Behind Kyoto University's Research
ドキュメンタリー
Vol.56

岩石の物性を切り口に、大地の恵みをもたらす地中世界の物理法則を探究する「地球熱システムの包括的理解が拓く地球と共存する社会」

理学研究科 助教
澤山 和貴

くすのき・125

京都大学創立125周年記念事業の一つとして設立された学内ファンド*「くすのき・125」。このファンドは、既存の価値観にとらわれない自由な発想で、次の125年に向けて「調和した地球社会のビジョン」を自ら描き、その実現に向けて独創的な研究に挑戦する次世代の研究者を3年間支援するというものだ。
*「学内ファンド」とは、京都大学がめざす目標に向けて、京都大学が持つ資金を学内の教職員等に提供する制度のことです。

2022年度に採択された理学研究科の澤山和貴先生が取り組むテーマは「地球熱システムの包括的理解が拓く地球と共存する社会」。温泉や地熱資源といった大地の恵みに深く関わる地下の水の流れをユニークな手法で探究しているという。別府市にある地球熱学研究施設を訪ね、メッセージ動画とインタビューで伺った。

温泉や地熱資源、人間に恵みをもたらす地中の水の流れに迫る

まずは澤山先生のご専門分野について教えてください。

「大きく言えば地球科学ですが、そのなかでも岩石の物性を調べる岩石物理学という分野を専門にしています。

私たちの足の下にある地層は、岩石によって構成されています。その岩石はときに地震や火山噴火といった自然災害を引き起こす要因となり、また同時に温泉や、地熱発電に用いられる熱水、つまり地熱資源といった恵みももたらしてくれます。私はとくに温泉や地熱資源と関連して、岩石の中の水の流れを主なターゲットにして研究に取り組んでいます」

どんなふうに岩石の中を水が流れ、温泉や地熱資源になるのでしょうか。

「岩石といってもその成因などによって種類がさまざまあるのですが、たとえばマグマが冷えて固まった火成岩であれば、鉱物の結晶が集まってできています。その結晶と結晶の境目の、顕微鏡でしか見えないような小さな隙間を水が通るんです。ですので、通常は岩石の中を流れる水はごくわずかなのですが、目で見てわかるような亀裂があれば、よりたくさんの水がその空間を通ることになります。地震のニュースでよく耳にする『断層』はこの亀裂の最たるものです。

地上で雨が降ると、雨水は地下に浸透し、大きな亀裂があればそこを選択的に流れて地下に溜まっていきます。地下は基本的には深いほど温かいのですが、特別な熱がなければ、地下数百mの領域では温泉として使えるような熱水にはなりません。しかし近くにマグマ溜まり、つまりマグマが浅いところまで上昇してきた塊のようなものがあると、水が熱せられて対流を起こし、地上まで上がってきます。これが湧き出したものが温泉や地獄(沸騰水や高温水蒸気が噴出する場所)になるわけです。

地熱発電に用いられる地熱資源の場合は、水と熱にさらに圧力という条件が加わります。地下で熱せられた水の上に岩石の『蓋』のような層があると、圧力鍋の要領で、通常は100℃で沸騰する水が150~200℃でも液体のまま存在することができます。これを地上に取り出すと一気に気化するので、その莫大なエネルギーでタービンを回して発電するのです」

くすのき・125の着想を得るきっかけとなった噴気・変質帯の露頭。地熱流体と噴出した火山ガスによって周囲の岩石が白く変質している。地下の火山活動が活発であちこちから温泉が湧き出ている別府市は、澤山先生にとって研究のインスピレーションを得られる土地だという

地下には水を溜めやすい地層や断層もあれば、逆に「蓋」となるような水を通しにくい地層もあり、それらの分布が温泉や地熱資源と関わっているのですね。

「そのとおりです。私の研究では、それらの地層が実際にどの程度水を通すのかを、観測データと実験、それにシミュレーションを組み合わせることによって明らかにしようとしています。地中の岩石とそこに含まれる水の状態を把握することができるようになれば、貴重な資源を枯渇させず、有効に活用することにつながるでしょう」

地球内部の環境を理解することで、地球と上手に付き合ってゆく

くすのき・125では、125年後に実現させたい調和した地球社会のビジョンについて伺っています。澤山先生のビジョンをお聞かせください。

「提出したテーマには『地球と共存する社会』と書かせていただいたのですが、温泉や地熱資源といった地球の恵みを効率的に利用しつつも、地震や火山災害のリスクを低減して、地球と人間、双方にとってwin-winになるような社会を地球科学的な観点からめざしたいと考えています。

たとえば最近、地熱発電に適した熱源に近い岩盤に水を注入して小さな割れ目をつくる、または増やすことで人工的に地熱発電をしようという取り組みが注目されています。しかし、それも簡単なことではありません。過去には、地下に水を圧入しすぎて岩盤に負荷がかかって周囲で地震が起きてしまったという報告もあります。人間が活動するうえで、何が地球内部へのダメージになってしまうのか、どうすればあるがままの地球環境を守ることができるのかはまだよくわかっていないのです。

