Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.47

環境にやさしい技術で、人や社会に必要とされる有機分子を自在につくりだす。「サステイナブル有機合成」

化学研究所 教授
大宮 寛久

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

2022年度に採択された化学研究所の大宮寛久先生が挑戦するのは「サステイナブル有機合成」。化学反応の一種、ラジカル反応を制御することで、環境負荷を抑えつつ有用な有機分子をつくりだす技術を開発中だという。世界最先端の研究に取り組む大宮先生が考える「研究者の使命」とは?メッセージ動画とインタビューで伺った。

世界の研究者が注目する「ラジカル反応」で有用な有機分子をつくりだす

大宮先生はどんな研究をされているのでしょうか。

「私の専門は、化学のなかでも有機合成化学という分野です。私たちの生活において、医薬品からパソコンのディスプレイまでさまざまな場面で有機分子が使われています。有機合成とは、生活を豊かにする、付加価値のある有機分子を化学反応によって新たに生み出す、いわば『分子レベルのものづくり』といえるでしょう。それも、ただつくればいいというわけではありません。今の時代、いずれの分野でも環境負荷を軽減させることが社会的な課題になっています。私たちも環境負荷の少ない試薬やエネルギーを使って、価値のある有機分子をつくることを目標に研究しています」

具体的には、どんな方法で有機分子を合成すれば環境負荷を軽減させることができるのでしょうか。

「現在、取り組んでいるのは、『ラジカル反応』とよばれる強力な化学反応をさまざまな方法で制御する研究です。

化学反応は、電子の動き方によって大きく2つに分けることができます。2電子が動くイオン反応と、1電子が動くラジカル反応です。有機合成ではイオン反応を使う方法が主流となっていますが、イオン反応は分子の形・大きさ・性質に大きく左右されるため、それらの条件を整えて反応させるには大変な手間がかかります。これに対して、ラジカル反応は分子の大きさや形を選ばず、強い力でさまざまな化学結合の組みかえを引き起こすことができるという特徴をもちます。たとえば、イオン反応であれば何十という工程を踏まなければならない複雑な有機分子の合成も、ラジカル反応をうまく使えば、たった数工程で済んでしまう場合があるのです」

調和した地球社会のビジョンに向けた研究概略図

工程が減ればそれだけ使う資源も少なくて済み、環境への負荷を抑えることができるというわけですね。そんなラジカル反応が、有機合成にあまり使われていないのはなぜなのでしょう?

「ラジカル反応は世界中から大いに注目されているのですが、その強い力のために意図しない反応がたくさん起こってしまい、結果的に目的の有機分子を合成できないという未解決の課題があるのです。ラジカル反応を実用的なものにするためには、その力を制御して、必要な有機分子だけをつくる技術を開発する必要があります。現在、世界中の研究者がラジカル反応を制御する研究で成果を競っている状況なんです。

化学反応を制御するには、触媒、試薬、エネルギーを使うなどさまざまな方法がありますが、なるべく環境負荷の少ない方法が望ましいのは言うまでもありません。なかでも私たちが世界に先駆けて成果を上げつつあるのが、有機触媒を使う方法です。有機触媒は金属触媒に比べて環境負荷やコストを低く抑えることができます。これは、医薬品をつくる上でも大きなメリットです。有機触媒でラジカル反応を制御することで、画期的かつ実用的な化学反応を実現したいと考えています」

とてもホットな研究テーマであることがわかりましたが、大宮先生ご自身がラジカル反応の研究を始められたのにはどんなきっかけがあったのでしょうか。

「それはある意味たまたまですね。私は薬学部の出身で、有機合成には学生の頃からずっと取り組んできましたが、ラジカル反応を本格的に研究しはじめたのは最近です。京都大学に着任する前、2017年以来勤務していた金沢大学でのことですが、とある化学反応について研究していた研究室メンバーが、あるとき有機触媒を使ったラジカル反応を発見したんです。それは、炭素と炭素の間の結合をラジカル反応でつなぎ、ケトンという化合物をつくる反応でした。そのときには、それが重要な研究になるのかどうか半信半疑なところがあったのですが、論文を発表すると世界中の研究者から『これは面白い!』という連絡をいただき、そこではじめて自分たちの研究の価値に確信をもつことができました。それ以降、研究室としてラジカル反応の研究に大きく舵を切り、現在も世界最先端の研究に取り組んでいます」

研究室メンバーの集合写真

その後京都大学に着任されて、くすのき・125のプロジェクトへと繋がっていくのですね。

実用的な研究で社会のニーズに応えることが使命

くすのき・125では、採択者に125年後に実現をめざす調和した地球社会のビジョンを伺っています。大宮先生のビジョンについてお聞かせください。

「私は『サステイナブル有機合成』というテーマで応募させていただきました。環境負荷の少ない触媒や試薬やエネルギーを利用して、社会や人々にとって価値のある有機分子、つまり機能性材料や医薬品を、レゴブロックのように簡単に、思い通りに組み立てられるようにすることが目標です。

これまでのアカデミアの研究、特に基礎研究では、研究者が面白いと感じるテーマに取り組めばいいとされてきた面もありますが、これからの時代はそうではなく、本当に社会から必要とされるものを供給していくことが研究者や大学の使命だと考えています。環境負荷の軽減は、私たちの分野では何より大きなニーズといえるでしょう。また、それらの研究成果を実際に社会実装していくということも非常に重要です」

テーマの実現に向けて、生涯をかけてどのように取り組んでいきたいですか?

