Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.27

レム睡眠の役割の解明を通して脳の謎に迫る。「『眠れる力』を呼び覚ます脳科学で創る夢の未来」

医学研究科
林 悠 教授

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

2020年度に採択された医学研究科の林 悠先生の研究テーマは、「『眠れる力』を呼び覚ます脳科学で創る夢の未来」。脳科学の進展に重要な役割を果たす睡眠のメカニズム解明のなかでも、レム睡眠に焦点を当てた研究を進めている。うつ病や認知症など精神・神経系疾患の予防・治療への応用もめざす林先生の取り組みについて、動画メッセージとインタビューでお届けする。

レム睡眠が人の脳に必要な理由を解明する

先生はどのような研究をされているのでしょうか。

「私は、どうして人は眠るのか、睡眠が生じるメカニズムを明らかにしています。睡眠のメカニズムを解明すれば、睡眠を操作することも可能になります。これまで行ってきた研究を通じて、睡眠は脳に良い影響を与えることがわかりつつありますので、人々に良い睡眠をとってもらうことで、精神・神経疾患の予防や治療につなげたいというのが、大きな目標の一つです。

睡眠の中でも、特に注目しているのはレム睡眠です。人の睡眠は、レム睡眠と呼ばれる夢を盛んに見る睡眠と、ノンレム睡眠と呼ばれる睡眠とを行ったり来たりする複雑な過程をたどります。眠らない動物はいませんが、レム睡眠があるのは哺乳類や鳥類など一部の限られた複雑な脳を持つ動物だけです。また、人におけるレム睡眠は、生まれて数日の頃は睡眠時間全体の約半分程度を占めますが、2、3歳になると減り始め、大人だと2割強、高齢者では1割程度にまで減少します。レム睡眠がもともと少ない人は認知症になりやすいとか早死にしやすいといった研究結果があったり、赤ちゃんの時から大人並みに少ない人は発達障害のリスクが高いと言われたりするなど、レム睡眠が少ないことによる様々なリスクは以前から指摘されています。しかし、レム睡眠が具体的にどのように脳機能に影響を与えているのかは、よくわかっていませんでした。

私はマウスを使って、レム睡眠とノンレム睡眠のオンオフを切り替えるスイッチを担う脳の神経細胞を発見しました。その後、その細胞を操作する手法を開発してレム睡眠の多いマウスと少ないマウスを作り、レム睡眠と脳の機能との因果関係を調べています。2015年には、レム睡眠が多いと、脳の回復や記憶の定着、ホルモンの活動に重要な「徐波」と呼ばれる脳の活動が強く出やすいことを発表しました。さらに最近では、マウスの脳にある毛細血管を直接顕微鏡で観察するという手法を取り入れ、レム睡眠中は起きているときの2倍ぐらいまで大脳の毛細血管への血流量が増え、赤血球をたくさん送り届けていることを確かめました」

脳にたくさん赤血球が送り届けられると、どんな良い影響があるのでしょうか。

「脳に栄養がよく届けられますし、血液の流れが速くなることで不要なものがどんどん回収されるといったことも確認されています。大ざっぱに言えば、しっかりレム睡眠がとれると脳の状態がリフレッシュされると予想できますが、実際の効果についてはよくわかっていないことが多いです。今後は、脳の血流が増えることで血管のつまりを流したり、リンパの流れにも良い作用をもたらしたりするといった効果があることを検証していきたいと思っています。うつ病や認知症の人は脳の大脳皮質の血流量が下がると言われているので、何か治療に役立つことがあるかもしれません」

「夢を演じるマウス」を開発し夢を見る仕組みを探る

「レム睡眠の研究と同時に、もう一つ大きな柱としているのが夢の解明です。レム睡眠中はほぼ100%夢を見ていることが知られており、夢を見る目的や夢を見る仕組みがわかれば、脳がなぜ複雑な睡眠をするのかが突き止められるのではないかと考えています。夢を研究するには、今まで、夢から覚めた人にどんな夢を見ていたのかを答えてもらうしかありませんでした。しかし、その方法だと被験者の主観が大きく影響してしまいます。そこで私たちは、人間ではなく動物実験によって客観的に夢を読み取る方法を探っています。

