Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.46

分子の自己集合現象を理解し、これまでにない素材を生み出す。「第三の素材:高機能タンパク質のデバイス素子化」

高等研究院 物質-細胞統合システム拠点 准教授
藤田 大士

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

2021年度に採択された物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の藤田大士先生は、「第三の素材:高機能タンパク質のデバイス素子化」というテーマに取り組んでいる。自身の研究スタイルを「火のないところに煙を立てる」と表現する藤田先生が探究する、分子の振る舞いを決める新たな学理とは? メッセージ動画とインタビューで伺った。

分子の世界で、見過ごされてきた重要なテーマに光を当てる

まず、藤田先生の主要な研究テーマについて教えてください。

「初っ端から答えるのが難しいところなのですが、主要な研究テーマというのはあまりないんですよ。化学出身なので、広く分子に関連した科学がメインフィールドということにはなっていますが、とくにこれが専門ということはなく、分子レベルの現象で面白そうなテーマがあればオールマイティーに何でもやってみるというスタイルなんです。

と言いますのも、僕は人と競うことがあまり好きじゃないんですね。なので『火のないところに煙を立てる』じゃないですけど、本当に何もない荒野というより、比較的人はいる分野だけれど注目されていないようなテーマ、『なんとなくこうだよね』と曖昧に見過ごされているようなテーマに着目して、『ここにはこんな原理が眠っていて、こんなことができるぞ』と騒ぎ立てる。だけどそのテーマに人が集まってきたら専門性では僕は敵いませんから、さっさと逃げる……というような、いわばヒットアンドアウェイを繰り返している感じです」

分子の科学に関して、これまでどんな研究に取り組んでこられたのでしょうか。

「たとえば、複数の分子同士が自律的に集まって複合体を形成する『自己集合』という現象があります。この現象は20~30年くらい前にみつかっていて、多面体形状のものがよくできるので、多面体が自己集合の鍵なのだろうと言われていました。

大学院、そして京都大学着任前まで僕が所属していた研究室の先生が、この自己集合で形成される多面体の法則性について研究していました。一般的に『自然は対称性の高い状態を好む』と言われているため、数ある多面体の中でも対称性の高い『正多面体』と、1段階対称性を落とした『半正多面体』が形成されやすいだろうと仮定して、さらにいろいろな条件を検討するうち、すべての頂点に4つの辺が接続するような多面体構造が形成されやすいという仮説にたどり着きました。正多面体と半正多面体でこの条件を満たすのは5種類しかないのですが、実際に実験をしたところ、本当にその多面体構造が順番に出来ていったんです。

でも僕は、これが何か怪しいというか、本当にそれだけか?と思って研究し直しました。マニアックな話なので端折りますが、最終的には、正多面体でも半正多面体でもない『ゴールドバーグ多面体』という種類の多面体群が自己集合しやすいということがわかったのです。最初に出来ていた何種類かは、たまたまこのゴールドバーグ多面体群の一種でもあった、というだけでした。

こんなふうに、皆が当たり前だと思っているようなことに疑問を持ち、深堀りしていくことで新しいことが見えてくる、というスタンスでこれまでやってきました」

今回のテーマはタンパク質ですが、この研究はどういった経緯で始められたのでしょうか?

「京都大学に来て、対象とする分子をどれにしようかと研究動向を探ってみたら、最先端のアメリカではライフサイエンス分野の予算配分が伸びていると。日本はだいたい何年か遅れでアメリカに追随するので、それならゆくゆく日本でライフサイエンス関係の予算が増えたときに研究費を獲りにいけるように種まきをしておこうということで、大きい分子のなかでもタンパク質をやってみようと思ったんです。打算的な人間なので(笑)。

生体内の細胞やタンパク質は、分子同士の弱い相互作用のもとで働いています。先ほど広く分子の科学をやっていると言いましたが、あえて言うなら、自己集合とか相互作用といった、分子と分子を集合させるメカニズムについての研究に取り組んできたという点では一貫しているかもしれません。

