静かなる情熱、サルへの尽きない想い。

――それで大学院から念願のサルの研究ができるようになったんですね!

稲場助教 まだです(笑)。多くの先生方にお世話になった結果、サルと接することができる研究室が見つかり、そこに移りました。ところが、その研究室ではラットを使うプロジェクトに加えていただくことになっていて、なんというか・・・。

――不本意なことに、まだサルには巡り合えなかったと・・・。

稲場助教 サルは実際いましたので、サルに会いに行くだけで楽しかったですよ。ですが、私もついに限界が来て、修士課程2年の10月に修士論文の中間評価があるというスケジュールなのに、その年の9月に先生にお願いしたんです。「私はサルの研究がしたい!」と。

――それでやっとサルに辿りついたんですね!それから実験して、修士論文をまとめるのは大変ではなかったですか?

稲場助教 はい、そのときの実験テーマは運動学習で小脳の神経細胞について調べたのですが、実験の手技を学ぶところから始めましたし、そもそも小脳の中の特定の小さな領域内からデータをとらねばならず、うまく行っても1ヶ月にひとつかふたつくらいしかデータが取れないとても難しい実験でした。

――サルに巡り合えても苦労の連続ですね・・・。

稲場助教 焦りはしなかったです。サルと一緒だったから楽しかったし(笑)。でも、修士課程修了後、再び不完全燃焼感をもってしまい、全く想像もしていなかった博士課程に進学することにしました。そして大脳の研究をするために、博士課程2年目の冬に産業技術総合研究所に出向することにしました。そこでしばらくは、人間の心理実験のグループで、実験の基礎を習っていたのですが、ほどなく、私の受入をお願いしていた先生が大学に移られることとなり・・・。

――サルは・・・・・・。

稲場助教 サルはいました。研究所が親切にも、未熟な私に研究費と研究スペースと、そのうえ実験に必要な相棒のおサルさんもつけてくださったんです。そこで、一人で実験をしようと心を決めたのですが、実験するうえで必須の技能が全くなくて、最初のうちはサルとふたりで本当に泣いて暮らしました・・・。

――・・・・・・。

稲場助教 しかし、さすがの私も「これはなんとかしなくては」と思い、現在の上司である河野先生(京都大学医学研究科教授)にしつこく電話をかけて、助言をいただきながら自分なりに研究計画を立てていきました。そして翌年の春に日本学術振興会の特別研究員—DC2の研究奨励金に「物の動き」に関する研究計画で応募し、幸運にも採択されたのです。特別研究員の最終年は京都大学でお世話になったので、京都にはそこから数えてもう10年ですね。途中で2年ほどアメリカのコロンビア大学に研究留学しましたが。

――そして、この論文発表に至った。

稲場助教 この論文が実は今お話ししたDC2の研究奨励金をいただくことになった研究計画書に記載した実験なんです。そう、今思えば10年越しですね。

――おおっ!ついに花が咲いた!!

稲場助教 そういうことです。この論文に至るまでに、京大の河野先生のもと、いくつかの大切なステップを踏んでいろいろ学ばせていただきました。

――多くの人にとって、「物の動きがわかる」、ということは当然のことで、「なぜ?」というところまで思いが至らないと思います。研究の面白さ、魅力を伝えることの難しさを実感されることはありますか?

稲場助教 私自身、どこか専門家でない、という意識があるので(笑)できるだけ簡単にわかりやすく、まずは自分に対して研究のポイントを解説できないと次に進めません。自分自身がまず腑に落ちないといけないというわけです。

――冒頭でお願いした研究の概略についての説明もわかりやすかったです。

稲場助教 そうですか、ありがとうございます。でも、双子の姉にはこの仕事の魅力は全く理解されず、身内に対しては完全な基礎研究アウェー状態です(笑)。

――本日はありがとうございました(笑)。あまり主体性がない学生だったとおっしゃっていましたが、研究に対する熱い想いが伝わってきました。

稲場助教にとっての「京大の研究力」とは?

「研究一筋」ではない学生が多い、雑多なところでしょうか。もっと多様な学生や研究者がおおらかに研究できる環境が実現すると、もっと研究力がアップするのではないでしょうか。