Biographies of Kyoto University's Personnel
京大人間図鑑
Vol.4

後藤浩之 防災研究所 地震災害研究部門 助教

京都大学防災研究所の後藤浩之(ごとうひろゆき)助教が取り組んでいるのは、次世代耐震化技術への応用が期待される地震工学の諸理論の体系化。地震発生時のメカニズムから構造物の応答まで、理学と工学を横断する幅広い研究を進める一方で、社会科学の領域と言える防災教育にも目を向けて活動しています。

後藤浩之
防災研究所 地震災害研究部門 助教

地震災害に「外さない予測」を立てる

――まず、「地震災害研究部門」の研究領域を教えてください。

後藤助教 防災研究所には、「地震・火山研究」、「大気・水研究」、「地盤研究」、そして、「総合防災研究」という4つの研究グループがあります。「地震・火山研究」グループのうち、地震に関連する部門は他にも「地震防災研究部門」と「地震予知研究センター」と設置されていますが、私の所属する「地震災害研究部門」は、理学・建築・土木の研究室で構成されており、地震の揺れから建物や土木構造物の被害までを研究しています。

――さらに、部門の中で研究分野が分けられているようですが?

後藤助教 はい。「地震災害研究部門」には、強震動、構造物震害、耐震基礎と3つの研究分野がありますが、それぞれ独立してではなく、地震工学の領域において、理学・建築・土木の研究室が常に連携を取りながら、各分野の研究を進めます。ちなみに私の研究分野は「耐震基礎」ですが、他の2分野の基礎研究と応用研究を横断する形をとって、サイエンティフィックなアプローチをエンジニアリングに受け渡す働きかけをしています。隣り合う研究室が活発に連携をとって、複数の研究分野を掘り下げていくスタイルは、防災研究所全体の特徴とも言えますね。

――具体的にはどういった取り組みをされているのですか?

後藤助教 「耐震基礎」は、地震の発生機構から構造物の応答までが主な研究対象となります。地震という自然現象には、震源地に発生する断層運動、それによって引き起こされる地震波、地震波が地表に到達することによって生じる揺れである地震動と、分析・解析を行うべき対象が含まれますので、トピックに応じてアプローチ方法を増やして、より理論的に解明し「外さない予測」を立てることを目指しています。

――現在の地震災害の予測には限界があるということでしょうか?

後藤助教 例えば、地震調査研究推進本部が発表している全国地震動予測地図というものがあります。これは、地震の発生場所、発生可能性、規模を確率論的手法によって予測して作成されたものですが、常に改良や見直しが行われています。大規模災害に対する備えという意味において必要なものではありますが、信頼性の高い予測とは言えません。

――より信頼性の高い予測を立てるには、どういった研究が必要でしょうか?

後藤助教 地震波は、地盤を伝わる時に非常に複雑に変化します。この現象を理解するためには,地震波の伝播現象そのものを理論的に考察する必要があります。また、地盤を構成する材料も、与えた力に対して非線形に挙動しますので、材料そのものの振る舞いに着目する必要があります。さらに、地震の揺れである地震動は、場所によって異なりますので、揺れやすいところと、揺れにくいところを実際に測ってみるという素直なアプローチが必要になります。つまるところ、地震研究にはやるべきことが沢山あるわけですが、技術的な進歩によって、データの収集や解析がより効率的に行えるようになっていますので、様々なアイデアを実行していきたいですね。

――宮城県大崎市の古川地区で行われているプロジェクトは、その一つですね。

後藤助教 そうですね。東北地方太平洋沖地震の発生直後から、各地を回って被害状況を調査していたのですが、古川地区にあった2つの地震計が違う揺れ方を記録していたことに気付いたのがきっかけでした。距離の離れていない場所で揺れ方が異なることと、同じ地区でも建物被害の違いがあることに関係があると見て、より密に地震計を設置する「高密度地震観測プロジェクト」を立ち上げたのです。

――そのプロジェクトには、何か革新性があったのでしょうか?

後藤助教 何と言っても、地域の方のご理解とご協力を得ながら、ごく普通のインターネット回線で観測データを集約するという仕組みを利用して地震計の数を格段に増やしたことですね。限られた地域のリアルタイム観測という密な調査を行うということで、きめ細かな揺れの違い、バラつきを観測することが可能になりました。この観測データは、プロジェクトのウェブサイトで見ることができます。革新性とは違うかもしれませんが、実際に地震被害に遭われた住民の皆さんとの深い関わりは、私自身の研究スタンスや活動にも変化を与えてくれたと感じています。

古川でのひとこま。後藤氏自ら地域の方々へ協力をお願いしている。

研究者としての説明責任

――そもそも地震工学を研究されようと思ったのはいつですか?

