Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.7

無秩序の中に見える秩序

東南アジア研究所 河野泰之 所長
基礎物理学研究所 村瀬雅俊 准教授

文部科学省による「研究大学強化促進事業」の一環として、京都大学が実施している「『知の越境』:融合チーム研究プログラム SPIRITS*」。平成25年度採択プロジェクトの報告書をまとめるにあたって、大きな実を結んだプロジェクトの中からお二人の研究代表者を招き、対談形式で京都大学の研究力などについて語り合ってもらった。

対談インタビューに登壇するのは、SPIRITS学際型融合チーム研究の村瀬雅俊氏(基礎物理研究所)と国際型融合チーム研究の河野泰之氏(東南アジア研究所)。フィールドが全く異なる研究者があいまみえたとき、無秩序の中に秩序が見えてきた。

*SPIRITS:Supporting Program for Interaction based Initiative Team Studies

SPIRITS対談

——今日はお忙しい中、ありがとうございます。まず、 自己紹介をお願いします。

村瀬雅俊:基礎物理学研究所の村瀬です。幸い異分野の先生と出会う機会が多く、そのおかげで「未来創成学国際研究ユニットの設置」が実現しました。

河野泰之:東南アジア研究所(東南研)の河野です。僕の専門は農業技術ですが、文理融合の東南研では20 人程度の教員が自然科学も人文科学も、社会科学もやる必要があります。私の場合は農業だけではなく林業や水産、あるいは森林保全も。最近では農村社会や農業発展、農業開発、あるいは自然資源管理の問題などですね。僕自身、以前から様々な分野の方と話したりプロジェクトを手がけたりするという環境で育ってきました。昨年度から部局長になり、他の部局長と頻繁に交流しています。会って議論する機会が多く、色々な部局の先生と知り合いになれるチャンスと考えています。

——そういったつながりが、より大きなプロジェクトを形成するきっかけになりますね。

河野:そうなんですよね。部局長のつながりはすごく大切。普段は事務的な話をしていることが多いのですが、研究推進においては、いざという時には大きな力を持って機能しますね。

河野泰之氏(左)、村瀬雅俊氏(右)

採択プロジェクトについて

——SPIRITS は、京都大学が文部科学省の「研究大学強化促進事業」に採択された時の、目玉プロジェクトです。いま日本で重要視されている国際化という点から「国際型」、誰も手がけていないことにあえてチャレンジする「京大らしい」パイオニア精神という点から「学際型」、ふたつの枠を作りました。

河野先生は国際型、村瀬先生は学際型で、課題が採択されました。河野先生は「東南アジア研究のための国際コンソーシアムSEASIA の始動」、村瀬先生は「統合創造学の創成-市民とともに京都からの発信-」という課題です。それぞれ、どんな内容だったのかを簡単に教えてください。

河野:東南アジア研究が盛んになったのは1960 年代。東西冷戦の主戦場となり、東南アジアを知る必要に迫られた、あるいは東南アジアにおける政治的な影響力を強めたいと考えた欧米列強によって発展しました。最近の中近東研究が活発なのと同じですね。そんなきっかけで始まった研究ですから、やはり主たる関心は地政学的な研究、あるいは投資対象としての東南アジアだった。

一方、同時期に始まった京都大学の東南アジア研究は、京大が元から持っている「探検心」というのでしょうか、「何でも見てやろう」という精神から、「東南アジアの社会はどんなもの?」、「自然環境はどうなってる?」、「生態系はどうなっていてどんな虫がいるんだろ?」という「探検」が発端だった。だから、世界の東南アジア研究の潮流が「国際的な大きな枠組みの中における東南アジアの政治的経済的意義は何か」だったのに対して、京大のそれは「東南アジア社会ってどんなところ?」という、地に足がついた「実体を把握する」ことから始まった。

また、東南アジア研究に関する国際的な組織は、欧米主導の学会が二つほどあるだけで、そこでしか東南アジア研究の専 門家が成果を発表する場がない。そのため、学問の視点が欧米に由来するものに偏っていた。