動物実験で夢を読み取るというアイデアが生まれたのは、レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えスイッチとなる細胞を発見した際に、偶然見つけたもう一つの細胞がきっかけでした。レム睡眠中に身体を脱力させるスイッチとなる細胞です。脳はこのスイッチを作動させ、わざわざ身体を休ませているのです。この機能をシャットダウンさせたマウスなら、夢で見た通りに身体が動き、夢を読み取る実験ができるはずだと考えました。実際にやってみると、マウスがレム睡眠中に突然立ち上がったり、飛び跳ねたりする様子が観察できました。今後は、このマウスが本当に自分の見た『夢を演じている』のかどうかを確かめたうえで、どんな夢を見ているのかを明らかにしていければと思っています」

林先生が作った、夢を演じるマウス

脳への理解が新しい人間観に基づく社会構築につながる

先生がレム睡眠に興味を持たれたのには、何かきっかけがあったのでしょうか?

「もともと脳の発達に興味があったんですね。大学院時代は線虫というシンプルな動物を使って、分子レベルで脳の発達の仕組みを研究していました。線虫は、特定の遺伝子を壊した時に何が起きるかを調べるのにとても有用な動物なんです。脳の仕組みについて広く調べていくうちに、先ほどお話した、人が成長するにつれてレム睡眠が減っていくという研究結果を知り、レム睡眠のメカニズムを解明すればまだ知られていない脳の発達の仕組みが見つかるのではないかと考えるようになったのです。当時はレム睡眠のメカニズムはまだほとんど解明されていなかったため、ぜひ明らかにしてみたいと大学院修了後に研究を始めました」

「くすのき・125」では、応募の際に「125年後の調和した地球社会のビジョン」をお聞きしています。林先生はどんなビジョンを描いておられますか?

「私が125年後に実現したいのは、脳を知り、脳を守り、脳を作る脳科学によって、現代社会が直面する様々な問題を克服する社会です。心身の健康維持に役立つ医療も、そうした社会の実現に寄与する一分野です。脳の働きの解明が進めば、精神・神経系の病気についての画期的な予防・治療法の確立につながります。また、脳の理解が進むことでAI技術が発展し、知能や意識を持ったAIとの共存を図りながら、便利で豊かな社会を実現していくこが可能になるでしょう。そのような未来のために、脳科学が文理を超えた様々な学問領域と融合しながら進歩し、新しい自然科学的な人間観が育まれていくことが重要だと考えています」

新しい自然科学的な人間観とは、どのようなものでしょうか。

「人間は、自分の様々な行いが、長期的な視野に立って考えれば良くないことだとわかっていても、実行してしまったり実行せざるを得ないと考えてしまうことがあります。環境保全の取り組みが簡単には進まなかったり、民族紛争で多くの人が犠牲になるといったことは、まさにその典型でしょう。脳がなぜそのように考えてしまうのか、人間の思考や意識のメカニズムに関する様々な領域の知見を集めて解明することで、人間に対する理解は今までとは違ったものになるでしょう。それをベースにして、他者との相互理解ができるようになると、人類の幸福度はより向上していくのではないかと思っています。

生命の進化の中で、人ほど複雑に脳を発達させた動物はいません。脳の活動は、心、意識、社会、テクノロジー、文化といった人間を規定する活動の根幹ですが、仕組みについてはわかっていないことばかりです。脳の全神経細胞の活動を再現したスーパーコンピュータでシミュレーションすればわかるのではないか、と言う人もいますが、実際はそう簡単にはいかないでしょう。脳の活動には、神経細胞だけでなく、その他の多様な細胞も深く関わっています。また、ある部分ではスーパーコンピュータを凌駕するような能力を持っているのに、スーパーコンピュータの100万分の1程度のエネルギーで動く効率のよさも大きな謎です。何をどのようにシミュレーションすれば良いかすら、わからない状態と言っていいでしょう。特にわからない部分が多いのが、夢や心、意識など、目には見えないけれど確かに感じるような脳の働きです。それを解明し、より幸福な人間社会の構築に貢献できればと思っています」

睡眠研究が切り開く125年後のビジョンについて語る林先生

「睡眠操作医療」と「夢の生理学」の確立をめざして

描いておられる未来ビジョンの実現に向けて、「『眠れる力』を呼び覚ます脳科学で創る夢の未来」の研究をどのように進めていきたいとお考えでしょうか。

「2つの方向を考えています。一つは、『眠れる力』に着目した予防医療を確立させることです。先ほどお話したように、マウスを用いた研究で、ほとんどわかっていなかったレム睡眠の機能が明らかになってきました。記憶の定着や脳の機能回復、認知症などの病気の発症の抑制や治療、社会的ストレスへの耐性を向上させるといった、様々な良い作用をもたらす可能性を示すデータを得ることができたのです。この成果を人に応用し、人に本来備わっている『眠れる力』を最大限に引き出す医療、『睡眠操作医療』と呼べる新しい医療分野の創出が目標です。そのために医学のみならず、薬学・工学など多様な学問分野の研究者とも協働したいと考えています。

