佐々木貴教 理学研究科 助教
系外惑星とよばれる太陽系の外にある惑星は、これまでに3500個以上、見つかっています。地球のように生命を宿す惑星はどのようにできるのか?惑星形成過程の理論的な解明を目指す京都大学理学研究科の佐々木貴教助教に、研究を始めたきっかけや、研究とクラシック音楽との意外な関係を伺いました。
佐々木貴教
京都大学 理学研究科 助教
文学好きの読書少年が宇宙物理学者に
――研究分野について教えてください
佐々木助教 私の専門分野は「惑星形成論」で、太陽系などの惑星がどうやってできたのかを、数値シミュレーションや観測、実験で検証する研究です。特に、地球のように生命を宿す惑星を“理論的にどうつくるか”、に興味があります。惑星のミニチュアを実験室で実際につくるのではなく、太陽のような恒星が誕生してから惑星ができるまでの一連の物理的な過程をシンプルな理論モデルで表し、数値シミュレーションで惑星をつくろうとしています。 惑星は、ちりとガスでできた円盤から誕生すると考えられています。この円盤の中で、本当に「地球のような惑星」ができるのか。もしできるなら、確率はどの程度なのかを明らかにしたいのです。
――数値計算で地球の形成過程を表せるのでしょうか
佐々木助教 地球は「水の惑星」と言われることもありますが、実際には「ほんのわずかな水がある惑星」という表現のほうが正確ですね。地球の海水を全部足し合わせたとしても、重さにすると地球全体の0.023%にすぎません。この極微量の水があったからこそ、地球上で生命が誕生し、進化できたのだろうと、地質学や生物学の観点から多くの研究者が考えています。
私は、この極微量の水が偶然の結果もたらされたのか、あるいは何らかの普遍的なメカニズムによって獲得されたのかを見極めたいのです。水量の調整がある程度の確率で起こるならば、太陽系以外にも地球と同じような環境の惑星があっても、おかしくありません。
――宇宙が好きでこの分野に進まれたのですか
佐々木助教 実は、小さいころは数学や物理にあまり興味がありませんでした。むしろ、文学を読むのが大好きな読書少年でしたね。大きくなるにつれて、心のどこかで「この世界を丸ごと理解したい」気持ちが芽生えてきました。そのためには理系の手法で本質をしっかりと捉える必要があると考え、高校時代に苦手ながらも理系の道を選択しました。でもやはり、大学受験では数学や物理は苦手なままでした。
大学に入学後、人間や生命との関わりがわかる地球のスペシャリストになりたくて、地球惑星物理学科に進みました。この頃はまだ、惑星の名前くらいしか知らないレベルだったのですが、私にとって大きな転機がありました。それは、のちの指導教官となる阿部豊先生との出会いです。惑星システム物理学の専門家である阿部先生(現東京大学大学院准教授)は、惑星にまつわるシンプルな理論モデルを次々と提示され、感動したことを覚えています。
阿部先生の授業は、地球のさまざまな物理過程を、シンプルな数式で学生と一緒に解いていくものでした。たとえば、太陽から地球へ入ってくる光エネルギー量と地球が放射する光エネルギー量の関係を手でも計算できる数式で表し、地球の平均気温を求めるような内容です。本質を見極めれば、単純な数式でも本質的な結果を簡単に導きだせることに驚きました。阿部先生の授業を通して物理学に対する見方が変わり、物理学の可能性を感じました。そこで、阿部先生と一緒に研究したいと思い、惑星科学の分野に飛び込みました。
惑星形成論とクラシック音楽の関係
――研究以外で興味のあることはどんなことでしょう
佐々木助教 クラシック音楽でしょうか。色んな演奏を聞き比べたり、新しい試みの演奏があったら何がどう新しくなったのかを確認して、私の感覚と照らし合わせたりします。それに、惑星形成論はクラシック音楽に似ているんですよ。
クラシック音楽は、過去の楽譜をもとに演奏します。ただ、古い楽譜には速度記号や当時の暗黙の了解といったものが書かれていないので、完璧ではありません。指揮者は楽譜から読み取れる情報を自分なりに解釈し、音楽をつくり上げていきます。
惑星形成論の場合、すい星や隕石(いんせき)を分析することで、太陽系が誕生したとされる約46億年前の情報を得ます。この得られるデータが「楽譜」で、情報の数値をシミュレーションするコンピューターが「楽器」、数値計算の結果が各楽器の奏でる「音色」といえるでしょう。
――もう少し詳しく惑星形成論とクラシック音楽の関係を教えてください
佐々木助教 ちりやガスが衝突して惑星が誕生する際には、さまざまな物理過程が生じます。それぞれの場面で、ちりから火星ほどの大きさになる道筋を追う研究者や、木星ができる条件を検証する専門家などが、数値をシミュレーションします。私は、数値計算の結果から本質を示す簡単な数式のみを抽出してつなぎ合わせる手法で、太陽のような恒星の誕生から惑星ができるまでの一連の物理過程をシンプルな理論モデルで表し、惑星をつくるシナリオを完成させます。
