自然免疫システムと遠隔転移の関係を究明し、人々が安心してがん治療に向き合える未来へ「がんの遠隔転移は予防できるのか?」
医学部附属病院 放射線部 助教
中島 良太
工学研究科
深見一弘 准教授
私たちの身の回りのさまざまな素材には、多くの目に見えない先端技術が使われている。それらを支えるのが材料加工の研究だ。工学研究科准教授の深見一弘先生は、材料の表面に規則的なナノ構造を作り出すエキスパート。これまで2度、「SPIRITS:「知の越境」融合チーム研究プログラム(以下、SPIRITS)」を利用したプロジェクトに取り組んできた。他分野との融合研究で広がる、材料加工の可能性についてお話を伺った。
まずは、先生の研究テーマについてお聞かせいただけますか?
「私の専門は無機材料科学で、材料の表面を加工してナノ構造を作り出す研究をしています。
化学反応によってさまざまな物質の表面を加工するのですが、その中で着目しているのが、物質が秩序立った構造を自ら作り上げる『自己組織化』という現象です。この現象によって、酸化還元反応の条件をコントロールするだけで物質の表面に複雑で微細な構造を作製することができます。例えば、電気分解によって平らな電極の上に立体格子や同心円模様などの構造を作り出すこともできるのです。
こうして作製したナノ構造を型取りし、他の材料の表面に転写することで、さまざまな機能を持った材料を作り出そうとしています」
SPIRITSで2014年度に採択されたプロジェクトは「キラル無機ポーラス材料の創製とその応用」というテーマでした。日常では耳馴れない言葉が並んでいますが、どういう内容なのでしょうか?
「簡単に言えば、キラルな構造の孔がたくさん空いた材料を作る研究ですね。キラルとは何かというと、ギリシャ語で『手』を意味する言葉が語源で、右手と左手のように鏡像関係でありながら互いにぴったり重ね合わせることができない構造の組み合わせのことを言います。右ネジと左ネジの関係をイメージしていただいた方がわかりやすいでしょうか。
SPIRITSでは、シリコンの板(シリコンウェハー)を素材としてキラルなナノ構造を作り出すことに取り組みました。シリコンの表面に触媒となる白金のナノ粒子を乗せて溶液にひたすと、粒子がシリコンを溶かしながらぐるぐると回転をはじめます。すると、粒子が回転しながら沈み込むことで、シリコン表面にネジ穴のように螺旋状の孔を作ることができるんです。このとき、右巻きと左巻きの螺旋を作り分けることができれば、キラルな構造をもつ材料としてさまざまな目的に応用できる可能性が広がります。これまでキラルな構造を作りたい場合は、キラルな分子を積み木のように組み立てて超分子などを作製する方法がとられていましたが、この方法では作れる構造の大きさに限界がありました。一方、私が取り組んだ研究は、材料の表面を溶かすことで従来法では作製が難しかった数百ナノメートルクラスの構造も簡単に作れる点が特長です」
キラルな構造はたとえばどんなところで役に立つのでしょうか?
「沢山ありすぎて挙げていけばきりがありませんが、代表的な例は化学物質を精製する際の触媒ですね。化学物質もキラルな構造を持っていて、中には右向きか左向きかで人体におよぼす影響が変わるものもあります。そこで、薬品を精製する際にいずれかの向きのみに対応した触媒があれば、有用な物質だけを精製することができるわけです。
もうひとつ重要な応用先は、3Dディスプレイです。光(電磁波)は通常さまざまな方向に振動する電磁波の集合ですが、偏光フィルターを通すことで特定の方向に振動する光(偏光)だけを取り出すことができます。そこで、テレビなどのディスプレイの発光素子に螺旋状のナノ構造を使えば、螺旋状に振動する光(円偏光)を作ることができるのです。右巻きの円偏光と左巻きの円偏光を使えば両目に異なる映像を見せることができるため、3Dメガネをつけなくても高解像度の立体映像を楽しめるテレビの開発などへ応用が可能です。私が手掛けている表面加工は平面上に直立・整列した構造を作りやすいので、こうした分野には特に適しています」
医薬品からディスプレイまで、用途は本当に幅広いんですね。
SPIRITSでは、そんなキラルをテーマにしてフランスのボルドー大学と共同研究を進められたそうですね。
「はい。キラルについて研究されている方はもちろん日本にもいらっしゃるのですが、ボルドー大学は特にキラルの研究が盛んで、著名な研究者が集結しています。そこでSPIRITSでは、ボルドー大学との共同研究の一環として、研究室の大学院生を現地に送り込むことにしました。ボルドー大学のとある研究室に3ヵ月間学生を受け入れてもらい、キラルの研究を行いながら他の研究室ともネットワークを広げました」
共同研究を通してどんなことを感じられましたか?
