地域や文化に根差したパズルの誕生を夢見て

 

――あらためて「パズル学」の研究を進められている理由をお聞かせください。 

東田 パラダイム概念で有名な科学史家、トーマス・クーンが「パズルを解く習慣のある社会と習慣のない社会では、その発展に違いが生まれる」といった説を唱えましたが、検証されていません。一方、パズルが要求する「正しい論理展開」そのものにもちょっとした疑問を持つようになりました。ある時、モザンビークの学校で、日本では「数独」の名で親しまれているナンバープレースというパズルを解く授業を行ったことがあるのですが、なぜそのマスにその数字を書き込まなければならないか、別の数字ではなぜいけないのか、前提となる「ルール」の説明に苦労し、どこかで強要しているような気持ちになったのです。

――彼らにはパズルの文化がなかったということですか?

東田 そうことになりますが、より正しく言うなら「私たちと同じルールのパズル文化を持っていなかった」ということになります。そういった経験もあって、「あらかじめ出された問題を、論理的に考察して、唯一解を導く」パズルをさらに進めて、複数の解を許容するパズルが存在しても良いのではないかと思うようになったのです。

――それではパズルの定義そのものが崩れることになりませんか?

東田 そうですね。パズルの作り手が受け手の多様な回答を許容するわけですから、一前衛アートに似ているという意味を込めて「アバンギャルド・パズル」というジャンルになりますね。前衛の可能性を模索すること自体が、既存のパズルの文化としての可能性を見直すきっかけになるのではないかと考えています。

――日本のパズル文化についてはいかがでしょうか?

東田 日本は世界においてパズル文化が成熟した国と言えると思います。特に「ペンシル&ペーパーパズル」と呼ばれる鉛筆と紙だけで出来るパズルの分野では、新しいルールを持ったパズルを膨大な数、生み出してきました。作り手と受け手の境がなく、多数のアマチュアパズル作家がいるのも特徴的です。江戸時代に『塵劫記』という数学書が庶民の間で読まれるようになり、一種のパズルとも言える、数学の図形問題の解法を絵馬にして神社に奉納する「算額奉納」といった日本独自の文化を生み出しました。

――先ほどのトーマス・クーンの仮説を裏付けるようですね。

東田 そうとも言えますね。だからこそ、社会学的なアプローチも含めて、より学際的に研究することで、パズルが秘める可能性を引き出していけたらと思っています。様々な地域で、それぞれの文化に根差したパズルが誕生するようになれば、世界は新しい局面を迎えることになるかもしれません。幸いなことに、京都大学は、あらゆる分野の蔵書を豊富に備えていますし、なにより一風変わった研究に寛容で、周囲の研究者も私の研究に関心を示して、アドバイスを下さるので、日々吸収することが多く、新たな学問領域の開拓をするには恵まれた環境だと思っています。

――まさに、様々な「分岐」を試すには絶好の場所ですね。「パズル学」の完成、楽しみにしております。本日はありがとうございました。

東田さんにとっての「研究力」とは?

「パズル学」は新しい研究のため、先行研究は限られていますが、数学、論理学、工学、美学、社会学、教育学と、隣接する学問領域は非常に多岐に渡ります。それらの研究手法をどのように組み合わせて人に説明できるレベルに高めることがテーマとなりますので、発見力や構成力、それにコミュニケーション力が求められると思います。何よりそれを下支えしているのは、出来るだけ多くの人にパズルの魅力を伝えたいという情熱ですね。

東田大志(ひがしだひろし)
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程/パズル学