「ラジカル反応の社会実装を目標とすると、クリアすべき課題は3つあります。どのように反応を制御するのか、どんな化学反応に使えるのか、それは実用的なのか、ということです。1つ目と2つ目は今まさに有機触媒を使った研究に取り組んでいるところですが、3つ目の実用的な有機合成に展開できるかどうかが重要なテーマで、研究者として生涯をかけて取り組んでゆくことになるでしょう。

実は、もうすでに製薬会社と産学連携で共同研究を進めていて、私たちが開発した有機触媒を使ったラジカル反応が創薬の現場で使われはじめているんです」

すでに実用がはじまっているとは驚きました。研究に社会的な価値を求める時代の流れもあるとのことですが、大宮先生ご自身はどんな思いで社会実装に取り組んでおられるのか、もう少しお聞かせください。

「私も元々は純粋に新しい化学反応を開発することに興味があって、学生時代からそうした基礎研究に取り組んでいました。ですが、研究を続けるうちに『基礎研究として面白い』というモチベーションでは不十分だという思いが湧いてきました。研究の価値が自分たちだけで完結してしまうと、一体何のために研究をしているのかわからなくなってきてしまいます。次世代を担っていく学生達や子供達に対して『この研究にはこんな意味がある』と説明できるような、社会への波及効果がある研究をしたいと考えるようになりました。

ですから、私たちの研究では社会が必要とする有機分子を生み出すことを第一に考えています。今回の産学連携の事例であれば、製薬会社さんからの『こんな分子をつくってほしい』という要望にピンポイントで応えられるような、いわば『オンデマンドなものづくり』を実現したい思いです」

産学連携研究に関する概略図

ラジカル反応×生物機能分子で加速する医薬品開発

くすのき・125採択期間の3年間で実現したいことについて教えてください。

「京都大学に着任したばかりなので、まずは研究の土台を整えるための設備投資にくすのき・125の資金を使わせていただきたいと考えています。

そのうえで取り組んでいきたいのが、生物機能分子をターゲットにした研究です。生物機能分子は生体内で何らかの働きを担っている分子の総称です。さまざまな形や大きさ、性質をもったものがあり、それらをイオン反応で、形や大きさ、性質を変化させていくには大変な手間、つまり環境負荷がかかるのですが、ラジカル反応を使えば理論上は簡単につくりかえることができます。生物機能分子を思い通りにつくりかえる技術を確立できれば、新しい医薬品の開発を加速させることにもつながります。この3年間では、生物機能分子のなかでもとくに『核酸』に着目します」

核酸というと、細胞核の中にあるDNAやRNAのことですね。

「そのとおりです。核酸の一部を組み替えて薬として使う核酸医薬品というものがありまして、インフルエンザなどのウイルス感染症、遺伝性疾患、がんなどの治療薬として大変注目を集めています。それだけに製薬会社からのニーズもありますし、核酸はサイズも大きくて複雑な有機分子なので、ラジカル反応で扱うのにぴったりなテーマです。もちろん、核酸に限らず、さまざまな有機分子の合成にチャレンジしていくつもりです」

大宮研究室の研究概略図

お話をお聞きして、社会のニーズがあってこそ研究が進み、研究が進むことで社会が進歩していくのだということを感じました。改めて、ラジカル反応を制御することは社会にとってどんな意味を持つのか、お考えをお聞かせください。

「私たちの生活は、有機分子を合成・活用することなしにはありえません。たとえば、COVID-19のような感染症が流行すると、治療薬となるのは結局ほぼすべて有機分子です。つまり、私たちの研究は、いざというときに役に立つ有機分子をつくりだすことであり、複雑な生物機能分子をも変化させることができるような万能な有機合成反応を開発することもその一例と言えるでしょう。さまざまな有機分子を迅速に、簡単に、思い通りにつくりだせるようになれば、社会全体が大きな困難に直面した際、立ち向かう一助となると信じています」

大宮 寛久(おおみや ひろひさ)

化学研究所 教授

京都薬科大学で学んだのち、京都大学大学院工学研究科 博士後期課程 修了。北海道大学助教・准教授、金沢大学教授を経て2022年より現職。専門は有機合成化学。とくにラジカルを活用した触媒・反応・機能の創製を研究テーマとし、製薬会社との共同研究など産学連携にも積極的に取り組んでいる。

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