環境問題といえば大気や海洋がよく話題に上がりますが、それらと比較しても地球内部のことを知るすべは非常に限られているという難しさがあります。日本の温泉文化の歴史は古いですが、今のようにたくさんの温泉が利用できるようになったのは、100年ほど前に地下を掘る技術が確立してからになります。地熱発電が日本で初めてはじまったのもわずか50数年前です。その一方で、地中のマグマは数万年というスケールで活動しています。人間が地中の恵みを積極的に利用するようになったのは、地質学的な時間スケールを考えるとごく最近のことで、理解が及ばないことばかりなのも致し方ありません。

そんな地球と人間が共存していくためには、125年後に向けて基礎的な学理を積み重ね、地下の様子をより正確に把握することができるようになることが大切です。そうすれば、たとえば噴火を引き起こす寸前の水蒸気の圧力を地熱発電に使い、噴火を防ぎつつエネルギーとして利用するといった夢のようなことも可能になるかもしれません」

地下のことはほとんどわかっていないとのことですが、研究の難しさはどんなところにあるのでしょうか。

「最も難しいのは、地球の内部を直接見るわけにいかないということです。旧ソ連が莫大なコストをかけて打ち立てた掘削の世界記録でさえ、到達できたのは地下12kmほどでした。これは地球全体からすると玉ねぎの外皮くらいの厚さです。それでわかるのは莫大な地球のほんの一部に過ぎません。そこで地球科学で一般的に取られているアプローチは、エコーでお腹の中を見るみたいに地下に音波や電気を流し、その伝達速度や流れやすさから地球の中を探ろうというものです。しかしこの方法では、多くの場合『なんとなくこういう地層がある』といったことまではわかりますが、地熱資源などに関係する水の流れの情報を得るには十分ではありません。

岩石が不均質であることも計測を難しくしている要因です。金属の塊であれば元素によって結晶構造や物性もある程度決まっていますが、岩石は多種の鉱物とその隙間で構成された不均質な構造が物性に大きく関わっているため、すべての岩石に共通するような普遍的な計測方法というものは今のところ存在しません。

そもそもこの分野の研究はこれまで主に石油の探索のために発展してきた経緯があり、現在、地下の水の流れを知るために使われているモデルや計測技術の多くも、もとはといえば石油を産出する砂岩に特化したものです。砂岩は砂粒が押し固められた隙間だらけの構造をしており、鉱物の結晶からなる火成岩とは性質が大きく異なります。つまり、現在のモデルや計測技術は、地熱資源に関係するような火成岩とその内部にできた亀裂からなる地層を理解するにはあまり適していないのです。

実は近年、日本の観測技術自体は非常に高精度化してきていて、地震や火山に関する興味深い観測データが発表されればそちらに耳目が集まるのですが、根本のところでは観測によって得られたデータを解釈するための理論がまだ足りていない状態です。私は岩石物理学が地球の内部を知るためのいわば“解剖学”のようなものとして理論の構築に寄与できると考えているのですが、そのためには、より普遍的な物理法則にもとづいたモデルを打ち立てる必要があります」

実験に使用する亀裂の入った岩石のサンプル(地球熱学研究施設地下で実際に掘削された貴重な試料)

実験とシミュレーションを組み合わせ、観測データを読み解くための理論をつくる

地中のデータを取ることはできても、それを読み解くための材料が十分ではないのですね。澤山先生はこの難しいテーマにどうアプローチされるのでしょうか。

「最終的な目標は、地上から計測可能な音波や電気の流れやすさといったデータから、地下の岩石の水の流れやすさなどの物性を推測できるようなモデルを確立することです。そのために、実験室で地下の環境を再現しながら岩石サンプルを計測し、その結果を実地の計測結果とすり合わせることを考えています。

具体的な研究手法としては、採取した岩石のサンプルを圧力釜のような装置に入れて、圧力をかけながら水を流すことでその流れやすさを計測します。このとき同時に音波や電気の流れやすさも計測するんです。岩石中の水の流れと音波や電気による計測結果がどのように関係しているのかという法則を実験室で明らかにすることで、実地の観測においても地中の水の流れをより正確に知ることができるようになるというわけです。くすのき・125の資金では、まず地下10kmの圧力を再現しながらさまざまな計測を行える実験装置をつくらせていただきました。

さまざまな岩石の水の流れをモデル化する第一歩として、今回は地熱資源に関連が深く、これまでモデルが確立されてこなかった異質な存在である『亀裂』と『粘土鉱物』にターゲットを絞って実験に取り組みます。

亀裂とは岩石に小さな割れ目が入った状態のことですが、地中では断層もこのような状態で存在していて、温泉や地熱資源となる水を蓄えていると考えられています。もう一方の粘土鉱物は、岩石と水の化学反応によって生成され、シート状に層をなした鉱物です。水をかなり通しづらく、これが先ほどお話しした地下で熱水を閉じ込める『蓋』の役割をする鉱物として知られています」

