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レポート

アカデミックデイ座談会レポート vol.1 宇宙を見てゴカイを食べる?〜人類学×生物学×天文学〜

古澤 拓郎
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授

佐藤 正典
鹿児島大学大学院理工学研究科教授

磯部 洋明
京都大学宇宙総合学研究ユニット特定准教授

インドネシアのある地域では、一年に一回、ゴカイが大量発生する日に合わせて豊作を願う祭りが行われるという。地元の伝統暦が「その日がいつであるか」を精度高く当てていることを知った人類学者は、天体の運行にヒントを求めて天文学者に相談。それならゴカイの生態も知らなければと、声をかけられた生物学者。三人の異なる分野の研究者が集まって「ゴカイの大量発生」の謎に迫りました。

「年に一度のご馳走」というゴカイを食べてみたい。


インドネシアの伝統暦は、なぜ年に一度のゴカイの大量発生日を当てることが出来るのか?…その謎に迫るために集った三人の研究者でしたが、冒頭にファシリテーター役の磯部准教授から「事前に打合せをしていませんので、僕自身もどんな展開になるのか全く分かりません(笑)」と一言。ライブ感あふれる座談会は、集まりのきっかけを作った人類学者、古澤准教授の「ゴカイとの出会い」から始まりました。

別の研究チームに同行して、インドネシアのスンバ島を訪れた古澤准教授は「パソーラ」という、色鮮やかに盛装した騎手達が、木の槍を投げ合って一日戦う騎馬戦に代表される豊作を願う儀式が存在することを知り、その祭りの期間に食べられる「ニャレ」というゴカイに良く似た生き物の噂を聞き付けました。村の人々が言う「世界で一番美味しい食べ物」に興味を持った古澤准教授は、当然ながら、すぐにでもニャレを食べてみたいと思いましたが、「年に一度、大量発生する祭の時期にしか食べることが出来ない」と言われ、実際に口にすることは出来ませんでした。

ソロモン諸島、インドネシア、パプアニューギニアといった地域研究から、感染症、生活習慣病など人類生態学、国際保健学を研究。当日は、インドネシア・サブ島で入手したという発酵したニャレの瓶詰めを持参。

地域における文化や食が、人々の健康に関する考え方とどのように結び付いているか…そういったテーマを扱う人類学者として簡単に引き下がるわけにはいきません。では、次にニャレが大量発生する日を教えて欲しいと尋ねたところ、地元の伝統的な暦でしか分からないという回答。その暦は、我々が用いているグレゴリオ暦(太陽暦)ではなく、月の満ち欠けの周期に基づく太陰暦によるものであり、かつ、インドネシアに数ある民族によって異なるものであると知り、伝統暦に関する研究の第一人者で、当時すでに京都大学東南アジア研究所を定年退職されていた五十嵐忠孝氏に相談を持ちかけますが、次第に関心は、ゴカイの大量発生日と天体の運行の関係に移り、学際的な研究に積極的な宇宙総合学研究ユニットに所属する天文学者、磯部准教授とコンタクトを取るようになります。

なぜ、インドネシア・スンバ島の人々は「ニャレ」の大量発生日を暦の上で予測することができるのか…その謎に迫るには、対象となるゴカイの生態について詳しい研究者の知見が欠かせない。しかし、そんな人が果たしているのだろうか?と二人は感じましたが、まさにゴカイを専門分野とする生物学者がいたのです。磯部准教授曰く「ゴカイについて、これほど嬉々として話す人に初めて出会った」…鹿児島大学大学院理工学研究科の佐藤教授、その人です。

ゴカイはこんなにかわいいのに、ゴカイされている!

