自然免疫システムと遠隔転移の関係を究明し、人々が安心してがん治療に向き合える未来へ「がんの遠隔転移は予防できるのか?」
医学部附属病院 放射線部 助教
中島 良太
京都市立洛央小学校の子どもたち
工学研究科 門内研究室
「わたしらが作ってん!」と小学生が誇らしげに語る学校図書室があると聞き、京都市立洛央小学校を訪ねた。正面玄関から校舎に入ると夢のような空間が広がる、それが、京都大学工学研究科建築学専攻・建築環境計画学講座(門内輝行教授)と小学生とのコラボレーションによって生まれ変わった「ブックワールド」だ。完成後もさまざまな人々を巻き込みながら成長するブックワールド。門内教授らにこのプロジェクトへ込めた思いを聞いた。
洛央小学校は、京都の中心街、四条烏丸界隈からほんの少し南へ下ったところにある。小学校の校舎としてはめずらしく、正面玄関から入ってすぐ、1階の広々とした空間に図書室がある。2013年から2014年にかけて、門内研究室は8ヶ月にわたってこの図書室「ブックワールド」の改修を手がけた。改修を終えたあとも研究室と小学校の関係は続き、ワークショップを開催するなど図書室の可能性を拡げる取り組みを継続している。
ブックワールドの約800㎡のスペースは、「未来・宇宙」「自然・原っぱ」「暮らし・住まい」という3つの異なる世界を重ね合わせて作られている。床のカーペットは草原を思わせる緑を基調とし、中心部で丸を描く青い部分は池や水の惑星などいくつものイメージを想起させる。斜めに配置された本棚と、自由に動かせる台形のテーブルは船のよう。這いつくばって入ることのできるトンネルは、子どもが大好きな秘密基地。トンネルの上は、図書室全体を見晴らせるステージだ。ブックワールドに面したランチルームや理科室からアクセスすると、同じブックワールドが違った場所に見える。能舞台のように、宇宙にも大海原にも姿を変えるのだ。赤や青のキューブ型のクッションを持っていけば、本棚のそばで本が読める。椅子は、アルネ・ヤコブセンがデザインしたセブンチェア。赤いてんとう虫を模した、穴の空いたローテーブル。暗くて画一的な学校図書室のイメージを覆す、楽しげな空間。子どもたちがつい引っかかってしまう罠があちこちに仕掛けられている、ブックワールドはそんな場所だ。改装前は、もともと図書室ではなかったホールに本棚と閲覧机が並んだだけの単調な場所で、本の利用も少なかった。現在は、本を読む子どもたちの姿が増えたという。
2014年12月のある日、授業が始まる合図とともに6年生がブックワールドに集まってきた。これから門内研究室によるワークショップが始まる。幅8m×高さ4mのスクリーン(絵も描ける)にスライドを映し、門内教授が今日の課題を説明する。まずは、「うなぎの寝床」とも言われる細長い敷地に建つ町家で構成される京都の町並みと、景観規制の話。小学生にはちょっと難しいのでは?しかし、子どもたちは食い入るように聞いている。「今日は、LEGOを使ってみんなに町を作ってもらいます。」
子どもたちは数名のグループに分かれ、指導役の学生(院生と学部生)といっしょに作業を始めた。京都市の景観規制は厳しいことで知られるが、門内教授らは伝統的な町家が守ってきたような共通のルールを子どもたちに課した。「奥庭をとる」「建物は道路側に建てる」「高さは3ブロックまで」「道路側には必ずひさしをつける」など。一人ずつに与えられた細長い厚紙が敷地だ。そこに、はみ出さないようLEGOで家を建てる。子どもたちは規制の中で懸命に創造力を働かせ、LEGOを組み上げる。ある時は一人で、ある時は友だちと意見を交わしながら。次に、グループでみんなの敷地を組み合わせてみる。そして最後にすべてのグループの敷地を組み合わせると、6年生の児童全員の合作として見事な街区の模型ができあがった。「予想以上のできばえ」と門内教授も舌を巻く。学生たちがスマートフォンのカメラをLEGOの町に近づけると、小さな家々がスクリーンに大きく映し出される。まるで本当の家や町がそこにあるかのよう。子どもたちも自分たちの作品に目を見はった。
