Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.33

ひとりでも多くの笑顔を守るため、周産期医学の未解決課題に挑戦する。「健康な赤ちゃんを:前期破水・早産を減らす」

医学部附属病院 講師
最上 晴太

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の 125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

2021年度に採択された医学部付属病院の最上晴太先生は「健康な赤ちゃんを:前期破水・早産を減らす」というテーマで、早産につながる前期破水の予防と治療に向けた研究に取り組んでいる。産科の臨床医として、そして周産期医学の研究者としてめざす未来を、メッセージ動画とインタビューで伺った。

早産の引き金となる前期破水、そのリスクと原因

まずは先生のご研究内容について教えてください。

「私は産科の臨床医として病院で診療に当たりながら、研究者としては、早産やその原因となる前期破水の予防についての研究に取り組んでいます。まずは早産と前期破水についてお話しさせてください。

早産は、妊娠高血圧症候群と並んで産科の2大疾患と呼ばれています。日本では全妊娠のおよそ5~6%、人数にすると年間4万人以上の赤ちゃんが早産で生まれています。早産には大きく分けてふたつのケースがあります。ひとつは母体や赤ちゃんの具合が悪くなって、帝王切開などで取り出さざるを得ないという状況、もうひとつは予定日よりも前に自然に破水して陣痛が始まってしまう自然早産と呼ばれる状況です。

私が研究しているのは、この自然早産の3~4割を占める前期破水です。赤ちゃんはお母さんのお腹の中で卵膜という膜に包まれていて、お産の時にその卵膜が破れて分娩に至るのですが、妊娠37週(満期)より前の段階で卵膜が破れてしまって羊水が流れ出ることを前期破水と言います。前期破水が起きてしまうと、ほとんどの場合数日中に陣痛が始まり赤ちゃんが生まれてしまうということになるんです。

新生児医療が進歩してきたとはいえ、早産はお母さんにとっても赤ちゃんにとって大きなリスクになります。例えば20週台の半ばで破水して、1000グラムとか、あるいはそれに満たない小さな体重のまま生まれてきた赤ちゃんは、脳出血や慢性肺疾患、未熟児網膜症、壊死性腸炎などの疾患を抱えてしまうことが多く、成長しても後遺症が残ってしまう可能性が非常に高い。身体的なハンディキャップに加え、生涯の医療費も非常に大きな負担になってしまいます。特に近年は不妊治療が普及して双子の赤ちゃんが増えてきましたから、双子で早産となるとさらに大変です。また、そうした赤ちゃんを治療する新生児集中治療室はまだまだ病床数が限られています。医療リソースの点でも前期破水を予防することは社会的な課題と言えます」

日本の早産率の推移を示すグラフ。横ばいの早産率を減少させることができれば、多くの赤ちゃんの命と健康が救われる

前期破水を防ぐことは赤ちゃんや家族にとっても、社会にとっても非常に重要な課題なのですね。その前期破水はどんな原因で起こるのでしょうか?

「妊娠10週台から20週台という早い時期の前期破水は、細菌の感染が原因となって起こる場合が多いです。なんらかの理由で膣内の細菌が増えると、それが子宮内に入り込んでしまい、卵膜がもろくなって破水してしまうことがあります。妊娠中期以降に多いのは出血が原因となるケースです。妊娠初期に子宮内でちょっとした出血が起こって、それがそのまま血腫になってしまうと、そこから卵膜がもろくなってしまうのです。

原因はまだあって、例えば低栄養ですね。貧しい国や地域を中心に、経済的に弱い立場の人の間では早産率が高くなると言われています。あとは、母体の精神的なストレスですね。診療にあたっていて、新型コロナウイルスの感染が拡大してから早産がとても多くなったことを感じています。特に増えたのは、日本に住む外国の方の早産です。それだけストレスを抱えておられるということでしょう。また、喫煙も早産の原因になると言われています」