しかし、地政学的な課題は地域研究のごく一部でしかない。日本を含む先進国は、ある程度の経済成長後に高齢化社会に なって社会福祉制度が変わってきましたが、今の東南アジアは経済成長と社会の高齢化が同時に起こっていて、新しい課題がどんどん出てきている。そういった東南アジアや発展途上国が持つ共通の課題は、国際関係論の中で論じるのではなく、それぞれが独自で取り組む必要があると考えてきたので、欧米主導学会の主潮には、ずっと違和感をもっていました。

東南アジア社会が経済的に発展して豊かになり、大学や研究者が育って研究レベルが上がると、彼らは地域の問題を自分たちの課題として一生懸命に取り組んでくる。さらに、ASEAN 統合(ASEAN 経済共同体)を控えて、東南アジアの国々はお互いの隣国を見ながら自分たちをよくしようとして交流が進み、ASEAN 研究が盛んになってきた。この研究と僕らの研究は関心対象が近く、東南アジア研究の国際的な潮流を変えるべき時が来たな、と。そのためにも、日本と東南アジアが組んで新しい場を作ってそこに欧米を引き込み、今までのものを180 度変えようと4 ~ 5 年前から考えていました。

さらに、今の国際情勢を見ると、そこに中国と韓国も引き込むべきだと。東アジアから東南アジアにかけての一帯で、こ の地域の研究を牽引するんだという形で世界にアピールする場を作ろうと。その議論を重ねるためにSPIRITSを使いました。結果として、2013 年10 月に日本を含む9 カ国11 組織と「アジアにおける東南アジア研究コンソーシアムSEASIA」を結成し、第1 回総会を2015 年12 月に京都で開催することになりました。これは、地域研究を世界の列強のための学問ではなく、各地域が自分たちの歴史的経緯、価値観、自然環境を踏まえて、それぞれが成長する道を探るためのものへと変えていきたいというもので、そのためのワンステップがSPIRITS で踏み出せた、と思います。

——すばらしい成果ですね。ありがとうございます。続いて、村瀬先生の「統合創造学の創成-市民とともに京都からの発信-」についてお願いします。

村瀬:はい。手元にSPIRITS採択時の評価があります。実はB評価でした(笑)。評価書には、「意欲的な研究プロジェクトであるが、申請者が主張する『単なる客観科学の延長を目視しない』という視座から、どのように研究成果を生み出していくのか、プロセスを明確にして研究を実施することが望まれる」と書かれていました。「客観的な科学を単に延長しない」と明記したのは、「論文が何本出ました」とか「特許をこれだけ取りました」といったことでアピールしたくなかったからです。

学際型なので、理系や文系など複数の分野をどんどんと取り入れたいと考えていました。たまたま2013年に、市民と大学をつなぐ窓口のような京都クオリア研究所の「クオリアAGORA」の運営委員を依頼され、そこで定期的に議論するうちに、大学を巻き込んだ形になりました。

秩序とカオス


村瀬:
( ペンを取り出しながら)このペンを机の上に立てると、必ず倒れます。でも、手の上にペンを乗せてうまくフィードバックすると立った状態になる。つまり、人間がフィードバックを与えると、秩序のないところから秩序を創れて、しかもその秩序がまた壊れることもあるのです。

この現象は、実は株の乱高下の時に秩序化が起こっているのと同じです。株価が一気に上がったり下がったりするという のは、みんなが一斉に「株を買う」、「株を売る」という、同じ行為をとっている状況で、秩序化が起こっています。秩序がないところから秩序が生まれるというのは、フィードバックがあって棒を立てるのと全く同じで、物理現象と経済現象の本質がひとつの原理で表せる。複雑なシステムが自律的に、外力なしで秩序を創って、また壊す。実はそれがカオスです。 私たちの心臓の拍動も、周期的ではなくカオス的です。そのため、外の世界で起こる想定外の状況に対応できるのです。生体システムは、フィードバックがあるために、自律的に秩序を創ったり壊したりする。このように眺めてくると、物理と経済、医学の世界が、何かひとつのキーワードに収まることに気づきます。その本質は「創造的破壊」です。創ることと壊れることは、コインの裏表という見方ができるわけです。

