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レポート

アカデミックデイ座談会レポート vol.2 震災映像の想像力と市井の人々

田中 傑
京都大学防災研究所特定研究員・特任助教

小川 直人
せんだいメディアテーク学芸員

大澤 浄
東京国立近代美術館フィルムセンター研究員

佐藤 守弘
京都精華大学デザイン学部教授

映画というメディアの誕生以降、記録映画、とりわけ震災映像は視覚文化に大きな変化を与えたと言えます。過去の人々はそれらの映像をどのように捉えていたのか。また、現代を生きる我々は、過去の映像とどのように向き合い、未来に何を残すべきなのか。2013年10月、京都大学建築系図書室書庫で発見された関東大震災の記録フィルムを上映しながら、想像力のかき立てられる様々な議論が繰り広げられました。

メディアの変化と、震災の記憶と記録。

2008年 日本都市学会奥井記念賞、2007年 東京市政調査会藤田賞(図書の部)奨励賞受賞。著書に「帝都復興と生活空間 関東大震災後の市街形成の倫理」、「復興コミュニティ論入門」(分担執筆)などがある。

座談会は、モデレーターである京都精華大学デザイン学部の佐藤教授による、震災をめぐる視覚文化の紹介からスタートしました。1755年のリスボン大地震、1855年の安政大地震、1888年の磐梯山噴火、1891年の濃尾地震、そして1923年の関東大震災を例に挙げ、当時の記憶や記録を伝える視覚文化が、絵画、浮世絵、版画、写真、絵葉書と形を変えながら、メディアがその時々の人びとの欲望によって変化してきた歴史について触れました。関東大震災の発生以前の1917年には、毎日新聞社がニュース映画の原型となるフィルム通信を開始しており、既に映像メディアは、撮影した当日に現像、上映するという速報性を持っていました。

そういった背景もあって、1923年の関東大震災の映像は、大きなインパクトを与えながら「市井の人々」に広まります。オリジナルのフィルムは売買され、編集が施されながら全国各地で繰り返し上映されるようになりました。2013年10月に京都大学建築系図書室書庫で発見された記録フィルムも、その当時作られたバージョンのひとつとされています。

発見された12分間のフィルムは、関東大震災の発生から火災延焼、避難、後片付けといった過程を記録した映像であり、内容的にはこれまでに知られているものと変わりないものでしたが、画質が鮮明で、既知のフィルムでは分からなかった箇所を判別することができました。座談会での上映は、京都大学防災研究所の田中助教の解説によって行われました。田中助教は、震災直後の東京の様子を把握する映像史料として、これまで読み取ることのできなかった看板の文字などから、映し出された場所がどの住所であるかを割り出し、太陽の位置や煙の流れ方などから、それがいつ撮影された場面であるかといった分析を行いました。

メディアを市民の手に取り戻す。

田中助教による震災映像の解説が終わると、モデレーターの佐藤教授は、マイクをせんだいメディアテーク学芸員の小川氏に。小川氏は公立文化施設で映像文化事業に取り組みながら、東日本大震災後は、山形国際ドキュメンタリー映画祭での震災特集やプロジェクトFUKUSHIMA!に参画しています。小川氏は、自身の活動を紹介しながら、震災映像に関するいくつかの問いを投げかけました。
その一つが、「震災映像は誰が撮るのか?」でした。テレビ局か、映画作家やアーティストか、あるいは、被災した人びとか? また、小川氏は、山形での映画祭のために200本近い震災関連のドキュメンタリー映画を見た経験から、東北から離れるほど感じられる紋切り型の映像への違和感を語りました。

せんだいメディアテークが取り組む「3がつ11にちをわすれないためにセンター」は、東日本大震災を市民の手で記録・活用することを目指して作られています。それらの映像は、制作者に著作権を残しつつ、あらゆる利用の許諾を事前に得る形で保存・活用されていますが、プロでなくとも映像に対する思いやこだわりは強く、制作者とコミュニケーションをとりながら利用を進めているという話がありました。

主に映像文化や情報デザインに関する事業を中心に従事。併行してイベントや書籍の制作、教育活動を行う。東日本大震災後は、山形国際ドキュメンタリー映画祭2013震災特集コーディネーター、DOMUMUNE FUKUSHIMA!司会など。

震災からは離れますが、小川氏がせんだいメディアテークで手がけた「どこコレ」という企画は、情報不足で公開利用できない地域の古い写真だけを展示し、見た人が付箋にコメントを書いていくものでした。アナログな集合知とも言えるものですが、地域の記憶や記録に対する思いは軽視できない価値を持つものであることを示しています。

小川氏のもう一つの疑問「未来のためにアーカイブを!と言う時の未来は、果たしてどのぐらい先をイメージするのか?」に対しては、モデレーターの佐藤教授から「震災映像がアーカイブ化されることを前提として作られる現代ならではの疑問」という指摘がありました。関東大震災当時は、速報性を重視して作られた映像だったものが、記録の技術的な進化と共に、新たな役割と意味を持ち始めているのかもしれません。