岩石に圧力をかけながら計測をするための実験装置

個別のサンプルからデータを得られたとして、法則性のようなものを詰めていくのはさらに大変なのではないでしょうか。

「はい。とくに厄介なのは亀裂の扱いですね。岩石への圧力のかかり方によって、できる亀裂の幅や方向などがそれぞれ異なるため、ひとつひとつ計測していってもなかなか普遍的な結果を導き出すことができません。それに、実験では水が亀裂の中を流れる様子までは見ることができず、水が流れたという結果だけしかわからないという限界もあります。

そこで私は、数値計算を使うことにしました。実は今回の実験を始める前から、岩石を産業用のCTスキャンにかけて数値計算で物性を評価する『デジタル岩石物理』という手法を使っていまして、この方法を亀裂に応用するのです。ただし、スキャンした亀裂をそのままコンピュータ上にモデリングするだけではなく、さまざまなサンプルから亀裂の形状の特性を抽出し、それをいくつかのパラメータとして数値で記述します。この数値を操作しながら亀裂に水を流すシミュレーションを繰り返すことで、どの幾何学的パラメータがどのように水の流れに関係するのかが、ある程度普遍性をもった物理法則として解明できるのです。こうしたシミュレーションの結果、亀裂の表面の粗さや、水の流れが合流する隙間の連結部分が流動に大きく関与していること、その一方で電気の流れやすさと水の流れやすさの間には、これらの亀裂構造に関わらず普遍的な関係があることまでわかってきました。それぞれの物性値には岩石ごとの個性がありますが、物性同士を繋げる物理法則には、一定の普遍性があると考えています。

それでも、そもそもサンプルを採取できるのは地下10kmほどが限界で、地球全体のほんの表層の、そのまたごく一部にすぎないという難しさもあります。地下の亀裂全体を代表するような結果が得られるのかというと難しいところなのですが、そのたった10kmでさえもこれまでは地上から観測するしかなかったものに対して、実験と数値計算の双方向からデータを提供し、比較できるようになるということは大きな進歩だと思います」

くすのき・125の採択期間は3年間ですが、この間での目標はありますか?

「今回構築した実験システムを使って亀裂と粘土鉱物に対する実験データを取り、そのデータとこれまでの数値計算、そして実地での観測値とを比較することで、実験結果が本当に地下の水の流れを説明できるのかを検討することが最初のステップです。その手法を確立することができたら、次は温泉や地熱資源にとどまらず地震や火山活動と関連するような岩石にも展開して、実地での観測値と比較できるようなシステムをつくっていきたいと考えています」

実験と数値解析、実地での観測値を比較検証することで、地上からの観測で地下の水の流れを捉えることができる理論モデルの構築をめざす

地震や火山にも深くかかわる岩石の物性、その重要性を知ってほしい

岩石の物性を調べることは、地熱資源や温泉だけでなく地震や火山活動を含めた広い領域にかかわるテーマでもあるんですね。

「日本では地震や火山活動の観測研究は盛んですが、岩石物理学の研究者はまだまだ少ないのが現状です。例えば今回ターゲットにしている粘土鉱物は火山帯に分布していることが知られていますし、地下の水を閉じ込めたり特異な挙動を示したりすることで地震を引き起こす一因になるとも考えられています。そうした岩石や地層の物性についての理解を深めなければ、将来的に地震や噴火を予測するような研究の高度化にも繋がらないのではないかと思っています。

私自身、地球科学に興味を持ったのは2011年の東日本大震災がきっかけでした。原発事故があった後、安全なエネルギー源として地熱資源がよくメディアに取り上げられていたのを見ていて、地球のことをもっと知りたいと思い地球科学を専攻したんです。地震の研究にも興味はあったのですが、地熱資源について研究している人がまだ少ないということを知り、最初のモチベーションでもあった地熱資源の勉強を始めました。

勉強してわかってきたのは、地熱資源だけでなく地震や火山活動といったあらゆる事象に地下の水の流れをはじめとした岩石の物性が関わっているということでした。大学に入った当初は岩石の勉強があまり面白いと思えなくて、何の役に立つのだろうと思っていたんですが、多くの分野に波及効果のあるとても重要な研究対象だと気がついたことで現在の研究テーマへの道がひらけました。科学的な興味を満たすだけでなく、岩石物理学で社会の役に立ちたいという思いで研究に取り組んでいます。

こうした地道な研究にも興味を持ってもらえるように、最近は若手研究者や学生向けにZoomで勉強会を開いたりもしています。少しでも多くの人に岩石物理学の重要性を知ってもらって、研究ネットワークを広げられるように目下奮闘中です」

澤山 和貴(さわやま かずき)

理学研究科 助教

九州大学大学院工学府地球資源システム工学専攻博士後期課程修了。博士(工学)。2021年より現職。専門は岩石物理学で、実験と情報科学を組み合わせた手法で岩石の物性を探究し、汎用性の高い岩石物理モデルの構築・応用をめざす。所属する地球熱学研究施設の立地を活かし、地熱・温泉資源の持続的な開発もテーマに掲げている。

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