ワークショップの次の段階では、いくつかの規制を緩和し、もう一度家を組み上げてみる。高さ規制がはずれると、途端に高く伸び始める建物。創造力全開だ。再び全グループの敷地を集めると、最初の町より少し統一感はないけれど、独創性のあふれる町になった。「屋根をつなぎ、隣の人が自由に行き交って会話のできる空間」など、ユニークなコンセプトが詰め込まれている。子どもたちは、家、町、そして都市と空間が大きくなるに従って、ルールの大切さや町の人々との関係が重要になってくることを身をもって体感しただろう。
門内教授は、「建築を教えているのではない。建築を通して生命と暮らしの大切さを教えている。建築とは、そこに生きる人々の活動そのもの」と述べる。洛央小学校ブックワールドプロジェクトは、図書室という物理的な場のデザインにとどまらない。今回のLEGOを使ったワークショップも含め、2014年度は「図書室の使い方をデザインする・今あるものの価値の発見をデザインする」のテーマのもと、数回のワークショップを開催している。
門内研究室が洛央小学校のブックワールド改装に関わることになったきっかけは、京都市修徳学区の自治連合会の総会で学生たちが行った、まちの将来像に関する「寸劇」仕立てのプレゼンテーションだ。若い学生の発想で描く、30年後、100年後の京の町。それを見ていた洛央小学校の森江里子校長が感激し、後日、門内教授にブックワールド改修を依頼することになる。依頼を受けた教授は、すぐさま「小学生といっしょならやる。」と返答した。そのとき教授の頭にあったのは、ドイツの小学校で行われていたLehrbauspiele(レール・バウ・シュピーレ)、つまり建築を遊びながら学ぶという教育手法だった。ドイツの小学校では、自分の住んでいる町や家を学習の題材にしている。建築や都市を学ぶのは、人間が生きるための基本であるとの考えからだ。
こうして2013年8月、洛央小学校の6年生93人全員と先生たち、そして門内研究室による8ヶ月に及ぶ改修プロジェクトが開始された。まずは、学校の先生たちだけでブックワールドの問題点をあぶりだすワークショップを行う。次に、6年生との初めてのワークショップ。門内教授は、「本を読む場所ではなく、○○できる図書室を作ろう。」と子どもたちに呼びかけた。そして海外の斬新な図書室の事例や門内研究室で設計した新しい図書室のモデルを見せると、子どもたちの表情が変わった。「何でも好きなことを言っていいんだ。」スケッチブックにはありとあらゆる夢の設計図が描き出された。
2回目のワークショップは3日後の授業参観日に合わせて行われた。子どもたちの保護者にもこのプロジェクトを理解し参加してもらうことが、ブックワールドの成功の鍵の一つとなるからだ。タイトな時間の中で門内研の学生たちは、保護者向けのニュースレターや、ワークショップで使う模型キットの制作に力を注いだ。当日子どもたちは9つのグループに分かれ、それぞれ実際の図書室の30分の1の模型を作成。「アスレチックのような図書館」「水と遊園地の図書館」など、子どもたち自ら保護者の前で作品のコンセプトを発表した。
彼らの自由闊達なアイデアを、次回のワークショップに向けて模型に落としこむのが研究室の学生たちの重要な仕事だ。門内教授は「子どもたちの案を取捨選択するのではない。多様性を残しながら統一感を出すこと。」と指示した。同じものに、異なるもののイメージを重ね合わせる。そうすれば、子どもたちは、新しい図書室に自分たちのアイデアの痕跡を見つけることができる。
10月の3回目のワークショップまでに研究室が制作した3つの模型の縮尺は10分の1。「通常は作らない」という大きさの模型を準備したのは、全体を捉えると同時にぎりぎり「実際に中に入れる」から。子どもたちは模型を壊さないように足を踏み入れ、改善点やアイデアを付箋に書いてその場所に貼り付ける。その表情はまるでプロの建築家のようだったという。
11月に行われた最後のワークショップで、アイデアをつめ込んだ模型はついにひとつになった。その後、下級生も参加した実物大のサンプルを使っての机や椅子の選定作業などを経て、ついに2月着工。改修工事は授業のない土日に行われるため、月曜日に登校した子どもたちは自分たちの夢が少しずつ形になっていくのを目の当たりにした。2014年3月18日、卒業式の2日前に行われた完成記念式典のあと、子どもたちは気に入った椅子に座ったり、てんとう虫テーブルの穴の中に入ったりと、思い思いにブックワールドを楽しんだ。そのとき彼らが書いた「自分たちがデザインしたブックワールドが残るのでうれしい。」「夢はかなうことがわかりました。」という感想に、門内研究室は手応えを感じた。