前期破水の兆候を掴み、卵膜の自然治癒力を高める研究

前期破水が起こってしまった場合、どのような処置が行われるのでしょうか。

「一口に前期破水と言っても、妊娠の週数によって対応は異なります。例えば妊娠34~35週以上のほぼ満期に近い状態ならば、前期破水が起こってもそのまま出産してしまうという決断ができます。問題となるのはそれより前の週で起こる破水ですが、今のところ、前期破水が起こってからできることは非常に限られています。羊水が流れ出るのを防ぐ子宮収縮抑制剤と、感染が起こっている場合には抗生剤を投与し、あとはなるべく安静にして、赤ちゃんが少しでも長く母体の中にいられるようにするしかありません。特に妊娠中期の23週前後は、早産で生まれた赤ちゃんが生存できる限界ラインと言われていますので、生存率を上げるためには妊娠期間を1日でも長く維持することが重要になります。それでも多くの場合は前期破水が起こると数日で生まれてしまい、あとは新生児医療で命をつなぐということになります」

前期破水が起こってしまうと、早産を覚悟するしかないのですね……。

「私はこうしたケースをなるべく減らすため、母体の環境を良い状態に保ち、前期破水による早産を防ぐ研究しています。

まずは予防という観点です。現在のところ前期破水が起こるかどうかを事前に予測することができないので、母体の血液や分泌物から前期破水の兆候となる物質(マーカー)を見つけることが必要です。そして、一度破水してしまっても、なんとかして卵膜の傷を治すことができれば早産を防ぐことができます」

一度破れた卵膜を治すことはできるのでしょうか?

「現在のところ、ひとの卵膜が自然治癒することはほぼないか、あったとしてもごく稀だと言われています。とくに、感染が原因の破水の場合は、仮に治療できても卵膜の傷を塞いでしまうことで菌が羊水にとどまって赤ちゃんに感染してしまう恐れがあるので、これを治すのは非常に困難です。しかしそれ以外の原因で破水して、感染がない場合には、今後の研究によって治療できるようになる可能性があります。

なぜかというと、同じ哺乳類であるネズミでは卵膜が自然治癒することがわかっているからです。私はこのネズミの卵膜が治癒する仕組みを解明し、ひとでも卵膜の自然治癒力を高めることで傷を治すような治療方法を開発したいと考えているのです」

それが「くすのき・125」のテーマにつながるのですね。

周産期医学の研究室で実験に取り組まれる最上先生

生まれてくる赤ちゃんのために、周産期医療を前進させたい

「くすのき・125」では、125年後に向けた調和した地球社会のビジョンについてお聞きしています。先生のビジョンをお聞かせください。

「私の立ち位置は産科医ですので、赤ちゃんが一人でも多く、元気に生まれてこられるようにすることが使命だと思っています。そのためには周産期医療をさらに充実させていくことが必要ですが、私のように周産期医学を専門にしている研究者は世界的に見てもとても少ないのが現状です。がんや糖尿病といった病気と比べると、早産は人口の絶対数が少ないので、研究がお金につながらない。それに加えて薬の開発のハードルが高いということもあります。妊娠中に使った薬の影響が、成長後にどんな形で現れるかがわからないため、製薬会社としてもリスクが高く敬遠されがちな分野と言えます。新生児医療の予後が年々改善している一方で、前期破水の症例数自体は横ばいという状況も、周産期医学の進歩がまだまだ遅れていることを示しています。

その点、京都大学には病院と連携しつつ基礎研究に取り組むことができる環境があります。周産期の基礎研究を少しずつ積み重ね、次の世代の研究者へと引き継いで、最終的に治療につなげる道筋をつけるのが私の役目だと思っています」

くすのき・125採択期間の3年間ではどのような研究に取り組まれるのでしょうか?

