Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.53

生命を駆動する現象・「化学振動」を制御し、新しい化学の地平を拓く。「化学反応の『振動』と光触媒で実現する化学デバイス」

工学研究科 助教
浪花 晋平

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

2022年度に採択された工学研究科の浪花晋平先生が取り組むのは、「化学反応の『振動』と光触媒で実現する化学デバイス」。生命現象を化学的に模倣する技術によって実現をめざす、人工物と自然物の境界がなくなる未来とは? メッセージ動画とインタビューで伺った。

実用面にとどまらない、固体触媒に秘められた可能性を科学する

まずは、浪花先生がご専門とされている研究分野について教えてください。

「専門は触媒化学で、とくに固体触媒を用いた化学反応について研究しています。一般に、溶液に均一に溶けて化学反応を促進する分子触媒などの触媒を『均一系触媒』と呼び、溶液に溶けない、つまり液相と固相が交わらず不均一な状態で機能する金属微粒子などの固体触媒を『不均一系触媒』と呼びます。私は後者の不均一系触媒に着目し、新しい化学反応を起こしたり、既存の化学反応をより効率化したりできるような触媒材料の開発を行っています。

触媒の開発といっても、ただ単に結果の良し悪しを見るだけではありません。固体触媒の表面でどんな化学反応が起こり、どんな要素がそのクオリティを決めているのか、化学反応の過程の中にある普遍的な学理の整理にも重点を置いています。何が起こって良い結果につながったのか、あるいはその逆も調べることが、より良い材料を開発することにもつながるからです」

均一系触媒は溶液に溶け込んで作用し、不均一系触媒は溶け込まず固相と液相が触れる表面が作用する

基本的な質問で恐縮ですが、固体触媒の特徴や、固体触媒を使うメリットにはどんな点があるのでしょうか?

「一般的によく知られているメリットとしては、溶液に混ざらないので触媒の分離と回収が容易で再利用しやすいという点が挙げられます。そのため工業プロセスと親和性が高く、鉄を触媒にして水素と窒素からアンモニアを生成するハーバー・ボッシュ法をはじめさまざまな場面で利用されています。

それに加えて、工業プロセスの観点とは別のメリットもあるのではないかと私は考えています。固体であるということは、表面に凹凸があったり、同じ組成でも粒度に違いがあったりと、そもそも触媒そのものが不均一な構造を持っていることを意味します。これが固体触媒を用いた化学反応の分析の難しさにもつながっているのですが、そのおかげで均一系触媒では起こりにくい反応も起こりますし、どんな化合物の生成をより促進するかという選択性も均一系とは異なります。不均一さがもたらす特異な反応性とでも言いましょうか、そもそも触媒としての性質が均一系とは異なることに、何かしらの利点がありそうな気がしています」

均一系と比較したときに実用性の面に注目が集まりがちだけれど、もっと根本的な違いがありそうだと。普遍的な学理の整理に重点を置かれているというお話にもつながりますね。

「そうですね。化学という学問は、これまで有用な人工物を次々生み出し、産業を下支えすることで社会の発展に貢献してきました。しかし、化学にはもっと他の側面もあるのではないかと思うんです。自然界では、いつも無数の化学反応が起こっています。そもそも私たち人間を含む生物が生きて活動していること自体、途方もない数の化学反応が連鎖した結果です。こうした視点をもつと、化学は単に人間にとって便利なものを提供してくれるだけではなく、自然と人間に共通する普遍的な領域を扱う学問だと考えることができます。

くすのき・125では、こうした化学観を体現する『化学振動』という現象に焦点を当てて、固体触媒を使った研究に取り組みます」

生体を模倣したデバイス、その鍵は「化学振動」

くすのき・125では、125年後に実現させたい調和した地球社会のビジョンについて伺っています。浪花先生のビジョンを教えていただけますか?

「生命現象を化学的に模倣し、同じようなメカニズムで機能するデバイスや技術を開発することで、人工物と自然物の境界をなくしたいと考えています。たとえば、集積密度が限界に達しつつあるといわれる半導体集積回路に基づく既存のコンピュータに代わって、生物の脳と同じように化学反応を使って情報を処理する化学コンピュータが実用化されればどうでしょうか。しかも、生体のように複雑なものではなく、もっと単純で小さな分子で生体を模倣するのです。ものは違えど現象としては同じものとして、化学の基礎単位であるmol、桁にすると10の23乗もの情報を一度に扱うことができ、これまで不可能だったような計算も可能になるかもしれません。また、生体と同じ化学エネルギーで駆動するので、電力の供給のない自然環境下でも利用できるようになるでしょう。

