自然免疫システムと遠隔転移の関係を究明し、人々が安心してがん治療に向き合える未来へ「がんの遠隔転移は予防できるのか?」
医学部附属病院 放射線部 助教
中島 良太
情報学研究科 新熊亮一 准教授
「ビッグデータ」という言葉が生まれる前に、スマートフォンの普及に伴って集まりつつあった膨大なデータから未来を予測する技術に注目した研究者がいる。京都大学大学院情報学研究科の新熊亮一准教授が提唱する「関係性技術」は、分野や業種を軽々と越え、様々な分野で活用され始めた。だが、データを扱う新熊は、研究室にこもらず「外へ出る」ことが大切だと言う。研究室から外に飛びだしたことで広がった新熊の世界を垣間見る。
新熊が発案した「関係性技術」とは、人やモノ、場所、サービスなどの「つながり方」と「関係の距離」を数値化することで、それぞれの関係性を定量化して可視化し、将来の関係を予測する技術だ。スマートフォンが普及し、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の利用者が増えたことで、個人のネットショッピング履歴や移動経路等がデータとして蓄積し続けている。ここに、データを活用するという市場が生まれたのだ。
多くの企業は、蓄積し続ける膨大なデータを活用してマーケティング戦略を練ったり拡販経路を見いだそうとしたりしているが、単にデータを分析するだけでは成功に結びつかない。例えば、あるネットショッピングサイトはユーザに対して「オススメ」する品を表示するが、これらは単に「過去に同じものを購入した他の人が手に取る頻度が高い」という基準で選ばれているだけだ。そのため、各ユーザに最適なオススメ品ではないことも多い。
具体的な例を挙げてみよう。ある単身ユーザが、親類の子供へのお祝いとしてオモチャをネットで買ったとする。単身ユーザにとってオモチャの購入は一過性のものであり、その後はあまりオモチャの関連製品を買わないと予測できる。ところが、その後もこのショッピングサイトではオモチャの関連製品がオススメされてしまう。単身ユーザはもうオモチャの関連商品には興味がないのだが、単に販売履歴から将来の顧客と見なしている。単身ユーザ側の行動履歴を見て、次の行動を予測している訳ではないのだ。
こういったミスマッチングを起こさないことが、関係性技術を使うことで可能になる。なぜなら、関係性技術では人やモノ、場所、サービスの関係が具体的にグラフ化されるため、「関係が強いのにつながりが小さい」場所が「ニッチ」として見えてくるからだ。
関係性技術の始まりは、2010年に当時の独立行政法人(現国立研究開発法人)情報通信研究機構の「新世代ネットワーク技術戦略の実現に向けた萌芽的研究」に採択された研究テーマ、「ソーシャルメトリックに基づく新世代の統合アーキテクチャ」だ。データ活用がそれほど叫ばれていなかった時代に、国立大学法人電気通信大学、株式会社神戸デジタル・ラボ(KDL)との産学連携による先駆的研究として採択された。その後、シーズ技術の本格的な研究開発が始まり、2011年9月には同機構の「新世代ネットワークを支えるネットワーク仮想化基盤技術の研究開発」に採択され、実用的な研究開発へと繋がっていく。単なる数値の集まりのデータから、人の行動をモデル化し、数値化することで、将来の動きを予測する技術に道筋がついたのだ。
新熊は、京都大学大学院情報学研究科の准教授という肩書きのほか、京都大学関係性レコメンドシステム研究開発拠点(KURS)の代表や、関係性技術の産業化推進フォーラムであるモバイルソーシャライズシステムフォーラム(MSSF)の会長も務める。KURSでは、関係性技術を使ったアプリ「おもりんく」を提供している。自分の研究している理論を実際に実装できる技術へと展開し、そこから得られたフィードバックでさらに研究を磨いている。
