので、ずっとフィルムを電子顕微鏡で見ていたんですが、実際は一目でわかるほどしっかり分解していて、フィルムがなくなるくらいでした。微生物はPETを分解するだけでなく、栄養源として増殖していることも分かりました。PETは自然界で分解されないというのが定説でしたから、インパクトが大きい発見でしたね。試験管の中にいたのは、いろんな微生物の集まりで、その中から単独でPETを分解できる細菌が分離されました。大阪の堺市で採取したサンプルから見つかったので「イデオネラ・サカイエンシス」と名づけました。

PETを分解するイデオネラ・サカイエンシスの電子顕微鏡写真(左)。洗い流すと、未処理のPETフィルム(右上の白枠内)と比べ、PETの分解がはっきりと分かる(右)

―― 見つけたときの気持ちは?「やったぞ!」って感じですか

吉田特定准教授 いや、喜びみたいな感情になったのは、少しあとだったと思います。4回生の1年間と修士の最初の1年間を費やして、精神的につらい時期にようやく見つかったんです。実際に見つかってみると、とたんに不安になって、本当かな、もう一回やり直してみよう、どうも本当に見つけたようだな、という感じだったと思いますね。

―― あるかどうかわからないものを探すって賭けですよね。途中でやめようと思ったことはありませんでしたか

吉田特定准教授 そりゃあ、ありましたよ。継続するにしても、卒論や修士論文が書けるような、もう一つ別の研究テーマがほしいという気持ちもありました。でも、研究室の先生がすごい情熱を持ってらっしゃっていたので、なかなかそういうわけにもいかず…。

―― 精神的に参っていたご自身をどうやって立て直したんですか

吉田特定准教授 僕はテニス部だったんですけど、かなり腐っていたとき、研究室に行くのをさぼって1日中テニスをしていたことがありました。翌日、先生に注意されて「ちょっと調子が悪くて…」って、言い訳したんですが、そのとき、気づいたんですよ。結果の出ない研究にずっともやもやしていて、いきがってさぼってはみたものの、ちょっと冷や水を浴びせられたら、もやもやがスッとしぼんじゃう。自分のストレスなんてたいしたことなかっんだなぁと(笑)。それ以降は、一度眠ったらだいたい大丈夫になりました。

PET分解菌を発見した大学院生時代を笑顔で振り返る吉田特定准教授

遠回りの研究が幅広い可能性を生み出すことを信じて

―― PET分解の仕組みも突き止めたんですよね

吉田特定准教授 僕はその後、8年ほどこの研究テーマから離れていたんです。民間会社で1年ほど働き、博士後期課程に進学して学位を取得して、アメリカに留学していました。イデオネラ・サカイエンシスがなぜPETを分解するのか。それは分解酵素があるからだ、と考えられるんですが、修士の院生時代にはどうしても見つけられなかった。2011年の震災直後に留学から帰国して慶大の助教に着任したとき、これまで学んだことを役立てれば酵素が見つかるかもしれないと考え、もう一回このテーマに取り組むことにしたんです。

イデオネラ・サカイエンシスがどうやってPETを分解するのか、遺伝情報をいろいろな角度から解析したところ、最終的に2種類の酵素がはたらいていることを突き止めました。この二つの酵素は、PETを好んで分解することがわかりました。しかも、常温でよく分解する性質があるんです。PETは高分子なので、酵素によって分解されると、その構成分子であるテレフタル酸とエチレングリコールになります。イデオネラ・サカイエンシスはこれらの構成分子を栄養にしています。特に、このPETをバラバラにするところが、ほかの微生物にはない、すごくユニークなところなんです。

高分子のPETは、2種類の酵素(PETaseとMHETase)によって段階的に分解される

―― ペットボトルリサイクルの実用化に向かっているんでしょうか

吉田特定准教授 興味を持ってくれる人はたくさんいますが、今のところはまだです。まだ実用化のレベルではないので、もっと研究を積み重ねていく必要があります。

―― リサイクル以外に応用できる可能性はありますか

吉田特定准教授 もともとこの研究が始まった理由の一つが、ポリエステル繊維の加工だそうです。ポリエステル繊維の表面は水をはじいて肌触りがよくないけれど、少し分解して水になじみやすい性質にすると、肌触りがよくなる。今はアルカリを使って加工しているんですが、それを生物の力でできたら、というところからこの研究がスタートしているんです。ほかにも応用の可能性はあると思うので、この研究が橋渡しとなったらいいですね。