病気の自然治癒も同じで、調子が悪いからといってすぐに薬を飲まなくとも、自然に治ることが多い。つまり、システム にあえて外から外力を加えなくとも、システムが自律的にもとの状態に戻ることがある。つまり、放置していても秩序が生まれたり壊れたりするのであれば、「外から力を加えなくても自律的に働くダイナミズム」を理解する必要がある。それがシステムの違いによらずに普遍的であれば、異なる学問領域において、何らかの共通した本質が見えてくるに違いない。このような観点をもとに、「統合創造学の創成」プロジェクトを推進しました。

SPIRITS 学際型のキーワード「未踏領域・未科学」に僕自身が惹かれていたところ、基礎物理研究所の佐々木所長から、「未踏科学ユニット」の設置の話がきました。SPIRITS と同じキーワードでユニットの構想があったことから所長が連絡した次第です。京都大学の理念のひとつである「未踏領域・未科学」を「未来創成学」として全面的に打ち出す形で提案し、皆さ んの協力もあって思いがけない展開で進みました。この展開は、客観科学の延長ではなかったと思っています(笑)。

——ありがとうございました。今のお話で、SPIRITSが役立ったということが実感できました。

無秩序=秩序?

河野:ひとつ聞かせてもらっていいですか?

村瀬:どうぞ。

河野:株価が下がるときが「秩序がある」のですね?

村瀬:そうです。みんなの行為が同時に「売り」なら「売り」一色になりますよね。

河野:ええ。だけど、普通は「株価が安定する」と言うのは、会社の業績に対する評価がそれなりに決まった状態で、株の購入者たちの評価が大体同じだから、株価は安定する。

村瀬:あ、そこの解釈が違って。平均すると一定というのは、買う人と売る人の両方がいて、平均すると一定なわけで。

河野:あ、そうか。

村瀬:平均しても下がる、もしくは上がるというのは、どちらかのポピュレーションが圧倒的に多いから、その意味で秩序がある。

河野:なるほど。例えばベトナムの場合、ベトナム戦争中は森林伐採が起きない。ところが、戦争が終わったら木材需要が一気に高まって、人々がどんどん木を切る。戦争が終わった直後は政府の新しい体制が整っていないから、地方行政なんかまったく機能していない。だけどマーケットは急に動き出す。だから、戦争直後は森林を守るための規制は意味がなく、森林面積がいきなり減る。これは、僕らから見るとガバナンスの崩壊ですよね。つまり、秩序が崩壊している。だから、森林面積が一気に減少するときは秩序が崩壊していると見る訳ですが、全然違うんですね?

村瀬:はい。同じ現象ですが、人の行為に限れば「木を切る」のも「株を売る」のも一緒で、その時は人の行為はみんな連動していて、それを「秩序がある」と見ます。だけど、もう少し高次、全体の視点から見ると、同じ現象が「秩序の崩壊」に見えるので、同じ現象だけども見方によって違って見える。

河野:なるほどね。秩序っていうのは難しい言葉ですねえ。

村瀬:そうなんです。秩序といいながら実は無秩序だったり(笑)。

——別の機会に、ぜひ「秩序」の話をゆっくりとお聞かせいただきたいですね。

——河野先生のSEASIAは、科学技術振興機構(JST)が採択した課題「日ASEAN科学技術イノベーション共同研究拠点̶持続可能開発研究の推進」と関係があるように思えますが、いかがでしょうか。

河野:実は、これから連携をとる必要があると思っています。これまで、東南アジア各地の大学と多くの交流がありますが、縦割り組織なところが多いんですよ(笑)。京大は各分野においてすばらしい研究が多いだけではなく、それぞれが横とつなげることができるという実績がある。いろいろな研究プロジェクトが縦横につながって進められてきたことは、誇るべき財産です。その過程で学んできたノウハウは、もっと多くの人々と共有すべきだと思います。だから、日本とASEANの科学技術コミュニティーと、僕たちが今まで築いてきた人文社会系のコミュニティーを京大が仲介役になってつなげることによって、(JSTに採択された課題を)単に科学技術研究だけでない、大きな社会発展研究として展開する必要があると考えています。幸いなことに、京大の東南研が音頭取りとなることで、SEASIAを通じて色々な人がつながってきた。まさに、SEASIAが創ったネットワークを活用できると思います。

