Biographies of Kyoto University's Personnel
京大人間図鑑
Vol.7

稲場直子 健康長寿社会の総合医療開発ユニット 特定助教

どうして風に舞う木の葉の「動き」がわかるのでしょう?「眼で見るから」・・・。しかし、「それはなぜ?」と聞き返されると言葉に詰まります。京都大学健康長寿社会の総合医療開発ユニット 稲場直子(いなば なおこ)特定助教は、この当たり前のように思われている「動き」が見える仕組みを脳細胞のレベルで追究しています。

稲場直子
健康長寿社会の総合医療開発ユニット 特定助教

双子の姉が見る世界 ≠ 私が見る世界。

――周りのものの動きがわかるのはなぜか?という研究をなさっているとのことですが、研究の概略をご説明いただけますか?

稲場助教 私たちがビデオカメラだとしましょう。眼がレンズです。暗闇の中に赤く光る点があるとします。まず、赤い点を向かって右へ、そして左へとゆっくり動かしてビデオカメラで録画します。次に、赤い点は動かさないで、ビデオカメラをゆっくり左へ、そして右へ動かしながら、録画します。録画されたビデオを後から見ても、このふたつは全く同じ映像ですよね。つまりビデオカメラにとっては、眼に入ってくる情報だけでは自分の眼(レンズ)が左右に動いたのか、赤い点が動いたのか区別がつかないのです。でも、私たちは点が動いたのか、自分の目が動いたのかわかりますよね。どうしてでしょう?私たちの認知機能を担っているのは脳、その中の神経細胞ですから、その細胞の性質を調べて、答えをみつけようとしています。

記録される映像は全く同じ = ボールが動いたのか、カメラが動いたのかわかりません。

――なるほど。そう言われると確かに不思議なことですね…。やはり先生ご自身は小さいときから研究にあこがれておられたのですか?

稲場助教 いえ、一言で言うと「ぼーっとした子」だったし、行き当たりばったりというか。研究者になるなんてことは考えもしませんでした(笑)。大学で授業を熱心に聴いた学生でもないし、大学院を最初から目指していたわけでもないし。

――えっ・・・。そうなんですか・・・?

稲場助教 ただ、大学の自由選択科目で、つまり履修しても卒業に必要な単位がもらえない授業なんですが、霊長類学の授業を取ったんですね。それが面白かったんです。野生のゴリラやチンパンジーたちと仲良く暮らすことへのあこがれがありました。

――それで現在の研究につながる・・・。

稲場助教 いえ、まだ話は途中で、彼らの生息地であるアフリカとかに派遣してもいいよ、なんて生態学の先生に言われてすごく楽しみだったんですが、結局断られてしまって・・・。

――それはどういう理由で。

稲場助教 まだ二十歳前後の学外の女性をアフリカの奥地に送り込むということに、先生方も踏み切れなかったということでしょう。4年生のときに選んだのは「発生生物学」の研究室でした。特に深く考えず学生生活を過ごして、不完全燃焼感がとても強くなり、親が反対していたにもかかわらず大学院進学を決めました。

――研究者になるつもりはなかったのに、なぜ研究を続けようとしたんですか?

稲場助教 漠然と心理学が面白そうだと思っていました。私には双子の姉がいるのですが、わりと小さいとき突然、「あ、姉の中に私が入り込んだとしたら、この世界はどんなふうに見えるのかなぁ?多分、私が見ている世界と違うんだろうなぁ。同じものを食べても、同じ味じゃないんだろうなぁ」って思った瞬間がありました。このあたりの経験が背景にあって、潜在的に心理学や精神医学にも関心を持ち続けていたんだろうと思います。

静かなる情熱、サルへの尽きない想い。

――それで大学院から念願のサルの研究ができるようになったんですね!