『くすのき・125』の3年間では、マウスで見出したレム睡眠の機能を人で検証していく一方で、人のレム睡眠を人為的に増やす方法の確立に向けて研究を進めたいと思います。レム睡眠が増やせれば、これまで根本的な治療法のなかった認知症や精神疾患などに対する新たな予防・治療につながることが期待できます。

現在、進めているのは、医薬品と食事を組み合わせてレム睡眠を増加させる研究です。レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えスイッチとなる神経細胞の機能に生活環境が大きな影響を与えることがわかり、マウスを使って様々なアプローチを積み重ねた結果、レム睡眠を大幅に増やすことができました。今後さらに研究を深め、人に適用できるレム睡眠増加法をしっかり確立したいと思います。さらにそれが、実際に認知症や精神疾患、脳卒中などの予防やリハビリテーションに効果があるかどうか、動物実験や人での臨床試験で確かめるつもりです」

社会問題にもなっている病気の治療法開発にもつながる、希望に満ちた研究なのですね。もう一つの方向とは、どのようなものでしょうか。

「夢の解明をめざして、マウスを使った夢の読み取りをすることです。その第一歩として、私たちが作ったマウスが本当に夢を演じているのかどうかを確かめたいと考えています。着目したのは、レム睡眠中に身体が動いたり叫んだりするレム睡眠行動障害という病気です。この病気の患者さんの睡眠中の行動は夢の反映であることがわかっているため、もし、患者さんの脳に私たちが作ったマウスと同じ神経細胞の欠落が見つかれば、マウスの行動も夢を反映している可能性が極めて高くなります。患者さんの死後の脳を調べ、その確証を得るつもりです。

そのうえでマウスが見ている夢を分析し、悪夢であればもっと良い夢が見られる方法を見つけたいですね。たとえば、起きているときに何かの経験をさせるとか、睡眠中に何かの刺激を与えるとか、そういった行動プログラムを見出すことで、人間の睡眠障害の治療への応用も期待できます」

先生のお話ぶりから想像すると、マウスはあまり良い夢を見ていなさそうですね。

「実験をしていると、そんな印象があるんです。飛び跳ねたりもするのですが、恐怖が原因になっているようです。人間の場合も、夢の7~8割はネガティブなものだとされており、PTSDの人では恐怖体験が夢に出ることがあることも知られています。今お話しした、起きているときの行動プログラム以外にも、食べ物や薬などによっても夢が良い方向に変化するかどうかを確かめてみるつもりです。また、悪夢を見ないようにするために、悪夢を見始めたらすぐに起こす、というようなプログラムへの展開も考えられます。その場合、悪夢も回復のための重要なステップということも考えられるので、悪夢を邪魔することが本当に良い結果につながるのかについての検証も必要になるでしょう。

夢は、感覚の刺激に頼らず脳が自発的に思考や感情を生み出す、とても興味深い現象です。脳が生み出す究極のバーチャルリアリティと言ってもいいでしょう。夢の探求を続け、最終的には、夢の意義を解明して『夢の生理学』を確立できればと思っています。夢はレム睡眠とノンレム睡眠を行ったり来たりする複雑な睡眠の仕組みを解き明かす鍵であり、それが脳の理解、ひいては人間の理解にもつながるでしょう。夢という生理現象を理解する夢研究の未来を、人間にとっての『夢の未来』にもしていきたいと思います」

林先生の研究室での一枚。ここでレム睡眠のメカニズムの解明が行われている

林 悠(はやし ゆう)

医学研究科 教授

理学博士(東京大学)。東京大学卒業後、東京大学大学院理学系研究科修了。理化学研究所脳科学総合研究センター(現・脳神経科学研究センター)研究員、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構助教、准教授を経て、2020年4月より現職。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構教授と兼務。動物の睡眠構築を操作できる独自の技術を活用し、睡眠の作用やメカニズムの解明、認知症や精神疾患などに対する新たな予防治療法の開発をめざす。2017年 文部科学大臣表彰 若手科学者賞受賞。

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