生体を模倣したデバイスをつくるには、個々の生命現象を再現可能なレベルまで理解する必要があります。それは、ひいては生命そのものを理解することにもつながります。そんなデバイスが普及すれば、自ずと人々の生命観にも変化がもたらされるでしょう。人間がつくったモノと自然が生み出した生命、両者の根底にある化学反応というメカニズムに着目することで、その境界が溶け合っていく。技術開発の面でも、化学という学問分野全体においても、人と自然とつなぐような未来を125年後に実現したいと考えています」

生命現象を化学的に模倣するとは、具体的にはどういうことなのでしょうか。

「たとえば私たちの心臓の鼓動も、突き詰めていけば化学反応の連鎖によって起こっている現象です。通常、化学反応というとどんな化合物が生成されるのか、ミクロな視点の結果がまず問題になりますが、ここではむしろ、そうしたミクロな化学反応の連鎖の結果として起こる、周期的な筋収縮というマクロな現象のほうが重要であることはわかっていただけると思います。こうした周期的な現象は、鼓動だけでなくあらゆる生命現象の根幹をなしています。

そこで考えたのが、そうした周期的な現象を生体内の分子よりも単純な分子を使ったモデルで模倣し、それを制御することで駆動するデバイスを開発することでした。たとえば化学エネルギーでモノを動かしたり、情報処理を行ったり、化学反応で別の化学反応を制御したり、まさに生体内で起こっているようなことですね。実はごく最近になって、こうした技術の一部が研究シーズとして報告されるようになってきているのですが、私はこうした化学反応の制御に固体触媒を用いることで、より汎用性の高い技術を開発したいと考えています。これまでの『どんな化合物をつくるか』という視点とは違った化学の世界が、今後さらに広がっていくでしょう」

化合物ではなく現象に着目するのであれば、生体内の複雑な分子をそのまま再現しなくても模倣することはできるというわけですね。それが先ほどの「化学振動」という言葉につながっていくのでしょうか?

「そのとおりです。一般的な化学反応は、反応物と生成物の濃度が平衡状態になるまで単調に進みますが、そうではなく反応物と⽣成物の濃度が周期的に変動(振動)しながら進んでいく現象を『化学振動』と呼びます。この現象は遅くとも1950年代にはすでに報告されていました。当時はそれこそ心臓の鼓動や細胞の周期的な活動のように、複雑な分子の集合でしか化学振動は実現できないと考えられていましたが、その後、ごく単純な分子でも駆動することが発見されました。その代表例がBZ(ベロウソフ・ジャボチンスキー:Belousov-Zhabotinsky)反応です。これは生体の代謝回路を再現しようして偶然見つかった反応で、生命現象を理解するモデル反応のひとつとされてきました。

BZ反応では、数種類の試薬を混合して撹拌しながら反応させると溶液の色が赤、青、赤、青……というように周期的に変化します。さらに興味深いのは、外部から撹拌しなくても振動が生じるという点です。この場合、化学反応が溶液中を伝播して波紋のように次々広がり続ける模様を描きます。このときどんなことが起こっているのかというと、溶液中のいくつかの物質の濃度が周期的に増減を繰り返しているのです。見た目も非常にわかりやすいため、科学教育の教材としてもよく利用されるポピュラーな化学反応です。

BZ反応は化学振動の代表例。生成物の濃度が数十秒程度の周期で増減を繰り返し、溶液を攪拌し続けると溶液の色が周期的に変化するため、化学振動を簡単に見ることができる

もう少し詳しくお話ししますと、化学振動の発現には,典型的には少なくともふたつの要素が必要であることが知られています。ひとつは自己触媒反応といって、化学反応によって生成された物質がそれ自身の生成を促進する過程。もうひとつは反対に、反応を抑制する過程です。溶液中ではこのふたつが同時に進行していて、反応の鍵となる物質(X)が多いときには自己触媒反応が一気に進み、その過程とともにXが消費されることで今度は抑制過程が優位になり、またXがある閾値を超えて多くなると自己触媒反応が進み……というように反応を繰り返すわけです」

化学振動を固体光触媒で制御する

その化学振動を固体触媒で制御することでデバイスをつくるということですが、これはどのように取り組まれるのでしょうか?

「デバイスをつくるという目標に向けて、段階的に課題を設定して取り組んでいきます。

現在取り組んでいるのは、化学振動の挙動をいかに制御するかという課題です。これには、刺激強度や面積の操作、オン・オフの切り替えが容易な光を利用します。光触媒を溶液に加え、外部から光を照射することでそのエネルギーを吸収し、化学反応を制御するのです。ところがこれが一筋縄ではいきません。基本的な化学振動では、光触媒として金属錯体などの均一系溶媒を用います。このとき、触媒が反応溶液に溶け込むことで振動子として振動の挙動を決定づけるとともに、光を吸収する役割も担うため、振動挙動と光の吸収を別個に制御することが難しいのです。そこで私は固体触媒を使うことを考えました。固体光触媒ならば、反応溶液に混ざり合うことなく光吸収の役割のみを担うことができるので、光吸収を振動挙動とは別個に操作することができるはずです。この仮説のもと、代表的な固体光触媒である酸化チタン触媒をBZ反応の溶液に加えて実験を行い、光を当てている間だけ化学振動を抑制することに成功しました。