「まずはマウスモデルを使った基礎研究によって、破水が治っていくメカニズムを解明したいと考えています。これまでの研究で、ネズミの卵膜が敗れると、免疫細胞であるマクロファージが集まってきて破れた箇所の修復を手助けしていることがわかってきています。一方、マクロファージが集まってくる仕組みや、どういう種類のマクロファージが関わっているかといった詳細まではわかっていません。

また、破れたところにコラーゲンなどの『足場』を作ってやるとマクロファージが集まりやすくなるということもわかってきました。傷が治りやすいように母体の環境を整えるという観点から試行錯誤しながら研究しています」

電子顕微鏡で撮影した、マウスモデルの羊膜(卵膜の一部)の傷が治っていく様子

マクロファージというと、病気のもとになるばい菌をやっつける細胞というイメージがあります。

「おっしゃるとおり、古典的には、マクロファージの役割は体内に入ってきたばい菌を食べて病気を防ぐことだと考えられてきました。しかし最近になって、脳や心臓、身体のあらゆる組織に常駐する『組織マクロファージ』の存在が注目されているんです。組織マクロファージはそれぞれの組織で特殊な働きをしています。ひとの羊水や卵膜にも組織マクロファージがいて、おそらく赤ちゃんをダメージから守る働きをしているのだろうとは言われていますが、詳しい役割はまだ解明されていません。

また、ひとでも破水後に卵膜が治る例はごく稀にあると言われていますので、そうした症例も集めて研究しています」

前期破水の兆候となるマーカーについてはどのように研究を進められるのでしょうか?

「マーカーについては、子宮内の環境を反映していると言われる膣分泌物から情報を読み取ることができるのではないかと考えて研究を進めています。現在は附属病院や関係病院の協力を得て、妊娠初期、中期、後期の3つの時期の検体(ここでは膣分泌物のこと)を集めているところです。これらの検体をプロテオミクス解析というタンパクの網羅的な解析にかけて、それぞれの時期で前期破水と通常の出産の膣分泌物にどんな差があるのかを分析します。前期破水の方だけ、何らかの分子が増えているなどの違いがあれば、マーカーとして使えるというわけです。こちらはまだ時間がかかりそうですが、数年のうちに形にしたいと思っています」

研究のモチベーションは、目の前にいる患者さんを救いたいという思い

妊娠中のお母さんのお腹の中の環境は、まだまだ解明されていないことが多いのですね。

「現代の医療においても、子宮内はブラックボックスと言われています。卵膜は超音波エコーにも映らないので、外側から卵膜の状態を確認するすべがないのが、これまで研究が進んでこなかった一因になっています。産科の先々代の教授がおっしゃっていた『子宮は脳にとてもよく似ている』という言葉が印象的です。脳は脳脊髄液に、胎児は羊水に浮かんでいるという共通点もあります。そして、どちらも中を開けて見るというわけにはいきません。だから、今までは早産でも産んでしまって、新生児医療で手を尽くすというスタンスだったわけです。

しかし新生児医療で救える命にも限界があります。動物では、母体の中ではなく人工子宮で胎児を育てる研究も始まっていますが、ひとで実用化するのはまだまだ難しい。今できることとしては、母体の環境を整えて早産を防ぐというアプローチが自然なのではないかと考えています」

最後に、臨床医である最上先生がどんなモチベーションで基礎研究に取り組んでおられるのかをお聞かせいただけますか?

「若い頃から臨床医として妊婦さんを診察していて、元気だった妊婦さんに急に前期破水が起こって早産になってしまうという場面に何度も立ち会い、悲しい思いも何度も経験しました。だから、目の前にいる患者さんをなんとか治せないかという思いで研究に取り組んできました。目的が明確なので、テーマがブレることはあまりありません。いつも考えているのは、『これが発見できたらこの患者さんは治るかもしれない』ということです。もちろん、『なぜネズミは破水が治るのに人は治りづらいのか?』というテーマには知的探求心もありますが、臨床医としてのモチベーションはそれよりも強いですね。

基礎研究で優れた研究者の方は他にたくさんいらっしゃいますが、この研究に関しては、産科医として患者さんと関わっている私がやらなければ他に代わりになる人はいないという思いで取り組んでいます」

病棟で赤ちゃんを診察する最上先生

最上 晴太(もがみ はるた)

医学部附属病院 講師

2000年 京都大学医学部卒業。産科の臨床医として大津市民病院、のちに京都大学医学部附属病院に赴任。2009年から2011年、および2015年から2017年までテキサス大学に留学し、前期破水の生じるメカニズムを研究。専門は周産期医学。現在の研究テーマは前期破水の予防および治療法の開発。

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