稲場助教 まだです(笑)。多くの先生方にお世話になった結果、サルと接することができる研究室が見つかり、そこに移りました。ところが、その研究室ではラットを使うプロジェクトに加えていただくことになっていて、なんというか・・・。

――不本意なことに、まだサルには巡り合えなかったと・・・。

稲場助教 サルは実際いましたので、サルに会いに行くだけで楽しかったですよ。ですが、私もついに限界が来て、修士課程2年の10月に修士論文の中間評価があるというスケジュールなのに、その年の9月に先生にお願いしたんです。「私はサルの研究がしたい!」と。

――それでやっとサルに辿りついたんですね!それから実験して、修士論文をまとめるのは大変ではなかったですか?

稲場助教 はい、そのときの実験テーマは運動学習で小脳の神経細胞について調べたのですが、実験の手技を学ぶところから始めましたし、そもそも小脳の中の特定の小さな領域内からデータをとらねばならず、うまく行っても1ヶ月にひとつかふたつくらいしかデータが取れないとても難しい実験でした。

――サルに巡り合えても苦労の連続ですね・・・。

稲場助教 焦りはしなかったです。サルと一緒だったから楽しかったし(笑)。でも、修士課程修了後、再び不完全燃焼感をもってしまい、全く想像もしていなかった博士課程に進学することにしました。そして大脳の研究をするために、博士課程2年目の冬に産業技術総合研究所に出向することにしました。そこでしばらくは、人間の心理実験のグループで、実験の基礎を習っていたのですが、ほどなく、私の受入をお願いしていた先生が大学に移られることとなり・・・。

――サルは・・・・・・。

稲場助教 サルはいました。研究所が親切にも、未熟な私に研究費と研究スペースと、そのうえ実験に必要な相棒のおサルさんもつけてくださったんです。そこで、一人で実験をしようと心を決めたのですが、実験するうえで必須の技能が全くなくて、最初のうちはサルとふたりで本当に泣いて暮らしました・・・。

――・・・・・・。

稲場助教 しかし、さすがの私も「これはなんとかしなくては」と思い、現在の上司である河野先生(京都大学医学研究科教授)にしつこく電話をかけて、助言をいただきながら自分なりに研究計画を立てていきました。そして翌年の春に日本学術振興会の特別研究員—DC2の研究奨励金に「物の動き」に関する研究計画で応募し、幸運にも採択されたのです。特別研究員の最終年は京都大学でお世話になったので、京都にはそこから数えてもう10年ですね。途中で2年ほどアメリカのコロンビア大学に研究留学しましたが。

――そして、この論文発表に至った。

稲場助教 この論文が実は今お話ししたDC2の研究奨励金をいただくことになった研究計画書に記載した実験なんです。そう、今思えば10年越しですね。

――おおっ!ついに花が咲いた!!

稲場助教 そういうことです。この論文に至るまでに、京大の河野先生のもと、いくつかの大切なステップを踏んでいろいろ学ばせていただきました。

――多くの人にとって、「物の動きがわかる」、ということは当然のことで、「なぜ?」というところまで思いが至らないと思います。研究の面白さ、魅力を伝えることの難しさを実感されることはありますか?

稲場助教 私自身、どこか専門家でない、という意識があるので(笑)できるだけ簡単にわかりやすく、まずは自分に対して研究のポイントを解説できないと次に進めません。自分自身がまず腑に落ちないといけないというわけです。

――冒頭でお願いした研究の概略についての説明もわかりやすかったです。

稲場助教 そうですか、ありがとうございます。でも、双子の姉にはこの仕事の魅力は全く理解されず、身内に対しては完全な基礎研究アウェー状態です(笑)。

――本日はありがとうございました(笑)。あまり主体性がない学生だったとおっしゃっていましたが、研究に対する熱い想いが伝わってきました。

稲場助教にとっての「京大の研究力」とは?

「研究一筋」ではない学生が多い、雑多なところでしょうか。もっと多様な学生や研究者がおおらかに研究できる環境が実現すると、もっと研究力がアップするのではないでしょうか。

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