後藤助教 私が高校生の頃、温室効果ガスの削減目標を掲げた京都議定書が採択されたこともあって、地球環境問題を学ぼうと、工学部地球工学科を選んだんです。でも、自然災害に関連する生々しい授業を受けているうちに、「温暖化よりも巨大地震の方が深刻ではないか?」と思うようになり、三回生の頃に転身しました。

――生々しさ、深刻さといったことは今でも感じられますか?

後藤助教 例えば、大きな橋のような建築土木構造物を作る時は、クライアントとエンジニアが性能設計に関するやりとりをして意思決定します。我々、地震工学の研究者は、その意志決定に必要なデータや、その背景や裏付けとなる説明を精緻に差し出すことが求められます。「三匹の子豚」という話があるじゃないですか。かけるコストによって避けられるリスクが変わりますよっていう…ああいった明快さ、ある種の生々しさが必要とされるんですよ。

――狼の強さをこのぐらいと仮定するなら、どんな家を建てますか?という話ですね(笑)

後藤助教 発生が予測されている南海トラフ巨大地震は、最大規模でマグニチュード9.1です…だけでは、エンジニアリングを行う設計者には何も伝わりません。想定される状況を想定することができなければ、性能設計も予算提示もできないわけです。

――研究の成果が被害の増減に関わるという意味では非常にシビアですね。

後藤助教 そうですね。地震工学は、狭義には地震の発生メカニズムを理学的に解明して、それに対応する建築、建造物を工学的に設計するというものですが、広義には、その実現に向けて実社会をどう変えていくかといった社会科学、経済学の領域も含んでいます。

――社会全体の防災意識を高めていくことも、地震工学の役割の一つであると?

後藤助教 私自身、地震工学における社会科学系の領域は専門ではないので、あくまでボランティアという立場を取りながらですが、防災教育の活動もできる限り行っていきたいと思っています。

――大崎市古川のプロジェクトでの経験が大きいですか?

後藤助教 少なからず影響はあります。地震計の設置に協力してくださった住民の方々からは「次の地震はいつ起きるのか?」といった質問をたびたび受けました。地震専門の研究者としては正しくありませんが、震災の直後には、非科学的な説明をして不安を取り除くこともありました。結局のところ、発生自体を防ぐことはできないわけですから、地震が起きた時に被害を軽減することが防災というものだと思いますし、知識を持った我々が啓蒙活動を行う意義だと思っています。

――防災教育における課題はどういったものでしょう?

後藤助教 地震に限らず、多くの災害でもそうだと思いますが「防災教育のパラドクス」というものがあります。防災に関するセミナーや講演には、いつも同じ方、つまり、一定以上の防災意識を持たれた方ばかりが来られるんです。本当に防災について知っていただきたい方には届きにくいという悩みがありますね。

――確かに、いつ起こるか分からない自然災害に目を向けるのは難しいかもしれません。

後藤助教 起きてからでは遅いんです。だからと言って、無闇に危機感をあおり過ぎてもいけないと思います。せっかく意識を持っていただいても、目を背けられることにもなりまねません。私の場合、出来るだけ多くの方の関心を惹くように、笑いの要素を入れるように心がけています。

2013年に実施した小学生とのイベント「大科学実験!」のひとこま

――笑いの要素ですか?

後藤助教 深刻に、リアルに伝えようとしても、継続的に意識を持たすことが出来なければ意味がありませんからね。ごく自然に自分ごととして認識していただくためのあくまで手段です。ちなみに私が良く使う自己紹介は「防災をしない防災研究者」です。ほら、現にこの研究室だって、これだけ資料があるのに、本棚につっかえ棒すらしていないでしょう?(笑)…という冗談はさておき、実際、一個人として、常に防災の意識を持つことは非常に難しいわけです。自らそれを宣言することで、場の共感を得ながら話を進めます。この私ですら防災をしたくなるような状況を作ることが目標でもありますしね。

――なるほど、そのための「笑いの要素」ですね…興味深い話をありがとうございました。

後藤助教にとっての「京大の研究力」とは?

短期的な成果にとらわれることなく、長期的な視点で研究に取り組むことができるということでしょうか。こと、私が関わっている自然災害の研究領域においては、社会に与える影響の大きさからも、検討の余地を残したまま研究内容を発表するわけにはいきません。また、研究データを蓄積し、検証する時間が与えられているということは、災害発生時など、いざという時に起こすべき研究アクションの幅を広げることになると実感しています。

藤 浩之(ごとう ひろゆき)
京都大学防災研究所 助教/地震災害研究部門 耐震基礎研究分野

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