自然免疫システムと遠隔転移の関係を究明し、人々が安心してがん治療に向き合える未来へ「がんの遠隔転移は予防できるのか?」
医学部附属病院 放射線部 助教
中島 良太
防災研究所
中北英一 教授
山口弘誠 准教授
日本のどこかが豪雨に見舞われた時、被災地に向かう研究者の姿がある。そのうちの一人である京都大学防災研究所の中北英一教授は、日本で豪雨災害の研究者と言えば、真っ先に名前が挙がる存在だ。「ゲリラ豪雨」と呼ばれる局地的な豪雨に中北教授が出会ったのは、2008年夏。神戸市内を襲った豪雨で、のどかな川が急激に荒ぶった。濁流により幼稚園児を含む5人が死亡。「5分でも早く避難情報が出せていたら-」。その思いが、局地的な集中豪雨の発生予測という難題に挑ませることになった。
晴れていたのに、突然雨雲が立ち込めて激しい雨に見舞われた-。そんな経験はないだろうか。集中豪雨やゲリラ豪雨と呼ばれる局地的な大雨は、いま日本各地で河川の氾濫、そして地滑りなど大きな被害をもたらしている。 “ゲリラ豪雨”という言葉が社会に広く知られる前から、局地的な豪雨の発生メカニズム解明に挑んでいるのが、中北英一教授だ。2004年に工学研究科都市環境工学専攻から着任。水の循環を工学の視点から研究する“水文気象工学“の確立を目指した。
きっかけは、2008年7月に神戸市の都賀川(とががわ)で起きた災害だった。午後2時過ぎ、直前まで晴れていた空に積乱雲が急激に発達し、前が見えなくなるほど激しい雨が降り始めた。その4分後には川が急激に増水。遊歩道に濁流が流れ、あっと言う間に歩道上の人々を押し流し、5人が亡くなった。発生の一ヵ月後、中北教授はその現場を訪れた。のどかな都賀川の遊歩道では、住民が散歩を楽しんでいる。「その時、わずか10分で川の水位が1.34メートルも上昇しました。流された人は、おそらく逃げる間もなかったでしょう。」
ゲリラ豪雨が生まれるもとになるのは、積乱雲の発生だ。これが急激に発達して、強い雨をもたらす。降り始めてから逃げようとしても、間に合わない場合もある。ところが都賀川の災害後、当日の気象レーダーを調べたところ、中北教授はあることに気付いた。それは、降雨の約30分前に積乱雲となる小さな雲ー“ゲリラ豪雨のタマゴ”が存在していたのだ。「この豪雨のタマゴを探知できれば、予測につなげられるのでは」。それ以前は局地的な豪雨は災害としての認識が薄かったが、この悲劇をきっかけに「メカニズムを解明して予測につなげよう」と、中北教授ら気象や土木工学、電波工学などの研究者たちが立ち上がった。
まず始めたのは、台風や豪雨の被害が多発する沖縄での実験だ。CCDカメラを搭載した観測装置「ビデオゾンデ」を用い、プロジェクトチームとともに観測実験に乗り出した。 しかし、突然メカニズム発生の研究に着手したわけではない。それまでに、下地となる基礎的な研究が進められていた。
今、日本には世界トップクラスの最新気象レーダーが数多く設置されている。2001年、当時は世界で4機しかなかった高性能の気象レーダー「COBRA」が沖縄県に設置された。これまでのレーダーで出せるのは、水平の偏波だけだったが、この最新レーダーでは水平や垂直、さらに斜め45度、楕円を描くなど合わせて6種類の偏波を送信することで、雨粒の詳細な偏波特性の観測を行うことができた。中北教授をはじめとする気象や土木工学、電波工学などの研究者たちは、このレーダーを降雨量の推定に利用しようとプロジェクトをスタートさせた。
しかしレーダーだけの観測には、一つ課題があった。レーダーで得られるのは、電気的な信号情報にすぎない。空に本当に雨雲が存在するか、それがどのような形状の粒子なのか、実際の姿はわからないのだ。「上空に何が浮いているのか、直接見に行く方法はないだろうか-」。その時中北教授の頭に浮かんだのが、約30年前に出会った雲物理学の大家であるハワイ大学の高橋劭(つとむ)教授が利用していた観測機器、“ビデオゾンデ”だ。
ビデオゾンデとは箱の中にCCDカメラを内蔵したもので、バルーンで上空に放ち、雨や雪など上空の粒子を撮影できる観測機器だ。もともとは中北教授が助手だった約30年前、物理学者が開発した観測装置で、長らく研究者たちの観測に役立ってきた。「雲物理学創生の頃の大研究者は『雲は、天から送られた手紙である』と言っていました。私たちは手紙が待ちきれなくて、天にその手紙を取りに行くわけです(笑)」。このビデオゾンデとレーダーで、同時に観測する“同期集中観測”を考え出した。