くすのき・125の採択期間中に、光の照射効果をさらに詳細に検討したいと考えています。化学振動に対する光の照射効果を扱った先行研究では、反応物の濃度や光の照射時間によって振動が促進されたり、逆に抑制されたりと結果が複雑に変化することがわかっています。すでに報告されているそうした効果と、今回取り組んでいる固体触媒を使った場合の効果を比較するために、光の強度や時間、反応物の濃度を変えて実験し、固体触媒を使う場合の優位性をしっかり検証したいと考えています。もちろん、検証の際はただ『こうなりました』という結果だけを見るのではなく、それぞれの条件下の触媒表面で実際にどんな反応が起こっているのかということまで突き詰めてゆきます。そしてゆくゆくは、この検証で得られた成果をBZ反応以外の振動子にも適用していければと考えています」

浪花先生が取り組んでいる実験の様子

光触媒で化学振動の周期を制御できたとして、その次はどんなことが課題になるのでしょうか。

「さらにチャレンジングな課題になりますが、次の段階では3次元的な制御を実現したいと考えています。現状、化学振動の周期をある程度制御することはできても、反応の波が溶液中に伝播していく様子を空間的にコントロールする技術は確立できていません。反応の周期だけでなく伝播する経路も操作できるようになれば、化学コンピュータなどのデバイスの実現に一歩近づくことになるでしょう。

ここでまた固体触媒の特性が活きてきます。固体触媒はその表面でのみ反応が起こるので、粉末にして任意の物体に塗布したり、シート状にしたりすることで、反応の空間的な制御が可能になるのではないかという仮説を立てています。ただし、これにはよりマクロな流体力学的な観点も必要になってくるので、そうした専門家との共同研究として展開していきたいと考えています」

化学の視点から生命を理解したい

生体を模倣したデバイスをつくることは、生命への理解を深めることにもつながるとおっしゃっていました。化学を専門とされる浪花先生にとって、化学振動と固体触媒、そして生命とはどのような研究対象なのでしょうか。

「私は研究者として、与えられたテーマではなく自分で見つけてきたテーマで、自分にとってやる価値のある研究にこだわりたいという気持ちを強く持っているほうだと思います。化学振動を知ったのは学部生の頃で、そのマクロな現象の面白さに惹かれて独自に勉強をはじめました。配属された研究室では固体触媒を扱うことになったわけですが、実はこの両者は、生命の起源というテーマで交差しているのです。それに気づいたときには正直驚きましたが、それ以来、化学の視点から生命の起源についての理解を深めることが私にとって大きなテーマのひとつになっています」

化学振動が生命現象に関わっているだけでなく、固体触媒も生命の起源に関わっているのですか。なんとも運命的ですね。

「そうなんです。生命のもととなる有機物は太古の海底の熱水噴出孔付近で合成されたとされていますが、そこには鉄やニッケルといった、触媒になることができる鉱物も存在していました。こうした環境を実験的に再現したところ、鉱物が固体触媒として作用することで、水素と二酸化炭素からギ酸やホルムアルデヒドといった有機分子が生成しうることがわかったそうです。この報告では、現在の生命につながる最初の分子ができる過程に固体触媒がどう関わったのかが示唆されたわけですが、生命の起源と固体触媒との関係はそれだけにとどまらないと私は考えています。単純な有機分子から周期的な振動が生まれ、秩序を形成して生命になっていく過程でも固体触媒が何らかの役割を果たしていたのではないでしょうか。固体触媒によって化学振動がどのように振る舞いを変えるのかを知ることは、生命の起源をめぐる議論を深めるうえでも非常に重要なのです。

また、そのように固体触媒が生命の誕生を後押ししたのであれば、均一系触媒や有機化学だけでは実現できないような難題、たとえば生命現象の再現を固体触媒のアシストによって実現することも難しいことではないはずです。こうしたことが実現できれば、化学をより広い視点で捉えられるようになるとともに、有機物だけでなくそれらをとりまく環境をひっくるめた新しい生命観をもつことにもつながってゆくでしょう。これこそまさに『自分がやるべき研究』で、研究者としての生涯をこの研究で生きていこうとすら思っています。まずは第一歩として、しっかり成果を出せるように取り組んでいきたいです」

浪花 晋平(なにわ しんぺい)

工学研究科 助教

2022年、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。同年4月より現職。専門は触媒化学。現在は固体触媒を用いたCO2の水素化や有機合成などのテーマに取り組む傍ら、学部生のときに出会い心惹かれた化学振動についても独自に研究を行い、固体触媒・光触媒による化学振動の制御技術の確立と、それを応用したデバイスの開発をめざす。

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