タンパク質の相互作用に関しても、僕はある疑問を持っていました。生化学ではタンパク質の近接効果、つまりタンパク質同士が近づいたときに相互作用が起こりやすくなるという現象がありまして、その近接効果が起こった理由を説明するときに、よく『局所濃度が上がったから』などと言われます。しかし、局所濃度が高いとは具体的にどういう状態なのかについては、深く考えられていません。そこを有耶無耶にすませるのではなく、タンパク質がどのくらいの密度でどこに集まったら、どんなことが起こるのかをしっかり詰めていったらまた面白い世界が広がるのではないかと考えて始めた研究が、今回くすのき・125にも応募させていただいたテーマにつながりました」

自己集合現象の理論化をめざして作られた自己集合生成物の模型

高機能タンパク質の力を引き出すために、その環境に着目

くすのき・125では、125年後に実現させたい調和した地球社会のビジョンについて伺っています。藤田先生のビジョンをお聞かせください。

「最近は研究者にもSDGsや持続可能性への貢献が求められがちですが、率直に言えば、それらを達成するには科学以外の側面で考えなければならないことも多いので、研究者ばかりに期待をかけすぎないでいただければとは思っています。たとえばエネルギーに関しても、純粋にサイエンスの観点から言えば水素が最も有望だろう、といったようにひとつの解決策を提示することはできるでしょう。しかし現実にはサイエンスとは関係の無い政治やビジネスでいろいろなことが決まっていて、科学者コミュニティの力なんて限られていますよね。我々にできるのは、どう転ぶかわからない未来のために、研究の多様性をつくっておくことぐらいなのではないでしょうか。

……と言ってしまうと答えにならないでしょうから、研究テーマに沿って真面目にお答えしますね。CO2削減、プラスチック削減といった個別の課題は時代の変遷によって移り変わる可能性がありますが、エネルギー収支のバランスを世界全体で取るという基本は変わらないでしょう。この普遍的な課題に対して125年後にどんな技術が選ばれているのかはわかりませんが、少なくとも現時点で人類がまだ活用できていないのが、タンパク質という『素材』です。

約40億年もの進化の過程で最適化されてきた生命は、ATP合成酵素をはじめとする非常に高いエネルギー変換効率をもつタンパク質によって活動しています。地球規模のエネルギーの課題にこれを利用しない手はありません。人間社会はこれまで基本的に無機材料の開発に力を入れてきましたが、これからは生物を形づくるタンパク質を、生命科学の文脈にこだわらずさまざまな分野で必要とされる『素材』として使えるようにすることが一つの選択肢になると考えています。

木や石など自然から直接得られる材料を『第一の素材』、科学技術の発達により生み出された金属、プラスチック、半導体等を『第二の素材』と言わせていただくなら、僕はタンパク質を『第三の素材』として提起したいです」

ビジョンについて語る藤田先生

ビジョン実現のためにどんな研究が必要になるのでしょうか?

「生体環境の外に取り出すと非常に壊れやすいタンパク質という素材を、どのように活用できる形にするのかが鍵になります。そのひとつの方向性として、先ほどお話したような分子が自己集合した複合体を用いる方法を考えています。これまでの研究で、タンパク質を分子の複合体のカプセルの中に入れると壊れにくくなり安定化するというデータが取れているので、応用すれば高機能タンパク質の機能を保ったまま、さまざまな環境で使用できる素材にすることが可能になるでしょう。

しかし、使いたいタンパク質をただ取り出してカプセルの中に保管すればよいわけではありません。タンパク質がその機能を発揮できる環境を考える必要があるのです。

これまでの研究は、分子自体の構造や性質から機能を説明するような見方がほとんどで、周囲の環境要因についてはあまり考慮されていませんでした。タンパク質を素材として十全に利用するには、環境が分子の振る舞いにどう影響するかという原理原則、いわば学理を確立していくことが求められます」

環境がタンパク質の振る舞いに影響を与える、というのがイメージしづらいのですが、わかりやすい例はあるでしょうか?