映像から剥ぎ取られた「コンテクスト」。

座談会のグラフィックファシリテーションを行う やまざきゆにこ 氏

小川氏の最後の投げかけ「映像アーカイブに残らないものは何か?」に呼応するかのように、マイクを受け継いだ東京国立近代美術館フィルムセンター研究員、大澤氏は、関東大震災の映像は「コンテクスト(文脈・背景)が剥ぎ取られている」と指摘しました。

個人や機関などさまざまな所蔵元から寄贈されたフィルムをはじめ、約70,000本もの膨大な映像をアーカイブするセンターには、京都大学で発見されたものを含むと、関東大震災の記録フィルムが13本存在している。編集の違いこそあれ、多くの部分が重複している映像群から、複数のカメラマンによって撮影されたものであるということは分かっていたが、いつ、どこで、誰が撮影したかについては不明な点が多いのだとか。それだけに、田中助教による太陽の位置や煙の流れ方によって撮影場所や時間の検討するアプローチに寄せる期待は大きい。

映画学およびフィルム・アーカイブ活動に従事している。2013年に、関東大震災記録映画を分類した論文(「東京国立近代美術館 研究紀要」第17号所収)を発表している。

関東大震災に関する映像は、震災直後に作られたものに震災前の街並みの映像を加えるなど、繰り返し編集され、カメラマンが持っていたはずの撮影の意図から離れたと思われるものも少なくありません。防災の研究者である田中助教による映像の読み解きなど、様々な知見を持った方に映像を見てもらうことで、映像から剥ぎ取られてしまったコンテクストに近づくことは、後に手の入ったバージョンの制作意図の理解にもつながるでしょうし、映像アーカイブには欠かせないことかもしれません。

「コンテクスト」という言葉について、この座談会の流れや雰囲気をイラストで伝えるグラフィックファシリテーターのやまざき氏から「映像のコンテクストが明らかになると、それを観る立場の人は何が得られるのでしょう?」という質問が出ました。確かに、撮影当時の文脈や背景を把握することは、その理解につながることに違いありませんが、コンテクストを紡ぎ直した映像から何が得られるかという問いに答えを導くことは難しそうでした。しかし、モデレーターの佐藤教授の「求めるコンテクストは人によって様々」という一言が、映像が引き起こす「想像力」を示しているように感じられました。

震災映像が語ること、震災映像について語ること。

芸術学・視覚文化論専攻。主に風景や場所表象の果たした社会的な機能について研究。著書に「トポグラフィの日本近代」(青弓社)など。座談会では、モデレーター役を担当。

座談会の後半は、田中助教が再びマイクを取り、研究史料としての映像の有益性の話となりました。関東大震災について伝えるメディアには、写真や文章が掲載されましたが、当時、カメラは高価であり、ごく一部の層の人の視点に片寄っている傾向が見られること、雑誌に投稿された文章は、年齢や職業こそ広がりはあるものの、生き残った人が震災の記憶をたどった体験談であることが多く、どちらも史料とするのは難しいとした上で、動きや時間の経過を記録している動画には、面的な広がりの中で避難行動を分析できるなどの有用性があるという説明でした。

大澤氏がコンテクストの回復を目指す震災映像は、インタータイトル(中間字幕)の誤りの多さなどから信頼性が低いとみなされ、あまり学術的利用が進んでこなかったとのことですが、今後の研究によって、その利用価値が高まることは間違いなさそうです。

一方、その動画の活用について、小川氏から登壇者に向けて、複数の人に、映像を観ながら、自由に発言してもらうにはどうしたら良いと思うかといった質問がありました。写真のような静止画と違って、場面の流れていく動画は、発言を重ねていくには不向きかもしれないという指摘と共に、ユーザーがコメントを挿入できる動画サイトを利用しては?というアドバイスも出ました。映像そのものが持つ情報に、それを観て新たな情報を加える人をいかに巻き込むか。そのアイデアと場の作り方が、映像に確かなコンテクストを与え、アーカイブとしての意義を深めていくのではないかと感じる座談会でした。

田中 傑(たなかまさる)
京都大学防災研究所特定研究員・特任助教

小川直人(おがわなおと)
せんだいメディアテーク学芸員
→ http://www.smt.jp

大澤 浄(おおさわじょう)
東京国立近代美術館フィルムセンター研究員
→ http://www.momat.go.jp/FC/fc.html

佐藤守弘(さとうもりひろ)
京都精華大学デザイン学部教授
→ http://web.kyoto-inet.or.jp/people/b-monkey/
→ http://www.kyoto-seika.ac.jp/edu/faculty/satow-morihiro/

共催:京都大学研究資源アーカイブ
協力:
京都大学大学院工学研究科建築学専攻(映像所蔵)

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