―― 学生時代から研究者になろうと思っていたわけではないんですか

吉田特定准教授 アカデミアの研究者になろうとはまったく思ってなくて、廃水処理の会社で研究開発に携わっていました。食品工場などの廃水に空気を送り込むと、微生物が活性化して廃水の有機物を食べてくれて、水がきれいになるという、広く利用されている技術があります。どれだけ効率アップするかが重要なんですが、微生物学的なアプローチというよりは、入れ物の構造とか、僕の能力では及ばない部分が多かった。それに廃水もそうですが、屋外の微生物は種類が多くカオスな状態で、「どの微生物が何をしているのか」といった研究に簡単に手をつけられる状態ではなかったです。

それと、会社は「水をきれいにする」という明確な目標があって、脇道にそれるわけにはいかない。僕はそれがちょっと苦手だということにも気づきました。もう少し違うやり方で環境浄化の研究に取り組んでみたいという気持ちが芽生えて、学位を取ろうと思ったんです。

―― 研究の場として大学を選んだわけですね

吉田特定准教授 営利目的やスポンサーの都合などにとらわれず、自由にやりたいという気持ちが大きいですね。研究って目的地に向かって一直線に進むほうがいいという考えがあるかもしれないけど、僕は少しくらい遠回りしてもたどり着ける、むしろそれが近道じゃないかと思うんですよ。今回のPET分解菌の研究は科学誌が宣伝をしてくれて、新聞報道などもあったので、あちこちで「環境にやさしいリサイクルができる!」という期待の声が聞かれました。ただ僕はいま、分解の効率を上げる方向にのみ向かうことには懐疑的で、ちょっと遠回りかもしれないけど、菌をよく観察して、その現象から実用化へのブレイクスルーの可能性を探りたいと考えています。

なぜPET分解菌が誕生したのか?不思議な微生物の謎に挑む

―― 今、白眉センターで取り組んでらっしゃる研究はどんなものですか

吉田特定准教授 たとえばPET分解菌でいえば、どうしてこのような生物が誕生したのか、そもそも生物がなぜPETを食べるのか、食べたいから食べているのか、ほかに食べ物がないから食べているのか、あまりおいしくないと思われるものを食べているときに何が起きているのか…。生物はさまざまなトライ&エラーを繰り返して、いろんなものを栄養にする術を身につけてきたんだと思いますが、その進化や結果的に獲得したメカニズムを明らかにしていきたいと考えています。

―― PET分解菌のほかにおもしろい微生物の話をひとつお願いします

吉田特定准教授 京都大学には「極限環境微生物」という厳しい環境に住んでいる微生物を研究している研究室があります。特に超好熱菌という、熱が好きな微生物の研究をされています。大昔、地球が高温で酸素もない状態だったころに生まれた微生物と考えられますが、今も地球にはそういった環境があるので、「生きた化石」として残っているんですよ。超好熱菌は80℃以上、中には120℃でも元気に生きていられる微生物もいるそうです。こんなに高温が好きということは、その微生物をつくっているタンパク質などの分子がめちゃくちゃ丈夫ということなので、産業的な用途も幅広いんです。逆に寒さが好きな好冷菌というのもいます。

―― 微生物の世界ってまだまだわかっていないことが多いんですね

吉田特定准教授 ほとんどわかっていないと思います。人間が微生物を探すときは、こういうことができる微生物はいないか、とある目的を持って探すんです。たとえば1万個集めたうちの1個が目的にかなっていたとして、残りの9,999個は捨てられちゃう。でもその中に何かに秀でている微生物がいる可能性も当然ある。微生物にはまだまだいっぱい謎があると思います。

吉田昭介特定准教授にとっての「京大の研究力」とは?

若手研究者の育成を支援する白眉プロジェクトに採用され、2016年度から白眉センターに来ましたが、学問的に面白ければどんな研究をしてもいいという自由度の高さを感じます。こういう環境にいると、面白くて本質的な研究をしなければ、という気持ちが自然と沸いてきます。また、周囲の先生方の懐も深いので、自由にやっていてもなぜか安心感がありますね。研究者のみなさんは、少年少女が抱く科学への好奇心を、今でもそのまま持ち続けている人が多いような気がします。 純粋に自分のやりたい研究に没頭できる環境があり、成果を過剰にせかされない。そんな環境で次世代の研究者を支援・育成していることが、京大の研究力の素晴らしさだと思います。

興味深い微生物の世界を熱く語ってくださった吉田特定准教授
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