「まず、距離の隔たりを差し引いても、日本の大学と比べてとにかく話が早いということがありますね。分野が違っても、興味を持ってさえもらえればとんとん拍子に共同研究の話が進みます。ボルドー大学の幾つかのグループとはその後も共同研究を続けています。学際研究の面白さを改めて見直すいい機会にもなりました。
若手研究者の育成という点でも成果は大きかったです。渡航した大学院生に対してはこちらからは特に指示はせず、現地のグループメンバーとして受け入れてもらってキラルな材料作りにトライさせました。当然、現地で一から勉強しないといけないことも多々あり、送り出すときは不安もありましたが、こちらの心配をよそにどの大学院生もしっかりやり遂げ、積極的に人脈を広げて、帰国する頃には一回りも二回りも成長して報告を聞かせてくれました。現在、彼らは研究室の学生を牽引する博士後期課程の学生として活躍していて、次の世代を担う研究者へと成長しつつあります。少しでも早く海外で研究経験を積むことは非常に大切だと思いますね」
先生はSPIRITS以前から異分野との融合研究に積極的に取り組まれているそうですね。何かきっかけがあったのでしょうか?
「分野融合研究に積極的に取り組むようになったのは、今の研究室に赴任する前、京都大学の宇治キャンパスにあるエネルギー理工学研究所に所属していた頃のある経験がきっかけでした。
当時も電気分解を使った酸化還元反応による自己組織化を研究していて、半導体表面に作った構造を他の物質に転写することが課題でした。半導体表面に作った多孔質構造に別の物質を詰め込んだ後にまわりの鋳型部分を取り除いてやれば上手くいくはずだったのですが、孔がナノサイズなので物質が入り込まず、うまく転写できなかったのです。電気分解に関する先行研究を調べても上手くいかず半分諦めたような気持ちになり、気分転換を兼ねて当時研究所にいた他分野の先生方の論文を手当たり次第に読むことにしました。そんな中で目に留まったのが、タンパク質の理論研究をされていた木下正弘先生の論文でした。
生物の体を構成するタンパク質は、収縮によって体を動かしたり、食物を分解したり、栄養素を運搬したりとさまざまな役割を果たしていますが、それを突き詰めれば、周囲の物質を吸い込んで内部で反応させ、不要になった物質を吐き出すという機能に集約できます。この機能の原理を自己組織化材料の転写プロセスに応用すれば問題が解決するのでは? と思い立ち、それまでほとんどお話をしたことのなかった木下先生に恐る恐る共同研究を持ちかけてみました。すると先生は『面白い! 是非やりましょう』と協力してくださり、実際にやってみるとあっという間に成功してしまったんです。実験が成功しただけではなく、『こうすればもっと上手くいきますよ』という木下先生の理論予測をもとに実験してみるとさらに良い結果が出ました。理論と研究、相互のフィードバックが想像を絶するほど上手く機能したんです。この分野を超えた融合研究がなければ今の私はありません」
異分野の知見が文字通り「ぴったり嵌った」融合研究ですね。
2019年度から、また新たなプロジェクトでSPIRITSに採択されたそうですね。「多分野協奏による新奇プラズマ状態の創成と粒子加速」と、テーマだけ聞くと材料科学がどう関わっているのか想像もつきませんが……?