——この国際共同拠点の事業はオールジャパン体制で取り組むものですので、京大の中だけでなくて、他の大学と一緒にやるということがありますから、今回のSPIRITS事業での研究ネットワークとは最初は少し違うのかもしれませんが、今後うまく横をつなぐことで発展が期待できるかな、と思いました。

村瀬:河野先生のお話にあった「横のつながり」というのは、実は「雪崩現象」が起こる時に見られるものなんです。雪がまわりとつながることでひとつになり、雪崩になる。

河野:なるほど。

村瀬:だから、まさに学問や人間社会でも、急成長したり新しい組織ができたりするときは、横のつながりができはじめていて、新しい秩序が生まれつつある。でも、そうなると、それまでのあった別の秩序は壊れちゃうんですが。

河野:なるほどねぇ。うんうん。

村瀬:だから、スケールは変わるんですが、原理は同じなんですよ。だからといって、意識してできるものではないけれど。

河野:そうですよね。

SPIRITS について

——SPIRITSの予算はそれほど潤沢ではありませんが、支援したプロジェクトが発展しているというのはとても嬉しいですね。今後のSPIRITS事業をより良くするために、支援を受けたお二人から、SPIRITSへのフィードバックをいただけますか。

河野:予算規模は大きい方がいいに決まっていますが、SPIRITSがするべきことは大きな予算を手当てすることではないと思います。お金って「呼び水」みたいなもので、人を集める機能もある。いろいろな人が集まって議論できるきっかけになるから、予算規模が小さいことはあまり問題にしなくていいのではないかな。小額でも、それを使って議論すれば、次のステップが出てくる可能性がある。

——ありがとうございます。

村瀬:よかった点は、ボトムアップだったところでしょうか。全教員に連絡がありましたし。トップダウンではなく自己責任で応募でき、アクションがとても取りやすいですね。(SPIRITSは)潜在的な研究の種が掘り起こせる可能性があるんじゃないでしょうか。その点で、先ほど河野先生が言われたように予算の額が多いか少ないかには関係なく、大学のプロジェクトとして認められていることが重要で、そのおかげで人が集まりやすくなりますし、何よりも元気がでます。

研究力とは

——このSPIRITSは、文部科学省による研究大学強化促進事業の目玉プロジェクトのひとつです。大学の「研究力」を上げていくという目標がありますが、先生にとって「大学の研究力」とは何か?考えをお聞かせください。

河野:その質問に直接の答えになるかどうか分からないけれども…今、僕らが目指していることは、京大を、同じような関心を持った世界中の研究者が「あそこに行って研究したいよね」と思ってもらえる場にすること。半年や1 年という短い期間が終わった後でも、「やっぱりまた行きたい」って思ってもらえる場所。資料がたくさんあることや、大きな実験施設があることよりも、集まっている研究者と一緒にご飯を食べてお酒を飲んで、刺激的な議論をして、自分を変えていけるような、そんな場を維持していくというのが総合的な研究力かもしれないな、と思っているんです。そんなことも含めて、世界中の研究者がそこへ行って研究したいと思えるような場所が「研究力がある」所だと思います。

村瀬:河野先生のお話と関連しますが、人と人がつながればつながるほど、個人では不可能だったことができる。海外からも京都大学にこんな魅力ある研究組織があるというイメージができれば、ますます人が集まってくる。だから、雪崩現象的なことを人のレベルで作り出すことが「研究力」の鍵かな、と思いますね。

——お忙しい中、どうもありがとうございました。

河野、村瀬:ありがとうございました。

河野 泰之(こうの やすゆき)(写真左)
東南アジア研究所 所長
http://www.cseas.kyoto-u.ac.jp

村瀬 雅俊(むらせ まさとし)(写真右)
基礎物理学研究所 准教授
http://www.nics.yukawa.kyoto-u.ac.jp

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