こうした子どもたちの言葉からも、デザインプロセスの経験がブックワールドという新しい学びの場のデザインを可能にすると同時に、子どもたち自身の学習と成長を促し、彼らの創造力を育む上で大きな役割を果たしたことがわかる。
新しいブックワールドという場は、子どもたちだけでなく、多様な人々の関わりと努力なしには実現しなかった。京都の町には、困難な問題には地域で取り組むという伝統が根付いている。明治政府による学制の公布に先立つ明治2年、京都の町衆たちは私財を出し合って小さな学区ごとに番組小学校という小学校を建てた。洛央小学校は、平成4年に豊園・修徳・成徳・格致・永松・開智・有隣という7つの番組小学校の学区を京都市で初めて統合して開校した学校であるが、元学区である有隣学区の有隣教育財団が解散することになり、その資産を売却して得られた寄付金の一部が、ブックワールドの改築費用にあてられている。
門内教授は、そのような町の人々の教育に対する思いや先生方・父兄の教育に対する考えを形にし、子どもたちの夢を実現するための最良の手段を模索した。そして、先生方や父兄の方々、地域コミュニティの関係者(有隣自治連合会、旧有隣教育財団など)、家具製作や建築施工に関わる専門業者(パワープレイス(株)、(株)内田洋行)、学校建築・公共建築の整備・発注等を担当する京都市の職員(京都市教育委員会、京都市都市計画局公共建築部)など、ブックワールドの実現に関わる多様な主体にデザインに関与してもらうことが重要であると考え、彼らの多くに小学生とのワークショップに参加してもらうことにしたという。こうした参加と協働のプロセスの実践を通して、公共建築のデザインプロセスそのもののリデザインを目指したのだ。こうして人々を巻き込んでいくことも、このブックワールドが単なる場所で終わらず、成長を続け、町や多様な人々との関係性を持続的に拓いていくためのデザインの一部だ。
ブックワールドプロジェクトは、研究室の学生たちの学びにもつながった。プロジェクトの中で業者や行政、町の人々と関わることを通じて、酒谷粋将さん(博士後期課程)は「今まで著名な建築家の頭の中のことばかり考えていた。このプロジェクトに関わって、様々な人の考えを取り入れたデザインを考えるようになった。」と述べる。昨年プロジェクトの中心となって取り組んだ学生(高田雄輝さん)は、ブックワールドをテーマにした修士論文を書き上げてすでに修了しているが、熱心な彼の取り組みぶりは他の学生たちを大いに刺激した。今年このプロジェクトで修士論文をまとめた髙木雄貴さん(修士課程)は「プロジェクトを通して研究室内でコミュニケーションが増え、考え方の異なる先輩と意見を交わすことによって多くを学んだ。」と言う。門内教授は、「いま建築家には、社会のシステムやアーキテクチャをデザインする力量が問われる。これは私も参画しているリーディング大学院“京都大学デザインスクール”の課題でもあるが、形や空間だけでなく、そのあとの使われ方までデザインできなければ何の意味もない。」と語る。ブックワールドプロジェクトは、学生たちにとってのLehrbauspieleでもあった。
「京都弁が話せないと最初はなかなか地域に溶けこむのが難しかった。」と冗談交じりに振り返る門内教授や研究室の学生も、今ではもう町の一員である。洛央小学校や学区との信頼関係をもとに、ブックワールドでの子どもの行動調査など、あらたな研究にもつなげている。小学校にはまだまだ他にも「リデザイン」が可能な空間があちこちにある。「ブックワールドを小学校全体に侵食させたい。」それは、学校の中の先生や、上級生、下級生との人のネットワークのデザインにもつながる。もともと京都には、都市を全体として捉える文化があり、さらに京都大学には建築を単なる建築物というだけでなく、人間-環境系のさまざまな要素との関係を含めて包括的に捉える土壌があると門内教授は述べる。洛央小学校ブックワールドを起点に、これからも大学と町、人のつながりが拡がり、新しい暮らしが紡ぎだされるに違いない。
門内 輝行(もんない てるゆき)
工学研究科 教授
→門内研究室のウェブサイト
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