「今回のプロジェクトは高密度プラズマ物理がご専門の岸本泰明先生とのつながりからスタートしました。岸本先生は、世界最高レベルの高出力レーザーを物体に照射することで発生する高密度プラズマについてご研究されています。この研究の一環として、ナノスケールの精緻な構造をもつ物体にレーザーを当てるとどうなるのか研究したいと、私にお声掛けくださいました。最初はナノスケールの針が基板上に等間隔に並んでいるものを作りました。材料科学者からみれば容易い加工ですが、高密度プラズマ物理の先生方は驚くほどの興味を示してくださいました。でも、こんなに簡単に作れてしまう加工なら材料科学者としては全く面白くないわけです。ということで、一歩先に進んだ未知の領域を開拓するためにSPIRITSに応募しました。化学や実験室宇宙物理学の先生にも参加していただいて、これまでの高密度プラズマ物理研究では誰も目にしたことのない材料を生み出し、それを用いて実験を行い、プラズマの新しい現象を発見しようとしています」
前回よりも学際研究の色が濃い内容ですね。誰も目にしたことのない材料とはどんなものでしょうか?
「それは、ナノスケールの金属コイルです。前回のSPIRITSではシリコンに螺旋状の孔を開ける研究をしましたが、これを型取りすることでコイルに転用できます。プラズマの生成と閉じ込めは強い磁場発生と関連しているので、単純な棒状のナノ構造から生成するプラズマとは違い、ナノコイルから発生するプラズマは全く未知の挙動を呈するのではないかと考えています。現在は、基板表面にナノサイズの金属コイルを垂直に立てる工程で試行錯誤しています。どんなことが起こるのか、実際にやってみないと予想がつかないところが面白いですね」
高密度プラズマ物理と材料科学、かなり遠い分野に思えるのですが、分野融合研究を通して、先生の研究スタンスは変わりましたか?
「実はあまり変わっていません。というのも、高密度プラズマの振る舞いも材料加工の自己組織化の振る舞いも非常に似通った方程式で記述できるんです。プラズマも自己組織化するのですが、その理論的な背景が根底では全く一緒だと気づいたわけです。似た現象を違う言葉や学問としてとらえていたのであって、うまく『翻訳』できれば理解し合えるんだということがわかってきました。だからこそ自分のスタンスを変える必要はないと確信できました。その『翻訳』が完全に成立したら、ひとつの新しい研究分野が生まれるのかもしれませんね。
逆に分野間での違いを痛感するのは、実験の時間感覚です。材料加工の実験は数日から1週間ごとに結果が見えますが、超大型レーザー設備を使って高密度プラズマ物理の実験が行えるチャンスは良くて半年に1回程度。そして設備を使える数日間は、1秒たりとも無駄にしないように24時間体制のシフトを組んで挑むことが普通だそうで、データの解析には少なくとも数ヶ月くらいかかるようです。同じ研究計画に沿って進めていても、この感覚の差にはなかなか慣れません」
少し意外な共通点と相違点でした。分野融合研究に取り組むことで、直接的な成果以上にさまざまな発見があるのですね。最後に、深見先生ご自身の今後の目標を教えていただけますか?
「基礎研究を積み重ねて、製品開発に活用できる加工材料を生み出すことが目標です。たとえばお馴染みのスマートフォンやタブレット端末を思い浮かべてみてください。アルミ製ボディーのものが良く知られていますが、アルミ本来の色ではなくブラックやゴールド、さまざまな色のバリエーションがあります。実はこれ、アルミの表面に小さな孔をあけて、そこに色素を染み込ませて上から孔を塞ぐという加工が施されているんです。すごい技術ですが、使っている人はいちいちそんなことを意識しないぐらいに生活に浸透していますよね。こんなふうに当たり前に手に取ってもらえるような材料を、私もいつか世の中に送り出したいです」