指揮者のように、「楽譜」といえるデータを読み、「楽器」の特性を十分理解したうえで「音色」の数値計算を総合し、演奏全体のバランスまで気を配って音楽を構築する。こんな風に惑星科学者は音楽を奏でて“惑星をつくって”いきます。
同じ楽譜でも、指揮者の解釈によって音楽は変わります。惑星形成論も、その点が似ています。例えば、同じ隕石のデータに対して、それまでとは異なる物理的解釈で数値計算をやり直すことがあります。新しい結果から全体の理論モデルをつくり直して「再演奏」すると、新しい惑星形成のシナリオが描けるのです。
また、惑星科学者が理論的につくった惑星系は、不完全なデータをもとにしているので、解釈が間違ってしまう可能性も高いのです。ある「演奏」を聴いた別の惑星科学者が、これまで常識と思われていた中に何らかのほころびを見つけて、その「演奏」は当時の本当の「楽譜」、つまり惑星系の姿を示していないと指摘する場合もあります。
これまでの研究とこれから
――研究生活は順風満帆でしたか
佐々木助教 いえ、大学院へ進学して最初の研究が難産でした。業界や偉い先生方から、なかなか認められなかったんです。具体的には、月ができた年代に関する研究です。「月ができたのは太陽系が誕生してからどのくらい後なのか」を特定するための手法に関する論文が、2本続けて英科学誌ネイチャーで発表されました。権威ある学術誌での発表だったことから、多くの研究者がこの研究に注目しました。しかし、私は、「それでは、年代は全く決まらない」と、当時の主流とは逆の見解を主張しました。
ある学術誌に自分の主張を投稿しましたが、編集長から「この分野の進歩を止めるような内容は掲載できない」と最終判断されてしまったんです。審査員は、私の主張に賛同してくれたのですが。最終的には別の学術誌で受理されましたが、日の目を見るまでは非常に厳しい道のりでした。
――思いがけない困難への対処方法は?
佐々木助教 修士課程のころから手法の異なる研究を複数、並行して進めるように意識してきました。月の研究で苦労していたときも、冥王星や小惑星の観測に関する研究は好調で、海外の学会で講演して論文として発表できました。 複数の研究を同時に進めると手に負えなくなる気もするのですが、一方で、研究には波があるので、ある研究によい波がきていても、ほかではそうでないときもあります。いくつかの波を交互に捉えながら、常に良い波に乗っていられるように意識しています。
――今「良い波」がきている研究テーマはどんなものでしょう
佐々木助教 地球のような惑星が、どうやってできたのかを理論的に解明する研究です。地球を“つくる”ことは、太陽系をどう理論的につくるかにつながります。太陽系は内側に金星や地球といった岩石惑星があり、外側に木星のようなガス惑星があります。ところが1995年以降、太陽系と全く異なる構造をした惑星系がいくつも発見されてきました。たとえば、太陽系の常識では考えられないほど恒星のすぐ近くにガス惑星「ホットジュピター」が存在したり、恒星のすぐそばで地球の数倍程度の質量をもつ惑星「スーパーアース」が何個も並んで公転したりするような惑星系です。つまり、太陽系はバラエティー豊かな惑星系の中のひとつにすぎないことがわかりました。
太陽系を“つくる”モデルは、この京都大学で構築されて「京都モデル」として世界標準となっています。京都モデルでは、地球や木星などの惑星は今公転している場所にあった材料から誕生したと仮定しています。一方、太陽系以外の惑星系の多様性は、京都モデルを拡張して、惑星ができるときに公転軌道が変わって惑星が移動すると考えると、案外簡単に説明できました。
しかし今度は、元々の京都モデルでは取り入れていなかった、惑星が形成途中で公転軌道がずれて移動する物理過程を考え始めると、逆に太陽系がつくれなくなってしまいました。少し矛盾が生じている状況ですが、京都モデルが生まれたこの地で、地球をつくるための有望なシナリオを提案できればと思っています。ただ、京大で惑星形成に関連した研究を行っているのは今のところ私だけなので、もっと仲間が増えてほしいですね。
佐々木助教にとっての「京大の研究力」とは?
宇宙理工学の基礎研究を進めて、新しい宇宙研究の開拓を目指す「宇宙総合学研究ユニット」の存在は大きいですね。このユニットでは、理系だけではないさまざまな分野の人々がつながっています。誰かが何かを提案すると、あっという間に形になるパワーが素晴らしいですね。日本初となる系外惑星データベース「ExoKyoto」の構築も、宇宙ユニットの産物です。自由にしたいことができる、やりたいことをやらないと生きていけないような雰囲気こそ、京大の魅力だと思っています。