Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.25

空気から作る高分子材料で未来を紡ぐ。「生物素材の学理に基づいた循環型材料の創出」

工学研究科 教授
沼田 圭司

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

2020年度に採択された沼田圭司先生のテーマは「生物素材の学理に基づいた循環型材料の創出」。人工シルクやプラスチックといった高分子材料を、地球上に無尽蔵に存在する空気と海水から作り出す研究を行っているという。その先にどんな未来のビジョンを描いているのだろうか? メッセージ動画とインタビューで伺った。

アミノ酸を使ってさまざまな高分子材料を合成する

まずは先生の研究テーマについて教えていただけますか?

「私の専門は高分子化学で、アミノ酸を基本骨格とした高分子材料の合成と、それを使った材料設計に取り組んでいます。いくつかの方法でアミノ酸のつながり方を操作することで、プラスチックや人工シルクなど、さまざまな材料の合成に挑戦してきました。

代表的な研究としては、蜘蛛の糸のように強靭な人工シルクが挙げられます。クモの糸は非常に軽く強靭なため、機能性材料への応用が長年待ち望まれていました。私たちの研究チームは、クモの糸ができる過程をタンパク質の分子レベルの振る舞いから解明し、2020年には、紅色光合成細菌という菌にジョロウグモの遺伝子を導入してタンパク質を作らせることで、クモの糸と同様のファイバー構造を持った人工シルクを作ることに成功しました。この研究が今回の『くすのき・125』の採択テーマとも関わっています」

非常に応用の幅が広そうな研究テーマですが、どういった経緯で始められたのでしょうか。

「私は高分子の結晶構造解析で学位を取ったので、その時点では高分子を合成する技術を持っていませんでした。ですが研究を進めていく中で、基本的には20種類しかないアミノ酸を組み合わせることによって、多様な機能と物性を網羅した高分子材料をつくることができるタンパク質というものに魅力を感じるようになりました。そこで、理化学研究所で研究室を立ち上げた時から、どのようにアミノ酸を組み合わせれば新しい高分子材料を作ることができるのかというテーマで研究を進め、今に至ります」

沼田先生の研究チームが明らかにしたクモの糸の形成過程

限りある資源を守り、自然に還る材料が必要とされている

「くすのき・125」では応募時に125年後の調和した地球社会のビジョンをお聞きしています。先生のビジョンをお聞かせいただけますか?

「私たちは生きるために食料を作り、エネルギーを利用し、さらにさまざまな材料を作り出すことで産業を発展させてきました。しかし地球上の資源には限りがあり、食料やエネルギーの枯渇が懸念されているのはご存知の通りです。一方で、プラスチックをはじめとする自然に還らない物質による環境汚染はますます深刻化しています。

125年後の未来を考えると、化学産業のみならず、次世代農業、エネルギー産業もひっくるめて物質が循環する社会を実現することが重要になります。特に、資源の乏しい日本にとっては喫緊の課題と言えるでしょう。

高分子材料の研究者という立場からこのビジョンを達成するために、私は食料やエネルギーと競合せず、環境への負荷が小さいまったく新しい材料循環の仕組みを開発することが必要だと考えました」

食料やエネルギーと競合しない材料循環とは、一体どんなものなのでしょうか?

「農業用の肥料や多くの化学製品には窒素が含まれますが、現在、この窒素はハーバー・ボッシュ法という製法でアンモニアとして固定して利用することが主流となっています。しかしハーバー・ボッシュ法には大量のエネルギーを消費するという問題もあります。限りある資源の分配を考えれば、この方法で固定された窒素は、高分子材料ではなく、食糧に直結する肥料の生産に使われるべきでしょう。

それでは、暮らしに欠かせない材料を生産するにはどんな方法を取るべきでしょうか。少し抽象的な言い方をすると、地球上に無尽蔵に存在する空気、そして海水から材料を作り出し、利用後はまた空気に戻すという仕組みが理想だと考えています。この仕組みを実現できる材料こそ、私が研究しているアミノ酸による高分子材料です。アミノ酸を構成している窒素や炭素といった元素を、空気中から直接取り込んで高分子材料を作り出すことができれば、資源不足や環境汚染につながらない、地球と人にやさしい材料循環が実現できるのです」

空気と光と海水から生み出される高分子材料

空気から材料を作る……そんなことが可能なのでしょうか?

「すでにいくつかの方法を研究していて、その一つが冒頭にお話しした紅色光合成細菌を利用する方法です。紅色光合成細菌は海中に生息する細菌の一種で、光合成によって体内に二酸化炭素や窒素を固定することができるのです。手順を簡単に説明しますと、培養槽の中の細菌に光を当てて、二酸化炭素や窒素を含んだ空気を与えて培養していきます。ある程度増えたら回収して、菌の塊から自分の使いたい高分子を抽出・精製するという具合です。

菌の培養には大量の水を必要とするのですが、貴重な淡水ではなく地球上にありふれた海水を使うことができるというのが大きなポイントです。世界ではさまざまな生物を利用して高分子材料を作る研究が行われていますが、海水で培養できるのは現在のところ、紅色光合成細菌だけです。私たちの研究チームは、そんな紅色光合成細菌を大量培養し、遺伝子組み換えなどを駆使してさまざまな材料を合成する技術を、世界に先駆けて開発してきたのです」

沼田先生の提案する、自然環境・社会活動と調和した材料循環

具体的にはどんな素材を開発されているのでしょうか。

「『くすのき・125』で取り組んでいるのは人工シルクとプラスチックの二つですね。目的に応じて紅色光合成細菌の遺伝子を組み換えることで、天然ではできない素材を合成したり、生産速度を上げたり、空気中の二酸化炭素をより多く固定できたりといったようなことが可能になります。

製品として利用した後は微生物によって分解されて自然に還るほか、その過程で発生する窒素化合物などの廃棄物は、農業用資源として活用することも可能です。現在問題になっているマイクロプラスチックによる環境汚染の心配もありません。環境にやさしいだけでなく、材料としての機能性や耐久性といった面でも従来のものと変わらないか、それ以上のクオリティを維持します」

まさに夢のような素材ですね。研究は今後どのように進められる予定でしょうか?

「採択期間の3年間で、まずは人工シルクやプラスチックの合成法を確立することをめざします。生成自体にはもう成功しているので、さらにトライアンドエラーを繰り返しながら一番効率的で安定した製法を見つけ出していきたいと考えています。

現在は2.5tの培養槽を使っているのですが、今後はそれをもっと大幅に拡張する予定です。それと同時に産学連携にも着手しています。中長期的な目標として、10年後にはまとまった量と純度の生産体制を確立し、物性も明らかにした上で化学メーカーに出荷して、広く世の中で使っていただけるようにしたいですね」

沼田 圭司(ぬまた けいじ)

工学研究科 教授

東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程修了。理化学研究所などを経て2020年に京都大学に着任。専門は高分子化学。アミノ酸を基本骨格とした高分子材料の合成および材料設計に取り組んでいる。

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