「たとえばテレビのリアリティショーで、ひとつ屋根の下で若者たちに共同生活をさせて、その人間模様を観察する番組がありましたよね。なにも制約がないだだっ広い空間ではとくに相互作用がなかったような人同士が、なにかしらの役割や空間的制約がある空間に閉じ込められることで普段とは異なる挙動をとるようになったりする。このような現象が、構造体に閉じ込めたタンパク質などの分子でも見られることがこれまでの研究でわかってきています。しかも、シチュエーションが家でもワゴンでも構わなかったように、分子の場合も外側の構造体が何でできているかはあまり関係がなくて、むしろその内部にできる空間、環境が分子の振る舞いに影響しているようです」

たしかに、環境で人の振る舞いが変わるというたとえは腑に落ちます。街で他人同士が偶然出会った場合であっても、実際はよく通る道路とか、よく使うカフェとか、出会いやすい場所があったはずですよね。つまり、出会いは偶然ではなく、街全体の環境がそこに大きく関わっている、と考えることもできそうです。

「そうですね。生体内のタンパク質などの分子も同じように、うまく機能するには分子の性質だけではなく、周囲の環境や、その環境と分子との相互作用が重要なはずなのですが、教科書的には分子自体の性質のみですべての反応が起こるような説明しかされていません。

そこで僕は、まずこうした分子に制約や条件を与えるような環境で起こる現象を確率論的に記述する方法を確立し、そうした環境を実際に再現するところまでを実現したいと考えています」

研究はどのように進められているのでしょうか。課題などがあれば教えてください。

「現在は、理論的アプローチと実験の両方をパラレルに進めています。数理的なモデルをつくって、実験結果がそれに従うかを検証して、というサイクルを繰り返しながら、そこに眠っているであろう基礎原理を突き止めようとしているところです。学理をつくるというところに関しては順調に進んでいます。

その次の課題を平たく言えば、UX(ユーザーエクスペリエンス)の追究ですね。研究成果を広めるにはマーケティング的な視点も大切なので、その学理をありとあらゆる場面で、誰でも使えるようにどうやってパッケージ化するか。あとは、本当に人のいないところで煙を立てても仕方がないので、やはり多くの人に関心を持ってもらえるようなデモンストレーションのようなことも必要になると考えています」

誰も知らない、新しいことに挑戦し続けたい

着眼点もアプローチも、一般的な化学のイメージとは一線を画しているように思います。ユニークなスタンスはどんなところに由来しているのでしょうか。

「僕が大学に進学したのはちょうど日本人が立て続けにノーベル化学賞を受賞した時期でして、テレビでも『日本の化学は世界一だ』と言われてある種のブームだったんです。僕もそんなブームに押されて化学の道に進んだのですが、もともとの関心はものごとの構造や仕組みのほうにあって、情報や物理といった数理系の思考と親和性が高かったのかもしれません。そのおかげで、化学の世界では誰も気に留めないようなことが気になって、誰もやっていないような研究テーマに取り組めている側面はあるでしょうね。だけど、ひたすら黙々と一人で研究できるほど達観してはいないので、人には注目してほしい。一匹狼のくせに寂しがり屋なんです(笑)」

最後に、そんな藤田先生の最終的な目標についてお聞きしたいです。

「楽しく生きるということにつきます。何が楽しいかと言うと、科学の世界に限らず新しいことをやるのが楽しいんですよね。今のポストにつくまでいろいろなところを転々としていて、民間企業で研究とは関係ない仕事をしていたこともあるのですが、ビジネスも研究も、何か新しい仕組みをつくるという意味で根底は一緒なのではないでしょうか。

ただそのなかで、小さいチームで、あるいは独力であっても世界の誰も知らないようなことに挑戦できるのが研究の大きな魅力だと思っています。さしあたっては、今あるアイデアをひとつの形にするために、できる限りの研究を進めていきます」

藤田 大士(ふじた だいし)

高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS) 准教授

東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻博士課程 修了。同 助教、民間企業、JSTさきがけ「超空間制御と革新的機能創成」研究者などを経て、2018年より現職。専門は超分子化学、タンパク質化学で、分子に関係するテーマに幅広く取り組んでいる。現在の研究では、複数の分子が自律的に複合体を形成して高次構造を構築する「自己集合」に着目し、最先端の自己集合技術を用いてタンパク質の機能を制御・改変、新しい活用法を見出す研究に取り組んでいる。

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