Biographies of Kyoto University's Personnel
京大人間図鑑
Vol.11

村山美穂 野生動物研究センター 教授

サルの行動の背景にある要因を客観的に判断する手段はないか――そんな疑問から研究をスタートした、野生動物研究センターの村山美穂教授。遺伝子解析を手掛かりとして、多様な野生動物の生態のナゾを解き明かすことに挑戦してきました。性格に影響する遺伝子、血縁関係を判定する遺伝子などの研究は、野生動物の飼育や保全に役立っており、さまざまな可能性を秘めた研究分野として注目されています。

村山美穂
野生動物研究センター 教授

野生動物の遺伝情報を飼育や保全に活用

――野生動物の遺伝情報に関する研究をなさっているんですね

村山教授 野生動物のDNAからは、行動や生態に関するさまざまな情報が得られます。研究室では野生動物のフンや毛などからDNAを抽出して、個体情報のデータベースを作り、そこから個体識別や親子判定などに利用できる多型マーカー(個体によって異なるDNA配列の指標)を開発しています。この多型マーカーを使って、遺伝子と行動や性格との関係性を研究したり、野生動物の保護や繁殖に活用したりしています。

――野生動物の研究に興味を持ったきっかけは何ですか

村山教授 大学に入ったころは研究者になろうとは思ってなかったんです。でも、周りには研究者になるという明確な目標を持って京大に来たという学生が多くて、びっくりしましたね。それで私も自分のやりたいことを探さなきゃ、と。そのころ「嵐山モンキーパークいわたやま」によく足を運ぶようになって、行動がヒトに近いサルたちを見ているうちに、興味を持つようになりました。

サルはいきなりケンカしたり、追いかけっこを始めたりするんですけど、なぜそうなるのかが私にはわからなかったんです。行動の背景にある要因を客観的に示せるような、物質的なものを見つけられないだろうか、と考えるようになりました。それで、遺伝子を用いたニホンザルの父子判定というテーマに取り組んだのです。

ニホンザルの群れにはメンバー間に順位がありますが、高順位のサルほどたくさんの子どもを残しているかというとそうではなく、低順位のオスもそれなりに子どもを残しているという発見がありました。繁殖に順位が関係していないのなら、ほかにどのような要因が関係しているのか。性格や行動を決める遺伝子への興味がますます大きくなっていったんですが……。

――畜産技術協会附属動物遺伝研究所に就職されて、ウシの研究を

村山教授 大学院修了後も霊長類の研究を続けたかったのですが、サルの研究者では就職先がなくて。野生のサルと家畜のウシではまったく違いますから、もう、「泣く泣く」という感じでしたね(笑)。

ところが、やってみるとおもしろかったんです。ウシの肉が霜降りになる遺伝子の研究をしたのですが、霜降りというのは1個の遺伝子で決まるのではなく、いろんな遺伝子が少しずつかかわって、しかも環境の影響もあることがわかりました。私がやりたいと思っていた行動にかかわる遺伝子も、1個の遺伝子で決まるものではなく、環境の影響が大きい。霜降り肉という機能面の遺伝子研究の方法は、行動にかかわる遺伝子の研究と近いものがあるのでは?というヒントが得られました。

――その後はどういった研究をされてきたのでしょうか

村山教授 ヒトやその他の動物の性格は、環境の影響もありますが、遺伝の影響が50%くらいあるとされています。神経伝達やホルモン伝達にかかわる遺伝子の個体差が性格に影響するようです。ヒトでは性格と健康状態に関連があるとわかっているので、野生動物も遺伝子によって性格がわかれば、健康状態の把握、繁殖ペアの相性など、飼育や保全に役立つ情報が得られると考えました。

ゾウ、イルカ、ヤマネコ、猛禽類といった野生動物、野生ではないけれど人間にとって身近で性格が重要なイヌ、ネコ、ウマ、ニワトリなども研究しました。まだ研究途中ではありますが、将来はたとえば、警察犬や盲導犬などの適性判断や訓練などに役立てることができるのでは?と考えています。現在は性格に関係する遺伝子の研究と同時に、絶滅危惧動物の保全、ガーナの野生動物の家畜化の研究を行っています。

ガーナの食料問題解決に向けて家畜の飼育を支援

――ガーナの野生動物の家畜化というのは、JICA(国際協力機構)草の根技術協力事業として取り組んでいる研究ですね

村山教授 西アフリカにあるガーナの北部は、食料供給が不安定なんです。特に動物タンパク源が不足していて、子どもの発育が南部に比べて圧倒的に悪い。とはいえ、気候が厳しいのでウシやブタなどの飼育は難しい。そこで、新たな家畜として、在来の動物であるグラスカッター(アフリカタケネズミ)の飼育を支援しようというプロジェクトです。

JICA草の根技術協力事業「在来家畜生産の効率化によるガーナの食糧事情向上支援」のロゴ (c)清原なつの

――グラスカッターとはどういう動物ですか。おいしいんですか?