関係性技術を成果として初めて産業界に披露したのは、2011年5月に東京ビッグサイトで開かれた展示会「ワイヤレスジャパン2011」だった。一般的に研究者が成果を発表する場は学会だが、新熊らは研究の実用化という視点で展示会を選択した。関係性技術の将来性に手応えをつかみ、知財化された技術として世の中に広めるめため、特許を出願。並行してKDLとMSSFを設立した。いくら優れた技術であっても、権利化されていなければ企業などに使ってもらえないからだ。MSSF設立前には、展示会で名刺交換した相手を就職活動以上に訪問し、協力を求めた。
新熊は、「展示会やその後のやりとりは、学会での研究者とのやりとりとは全く違いました。学会はクローズドな集まりで、仲間内の発表の場。議論のための議論に終わることも多いのですが、企業相手でそれはあり得えません。自分の研究を分かるように説明し、納得してもらえなければ、協力も得られないのです。企業が投資するのは利益を上げるためであり、売り込む技術が事業化や実業化に繋がらなければ相手にしてもらえません」と、特許出願やMSSF設立の意図を説明する。また、「いくらインパクトの大きな技術だったとしても、導入を判断するのは企業の上層部。その上層部が納得できるよう、分かりやすくすっきりした説明が求められます。学会にこもっている研究者は、こういった点で弱いのではないでしょうか」と、産学連携推進を阻む壁を心配する。
全世界で50万ダウンロードを突破したスマートフォンアプリ「ウゴトル」を開発した株式会社アウン・インターフェースの西川玲氏は、新熊の関係性技術をウゴトルに取り入れようとしている。このアプリは、一コマ単位で動画を再生したり二つの動画を比較できたりする多機能な動画再生プレーヤーで、元々は西川氏が趣味で続けるダンスの動きを撮影して振り付けなどを見直すため、「自分が欲しかった」機能を実装した自分のためのアプリだった。ところが、アプリを無料公開したところ、操作が簡単で自由自在にコマ送りができることから、ダンスの愛好家のみならず、フォームなどをチェックしたい陸上選手やテニスプレーヤーといったスポーツ界の人々も活用するなど、国境を越えて人気が高まった。西川氏はこの「ウゴトル」を進化させるため、関係性技術の導入を考えている。
西川氏は、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)未踏IT人材育成・発掘事業の2008年度上期スーパークリエータに選ばれた人物で、別のアプリ開発プロジェクトで新熊と出会った。専門はユーザーインターフェース分野だが、新熊の関係性技術の可能性にいち早く気付いたという。ウゴトルに関係性技術を応用させることで、アプリのユーザが労力をかけずに、参考にしたいと考える「近しい」ウェブ上の動画に出会えるようになるからだ。
一方、有限会社ライフウェア・サービスの平尾泰良氏は2014年、ソフトウェア開発などでつきあいのあったKDLに誘われ、MSSFに参加した。関係性技術については何の知識も持ち合わせていなかっため、最初は色々と戸惑ったという。しかし、新熊が開発した「おもりんく」を見て、地域再生や観光に使えるのではないかと思いついた。
システム開発者としての経験が豊富な平尾氏は現在、地域の情報誌や全国の観光地情報提供サービスなどを手がけている。同時に、地方への移住希望者に対する情報提供方法についても道を探っていた。地方公共自治体には移住政策に積極的なところもあるが、移住希望者と受入側の希望がうまく合致しなければ、不幸な結果をもたらす。ここに、「おもりんく」で使われている関係性技術が応用できると考えたのだ。
「地域再生や観光には、人を呼び込むことが必要です。呼び込む人は誰でもいいわけではない。その地域に、何かしらの関係がある人がやってくることで、双方にとって幸せな結果となる。そのために、この関係性技術が役立つと思います」
平尾氏は「おもりんく」が京都版のみに限定されていたことで、もどかしさを感じていた。例えば、情報や人が集まる東京版ができれば、各地でデモストレーションがしやすくなる上、「移住マッチング」にも拡張できると考えたからだ。さらには、デジタルとアナログを融合させた観光情報発信を目指せるとしている。平尾氏が寄せた機能を拡張する要望に応える形で、「おもりんく」は2015年10月に全国版に対応。今後のさらなるアプリ発展に期待が寄せられている。
