どうして風に舞う木の葉の「動き」がわかるのでしょう?「眼で見るから」・・・。しかし、「それはなぜ?」と聞き返されると言葉に詰まります。京都大学健康長寿社会の総合医療開発ユニット 稲場直子(いなば なおこ)特定助教は、この当たり前のように思われている「動き」が見える仕組みを脳細胞のレベルで追究しています。

双子の姉が見る世界 ≠ 私が見る世界。

――周りのものの動きがわかるのはなぜか?という研究をなさっているとのことですが、研究の概略をご説明いただけますか?

稲場助教 私たちがビデオカメラだとしましょう。眼がレンズです。暗闇の中に赤く光る点があるとします。まず、赤い点を向かって右へ、そして左へとゆっくり動かしてビデオカメラで録画します。次に、赤い点は動かさないで、ビデオカメラをゆっくり左へ、そして右へ動かしながら、録画します。録画されたビデオを後から見ても、このふたつは全く同じ映像ですよね。つまりビデオカメラにとっては、眼に入ってくる情報だけでは自分の眼(レンズ)が左右に動いたのか、赤い点が動いたのか区別がつかないのです。でも、私たちは点が動いたのか、自分の目が動いたのかわかりますよね。どうしてでしょう?私たちの認知機能を担っているのは脳、その中の神経細胞ですから、その細胞の性質を調べて、答えをみつけようとしています。

記録される映像は全く同じ = ボールが動いたのか、カメラが動いたのかわかりません。
記録される映像は全く同じ = ボールが動いたのか、カメラが動いたのかわかりません。

――なるほど。そう言われると確かに不思議なことですね…。やはり先生ご自身は小さいときから研究にあこがれておられたのですか?

稲場助教 いえ、一言で言うと「ぼーっとした子」だったし、行き当たりばったりというか。研究者になるなんてことは考えもしませんでした(笑)。大学で授業を熱心に聴いた学生でもないし、大学院を最初から目指していたわけでもないし。

――えっ・・・。そうなんですか・・・?

稲場助教 ただ、大学の自由選択科目で、つまり履修しても卒業に必要な単位がもらえない授業なんですが、霊長類学の授業を取ったんですね。それが面白かったんです。野生のゴリラやチンパンジーたちと仲良く暮らすことへのあこがれがありました。

――それで現在の研究につながる・・・。

稲場助教 いえ、まだ話は途中で、彼らの生息地であるアフリカとかに派遣してもいいよ、なんて生態学の先生に言われてすごく楽しみだったんですが、結局断られてしまって・・・。

――それはどういう理由で。

稲場助教 まだ二十歳前後の学外の女性をアフリカの奥地に送り込むということに、先生方も踏み切れなかったということでしょう。4年生のときに選んだのは「発生生物学」の研究室でした。特に深く考えず学生生活を過ごして、不完全燃焼感がとても強くなり、親が反対していたにもかかわらず大学院進学を決めました。

――研究者になるつもりはなかったのに、なぜ研究を続けようとしたんですか?

稲場助教 漠然と心理学が面白そうだと思っていました。私には双子の姉がいるのですが、わりと小さいとき突然、「あ、姉の中に私が入り込んだとしたら、この世界はどんなふうに見えるのかなぁ?多分、私が見ている世界と違うんだろうなぁ。同じものを食べても、同じ味じゃないんだろうなぁ」って思った瞬間がありました。このあたりの経験が背景にあって、潜在的に心理学や精神医学にも関心を持ち続けていたんだろうと思います。