村山教授 ネコくらいの大きさで、肉は脂肪が少なくて豚肉のあっさりした感じです。ガーナの人が一番好きな動物ですね。普段は野生のものを捕まえて食べているんですけど、狩猟に頼っていては生態系に影響を及ぼしたり、感染症の危険もあるので、家畜化するのがいいだろう、と。

――遺伝子の働きはどのように活用されているんですか

村山教授 グラスカッターの遺伝子マーカーを作製したり、ゲノム解析で遺伝子の塩基配列を調べたりして、おとなしくて家畜に適しているという部分を見つけ、それをもとに家畜として選抜、改良をしていこうとしています。家畜として順調に育てていくために、野生個体がどんなエサを食べているかといったことだけではなく、健康状態を見るための腸内細菌や、病原体となる感染菌や寄生虫なども調べています。

現地では、村ごとに3軒の農家を選んで、あらかじめ繁殖させておいたグラスカッターとケージを支給して、飼い方のノウハウをお伝えしています。飼育は今のところ順調で、子どもが生まれたところもあり、少しホッとしています。原因がわからずに急に増えなくなったりすることもあるので、安定してずっと飼い続けられるようになるまでには、もう少し時間がかかりそうですが。

――村の方々の反応はどんな感じですか

村山教授 すごく大事に育てていますよ。家の中庭の一番いい場所にケージを置いて。彼らはニワトリやヤギなども飼っているんですが、基本的に放し飼いなんですよね。動物をずっとケージに入れておくという飼い方に慣れていないので、少し大変さもあるようです。

ガーナ大学の表敬訪問を受ける山極総長(写真右)。村山教授(写真左)とプロジェクトのTシャツを着て

村山教授 今、ヨーロッパではブッシュミート(アフリカの野生動物の肉)の違法な輸入が増えていて、感染症や自然破壊などの面で問題になっています。ブッシュミートはヨーロッパに住むアフリカ移民たちを中心に需要があるのですが、違法な形ではなく、適正に輸出入されるようになれば、とても大きなマーケットになると思います。私たちは、飼育したグラスカッターの肉を缶詰に加工する計画も進めていて、クリアすべき点は多いのですが、将来、安全な食品として流通させることもできるのではないかと期待を持っています。

絶滅危惧動物を守る国際的なネットワークづくりに挑戦

――「新たなポストゲノム手法による絶滅危惧動物の保全に関する国際連携研究」というテーマは、平成28年度の学内研究支援ファンド「SPIRITS」にも採択されました。これはどういう研究でしょうか

村山教授 絶滅危惧種のゲノム解析を進めることによって、近縁の種とどのくらい違うのかとか、同種内でも多様性があるので各地域にいる集団はどういった特性があるのかなど、動物の情報を詳しく調べて、保全に役立てようというものです。たとえば、トキは中国から同じ種を連れてきて繁殖させているわけですが、同じ種かどうかを判断するためには、詳しいゲノムの情報が必要になりますよね。地域集団の特性や多様性の範囲をしっかり把握しておくために、サンプルをたくさん集めて解析をしていこう、ということです。

海外には、保全のための遺伝子研究を進めているところがたくさんあるんです。たとえば、アメリカのサンディエゴ動物園。ここは40年くらい前から、飼育している動物のほとんどすべての細胞を保存しています。この動物園では絶滅寸前と言われているキタシロサイのiPS細胞を作って、種の保存に望みをかける取り組みも行われています。

――絶滅危惧動物を救う以外にどんなメリットがあるのでしょうか

村山教授 ストレスや病気や繁殖に関わる遺伝子の働きがわかれば、今、動物園にいる動物を安定して何代も繁殖させることができるようになり、これ以上、野生から導入する必要がなくなるでしょうね。実は野生動物のゲノム情報が私たち人間にとってどう役立つのかは、やってみないとわからないんです。ただ、野生動物は速く走れるとか、長距離を飛べるなど、ヒトや家畜にはない、生存のためのすごい能力がありますよね。その能力に関連した遺伝子がわかれば、もしかすると私たち人間にとって何か有益なことがわかるかもしれません。

――夢がありますね。研究は国際的な連携が重要なんですね

村山教授 海外の研究体制から学ぶことが多くあります。アメリカやヨーロッパでは動物園が研究所を持っているので、動物園の試料がすぐに使えるし、また、研究したことが動物園の動物の飼育や管理に役立てられるというメリットがあります。研究成果を活用した展示も工夫されています。そういったことを日本でもやろう、ということで京都市動物園を始め多数の動物園や水族館と野生動物研究センターが提携しています。また、野生動物には国境が無いので、移動範囲など、国際連携によって初めて解明できる生態もあります。獣医さんや飼育員さんと研究者が提携することで、お互いに学べることがあります。これによって得た研究結果を世界の研究者たちと共有し、さまざまなことに役立てることができたら、と思います。

村山教授にとっての「京大の研究力」とは?

京大は全国から学生や研究者が集まってくるので、多様性の高さがあります。いろいろな価値観、バックグラウンドを持つ人とふれあえることは、研究者にとってとても良い環境だと言えるでしょう。私は大学1回生のとき、共通科目でさまざまな学部の学生と学び合ったのですが、当時の友人たちと今でもゼミを行っています。いろいろな考え方に触れることによって、既成概念にとらわれず、柔軟な考え方ができるようになるんです。

この野生動物センターは共同利用施設ですので、いろいろな大学から研究者がやってきて、お互いに触発し合う場となっています。そういうことができるのが京大の研究力の高さにつながっているのではないでしょうか。

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