ニャレ 撮影:松井和久氏

古澤准教授によるイントロダクション、インドネシア・スンバ島における祭りの紹介で、ニャレが豊作を占う稲の精霊として迎えられることを知った佐藤教授は「多くの人に誤解されているゴカイの仲間が、神聖な存在として扱われているなんて嬉しいですね」と、笑いを誘った後、ゴカイに代表される多毛類と、ミミズに代表される貧毛類に分けられる環形動物の説明を始め、「ゴカイは、のっぺらぼうのミミズと違って、色んな表情があってかわいいんですよ…目が四つあったり、ツノが生えているものもいましてね」と熱く語り、会場を沸かせます。さらに、ニャレは「パロロ」と呼ばれるイソメ科の一種の性成熟した体後部だけが切り離されて一斉に水中に泳ぎ出たもの(体外受精のため)であり、体全体が泳ぎ出るゴカイ科の群泳とはずいぶん異なると指摘し、卵や精子の詰まった体の一部が海を漂うニャレが大地の豊穣を祈る祭りに用いられていることは興味深いと、関心を示しました。

鹿児島湾、南西諸島、瀬戸内海、有明海などで、環形動物多毛類の生態や分類、干潟の生物相を研究。ファシリテーター役を務めた磯部准教授曰く「ここまで嬉々としてゴカイについて語る人に出会えたことが本日のハイライトでした」

産卵のためにゴカイ類が大量に群泳するケースは、特に国内の釣り人の間で「バチ抜け」と呼ばれ、水面近くに浮き上がる餌に魚が群がる絶好のタイミングとされています。
「バチ抜け」の季節は、種や地域によって異なりますが、その時期は、潮の干満の差が大きい大潮に同調していることが多いようです。ゴカイ、イソメは、体外受精を行うために、天敵に襲われるリスクがあろうとも、雄と雌がタイミングを合わせて泳ぎ出なければならないのですが、果たしてインドネシアのニャレは、どのように年に一度という繁殖時期を知るのでしょうか?

 「生物学の研究の中でも大きな成果」と前置きをして、佐藤教授が紹介したのは「ゴカイ類は月の光の明るさの周期的変化を感じ取る」という、ドイツの研究者が基礎研究を通して発見した事実でした。恐らくニャレも、研究に用いられたゴカイと同様、29.5日周期の月の光の変化に頼って同調しているのではないか。しかし、それだけでは年に一度という説明がつきません。そこで佐藤教授は、「同時に太陽の位置も関係しているはずだ」と付け加えました。今回の座談会をきっかけに佐藤教授は、パロロの大量発生に関する人類学者の研究を知り、地域の住民が「太陽が真上に来る時期」と証言していることを教えられたと言います。インドネシアでは2~3月に大量発生するニャレに良く似た種がサモアでは10~11月に見られることからも、太陽と月の位置が、産卵時期のサインとなっている可能性が高いという推論が出されました。

生物は天体の運行の影響を受けている。

ニャレが、月と太陽の光を感じているのではという話が出たところで、磯部准教授から「迷子になったフンコロガシは、天の川を見て帰り道を探す」というイグ・ノーベル賞を引き合いに、天体の運行が生物に影響を与えているとされる事例を紹介。伝書鳩は脳内に磁性を帯びた結晶構造を持ち、地球が持つ磁場、地磁気を感じとって飛んでいるという研究結果や、その地磁気に沿って南北に向いて草を食んでいる牛が、東西を向いている牛より統計的に多いというデータなどを挙げ、その結び付きの深さと同時に、未知の領域が広いことを示しました。

宇宙総合学研究ユニット特定准教授(宇宙文明学部門)。専門は宇宙物理学、太陽研究。座談会では、古澤准教授が紹介したニャレに、軽い抵抗感を示しながらも、「どうやって食べるんですか?」と興味津々。