このほか、研究者や最新技術とはあまり接点がないと思われる流通業界も、関係性技術に注目する。株式会社三越伊勢丹商品統括部ソリューション統括部の地域店・EC・中小型・新規ビジネス推進担当マネージャー草道敏也は、産業技術関連の展示会で関係性技術に出会った。草道氏は、日本の百貨店でこれまで大きな役割を果たしてきた外商員を、関係性技術を使ってロボットに置き換えられるのではないかと想像する。
「外商員は究極のコンシェルジュとして、各家庭に適時、適正なソリューションを提供してきました。しかし、現代では昔のように多くの人材を外商員として配置できない上、外商員の個人差で提供サービスに差がでることは避けたいのです。関係性技術を応用したロボットを各家庭に配置できれば、外商員の代わりとなるのではないかと考えました。それに、物品の購入に直接繋がらなくとも、各家庭にコミュニケーションできるロボットがいる未来は、考えるだけで楽しいじゃないですか」
草道氏はまた、研究者に百貨店をうまく利用してもらいたいと話す。「日本橋三越本店では『Hajimarino cafe』という場所を創り、様々なイベントを通じて人やモノをつなげようとしています。研究者や主婦は直接の接点が少ないのですが、それぞれが外に出てこういった場所で出会ってもらえれば、百貨店も産学連携に参加できると考えています。実際、Hajimarino cafeを最先端技術のプレスリリース場所として使ってもらい、その組み合わせの意外性から話題になりました」
関係性技術が、様々な分野で活用され始めていることが分かる。
新熊が、数字の塊であるデータを手にして研究室の「外」にでることが大切だと呼びかける理由は、新熊自身の実体験による。新熊は2008年から09年にかけ、米ラトガース大学WINLAB(Wireless Information Netwaork LABoratory)の客員研究員だった。米国行きも、学生時代にある学会運営を手伝ったことをきっかけに、分野を越えたつながりを得たことから実現したという。ラトガース大学では様々な分野の研究者が自由に行き来しており、自由な知の往来によって新しいアイデアが生み出されることを目の当たりにした。この経験から「専門分野を超えたオープンな議論こそ、専門性に磨きをかける」と語る。
さらに米国では、IT産業の前線シリコンバレーで、日米の大きな違いに遭遇する。
「ある新技術を売り込むとき、日本の企業は『この技術は他にどこが使っている?』と聞いていくる。ある意味、保証が欲しいのでしょう。しかし、シリコンバレーでは『この技術を使うのはうちが最初になるのかどうか?』を問われる。米国では、他と違う『エクスクルーシブ』であることが最重要で、安心よりもリスクを承知の上で挑戦する姿勢が大きかった」
米国で過ごした1年で、新熊は枠にとらわれず、目標を定めた時に組むべき人々と協力するという経験を得た。これは、研究室にこもっていたら出会えなかったことなのだ。
「研究を続ける原動力は、ある意味単純です。自分が手がけた技術を実際に使ってもらえたら、嬉しいじゃないですか。自分の研究価値が認めてもらえたということですから」と語る新熊にとって、人と出会うことが勉強であり、研究へとつながるのだ。オープンな気持ちで一歩、外に踏み出すことの重要性を実感しているからこそ、研究室から「外へ」出ようと訴えるのだ。
2015年9月にドイツ・ベルリンで開催された世界最大のコンシューマーエレクトロニクス展IFA2015で、新熊はMSSF代表として「BigData」のセッションイベントに登壇。20万人以上の来場者があるIFAで、初の日本人登壇者となった。研究室を飛び出して日本から踏み出した研究者は、世界にもその活躍の場を広げている。
新熊 亮一(しんくま りょういち)
情報学研究科 知的通信網分野 准教授
→京都大学 教育研究活動データベース
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