様々な観測機を持ち寄り、まさに一から手作りの状態で始まった同期集中観測。しかし、ゾンデが狙った場所にうまく上がらないなど、データ取得まで苦労を重ね、実装にこぎつけるまでに数年がかかった。「いつ雨が降るか予想がつかないので、長い時には2週間も雨雲を待つこともあります」と、中北教授はその後の苦労も語る。経験を重ね、2010年には世界で初めてレーダーとビデオゾンデの同期集中観測実験を沖縄県で実現させた。現在は改良を重ねてよりコンパクトにし、手に入りやすい部品を使って誰でも制作できるようにした。
中北研究室での新たな挑戦は、ヒートアイランド現象でゲリラ豪雨が多発する都市部でビデオゾンデ観測を行うことだ。ビデオゾンデでの観測は装置を落下させるため、ビルや住宅が密集する街では行えない。人のいない山や海を狙い、正確に落下させる必要がある。
降雨量などの正確な予測に役立てようと始まった研究だったが、2008年の都賀川の災害で、早期探知と危険性の予測の必要性が高まった。「私たちの重要な活動は、2つあります。一つは基礎研究を深めていくこと、もう一つは国に予報のために使ってもらう手法をつくること。そのために必要な観測体制があれば、国に導入を要望してきました。そのために必ず実証してデータを示してきたので、国にも検討してもらえる。そんな風に、これまで研究者と国が信頼しあった関係を築けてきたと言えます。」
中北教授の研究室では研究を受け継ぎ、さらに発展させる若手も数多く輩出してきた。山口弘誠准教授も、その一人だ。「中北先生がゲリラ豪雨の“タマゴ”を追われてきましたが、いま私が研究の新たなステージとして追っているのは、豪雨のタマゴになる元。いわば“タネ”です。」と言う。するとその横で、中北教授が「タマゴは動物性なのに、タネはおかしいでしょう」と笑う。
山口准教授は、香川県出身。渇水で不自由な生活を経験したことから、水に興味を持っていた。「最近、香川県では浸水の被害も多発している。それがきっかけで雨の研究がしたいと思い、中北研究室に入りました。」
着目したのは、積乱雲の発生する前の段階、すなわちタマゴの起源となる“水蒸気”。水蒸気から雲の発生までのプロセスや、その水蒸気を持ち上げる上昇流は、レーダーではとらえることができない現象だ。そこで山口准教授は、都市の建物や風など条件を数値にしたモデルを開発し、シミュレーションして可視化させた。見せてもらったのは、六甲山付近で水蒸気が上がり、それが雲となって豪雨に成長するまでのシミュレーション結果だ。
レーダーでは何も見えていない時間帯に雲粒子が形成され始め、それが小さな雲となって、やがては豪雨に-。「シミュレーションから、都市熱が積乱雲の発達に影響を与えていることがわかります。」と山口准教授。このモデルを使って、都市部での危険性予測を高めるのが狙いだ。
沖縄での観測も、今では山口准教授が中心となって取り組んでいる。中北教授も「“命を救いたい”という思いを共有してくれている嬉しさと、安心感がありますね。私もまだまだ負けていられないなという気持ちにもなります」と目を細める。
この沖縄での観測は他大学の研究者や学生たちと共に毎年行われており、そこで経験を積んだ卒業生は百数十人にのぼる。“中北学校”と呼ばれるこの集まりを、中北教授は「全員で一つの学校をつくっているようです」と言う。今、この中北学校で経験を積んだ若い研究者たちが様々な分野で活躍し、共に日本の豪雨災害に立ち向かっている。
2017年の九州北部豪雨に続き、2018年7月には豪雨により西日本各地で200人にのぼる犠牲者が出た 。発生を完全に予測するには、まだ時間が必要だと言う。被災地に足を運ぶ度、「数分でも早い情報で、1人でも多くの命を守りたい」という気持ちが強くなり、それが中北教授たち研究者を、一歩でも先へと突き動かす。
「メカニズムの解明が研究のゴールではありません。それをどう実践して、人の命を救うものにするかが目的。それを達成することが、私たち研究者の使命なんです。」と中北教授は力を込める。
中北 英一(なかきた えいいち)
京都大学防災研究所気象・水象災害研究部門水文気象災害研究分野 教授
→中北研究室
→第95回京都大学丸の内セミナー「ゲリラ豪雨の早期探知と危険予測」
(中北教授のセミナーが動画で視聴できます。)
山口 弘誠(やまぐち こうせい)
京都大学防災研究所気象・水象災害研究部門水文気象災害研究分野 准教授
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