地磁気という新たなキーワードが出たところで、古澤准教授から、五十嵐氏による情報としてニャレの大量発生時期が暦の予測から半年ほど大きくずれた記録があるという話が挙がり、磯部准教授は「地磁気の乱れを引き起こすような太陽フレアが発生した年だったのかもしれませんね」と、可能性を指摘。最近、磯部准教授のチームでは、千年前の中国の文献に残るオーロラや太陽黒点の観測記録をあたっているのだとか。太陽の磁場によって発生するとされる黒点の増減は、地磁気、引いては地球全体の自然現象に影響を与えていたのではないかという研究アプローチです。ガリレオ・ガリレイが太陽黒点の観測を始めたのは、約400年前のこと。太陽が地球や生物に与えてきた影響を考察するには、ほんのわずかのデータに過ぎません。

磯部准教授が強調したのは、出来るだけ長期に渡って継続的に記録を取ることの重要性でした。今すぐには役立たなくても、後に活用される機会が必ずあるはずだという研究者の基本姿勢です。一方で、湾や干潟の生態系を研究する佐藤教授は、その記録を活かすような環境が残っているだろうかと、観光を目的としたライトアップなど、自然への人為的な関与に懸念を示しました。「まさにおっしゃる通り!…ほんと(ライトアップは)止めていただきたい」と、天文学者、磯部准教授が強く同意されたのが印象的でした。

また、佐藤教授からは「ゴカイにも絶滅危惧種がいる」という話も。見た目にかわいい動物ばかり注目されがちですが、エビやカニと並んで海の生態系を支える「縁の下の力持ち」であるゴカイの絶滅は、環境に甚大な影響を与えると言います。その大きな要因となるのが、埋め立てや護岸工事といった開発です。

「すべては、つながっている」という視点。

人の手による自然環境の変化は、生態系を破壊するだけでなく、地域社会にも深い影響を及ぼすと、古澤准教授は人類学者の観点を示しました。近年、めざましい経済発展を続けるインドネシアの海が、いつまでもニャレにとって棲みやすい環境であるという保証はどこにもありません。もし、ニャレが太陽と月の光を感じて生殖時期を定めているのであれば、海の透明度のわずかな変化が深刻な影響を与える可能性があります。しかし、祭りの期間中、採り方から、大地への捧げ方のひとつ一つまで、細かく定めている大地の恵みを祈る神聖な生き物であるニャレがいなくなってしまったら、スンバ島の人々の祭りは、暮らしは、一体どうなってしまうのでしょうか? 

「宇宙を見てゴカイを食べる?」というユニークなタイトルの付けられた座談会は、怪我人も出るという騎馬戦の話から、多毛類のかわいさ、1000年前の天体観測の記録、ライトアップの害など、人類学、生物学、天文学の分野を横断しながら、様々な話題に触れつつ、「すべては、つながっている」という印象を与え続け、最終的にはその展開の面白さを越えたところで何か考えさせるという時間を会場に集まられた方に作ってくれたように思います。

また、佐藤教授からは「生物学の論文には出てこない指摘や証言から刺激を受けることができました」という感想が聞かれ、古澤准教授からは「生物学に転向しようかなと思いました」と、普段であれば、なかなか聞くことのできない発言が飛び出すなど、それぞれに専門分野の異なる研究者によるトークライブは、登壇者の方々にとっても、今後の研究につながる有意義なひと時となったのではないでしょうか。

座談会の終了後、古澤准教授がインドネシア・サブ島で入手したというニャレの瓶詰めの周りに多くの観客が集まり、その芳しい発酵臭を味わいました。佐藤教授がこの座談会で掲げていた「ゴカイのゴカイを解く」という目標は、果たされた…と言って良いのかもしれません。

古澤拓郎(ふるさわたくろう)
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授
→ http://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/furusawa/index.html
→ http://takurof.tumblr.com/

佐藤正典(さとうまさのり)
鹿児島大学大学院理工学研究科教授
→ http://kuris.cc.kagoshima-u.ac.jp/206312.html

磯部洋明(いそべひろあき)
京都大学宇宙総合学研究ユニット特定准教授
http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~isobe/

■関連情報
ニャレの画像をご提供頂いた 松井和久 氏のサイト

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