Biographies of Kyoto University's Personnel
京大人間図鑑
Vol.24

宇治梓紗 法学研究科 准教授

会議で想像もしなかった結論が出た経験をだれしも持っているものですが、国際関係ともなれば、なおのこと。1939年独ソ不可侵条約が締結されたとき、平沼騏一郎内閣が「欧州の天地は複雑怪奇」と言い残して総辞職したこともあるほどです。そのような錯綜した国際関係のもとで行われる環境条約交渉について、京都大学 法学研究科の宇治梓紗 准教授は研究しています。宇治准教授に、研究を始めたきっかけや、現在の活動、研究で目指すものについて伺いました。

宇治 梓紗
法学研究科 准教授

錯綜した現実を理論で理解する喜び

――どのような研究をされているのですか

宇治准教授 私が専門とする国際政治経済学は、国際社会における政治と経済が交叉する様々な問題を、理論的かつ実証的に研究する分野で、グローバル・ガバナンス研究とも重なります。特に環境条約が各国間の交渉を経て締結される過程を、様々な関係者が利益追求を基本として制度を設計すると考える「合理的制度論」という立場から、分析しています。博士課程では、水銀問題に対処する「水俣条約」について研究しました。最近では、質問票を用いてアンケート調査を行うサーベイ実験という方法で、どのような条件の下、国民によって環境政策が支持されるかを考察しています。

――どのような関心から、その研究に進んだのでしょうか

宇治准教授 小学生の時から環境問題に関心があったのですが、中学生ごろから国際的な貧困といった課題についても考えるようになりました。結局、それらの問題は人間の行動によって引き起こされるものですから、それに対処するには法的規制が必要だと考え、大学では法学部に進みました。
ただ、法学部でも法律ではなく政治学に進むことになったのは、大学在学中に制度というものの意義に注目したからでしょう。制度は明文化されたルールだけではなく規範・了解・相互認識といった暗黙のものも含む、法律よりも広い概念です。制度に注目することで、より広い視野で国際的な統治のあり方について分析できると考えています。また制度は、関係者の利益に着目するため、実証的な研究とも相性が良いですから、社会科学の対象にもなります。

――実務家に進むという道もあったかと思いますが、研究者として国際的な問題に立ち向かおうと考えたのはなぜですか

宇治准教授 第一の理由は、徹底的に調査し、考察したうえで、文章として完備された見解を提示するのが好きだからです。学部生時代に、ディベートに参加したことがあるのですが、口頭では言い尽くせないものが残り、心中にわだかまりを感じました。文章で知識と論理を組み立てて執筆することで、研ぎ澄まされた論理的主張の背後にある数学的な美しさを表現できると思っています。

第二の理由は、そういう自分に国際政治経済学が向いているからですね。この分野は理論を重視し、複雑で入り乱れた、理解しがたい現実の経過を、理論を通して理解可能なものにすることを試みます。これは、理論を借りて物事の本質を突き止めてシンプルに理解すること、国際社会に根ざす法則のようなものを発見することに喜びを感じる自分に合っていると思っています。

国際政治経済学で実務に貢献する

――研究者という立場から、国際的な環境問題にどのようにアプローチしようとしているのでしょうか

宇治准教授 研究の道を選びましたが、実務とのかかわりを持ち続けてゆきたいとも思っています。博士論文(『環境条約交渉の政治学―なぜ水俣条約は合意に至ったのか』(有斐閣、2019年)として刊行)の中で、実際に条約交渉に携わった国際機関や省庁の方にインタビューを行いました。その縁もあって、外務省の依頼により、現在交渉中のプラスチック条約という環境条約について調査しました。実務担当者は個別具体的な事象に関心を置き、情報収集に巧みです。彼らから学びつつも、研究者の立場から学問的な概念で整理した見方を示したり、気候変動問題をめぐるパリ協定や水俣条約といった別の環境条約で過去に使用されたロジックが、どのように横断的に交渉において参照できるかを紹介したりしました。ただ、外務省と共同してみたところ、先方も政治学者の活用に手探りの状態だと感じました。

――法学研究科の先生方は、よく行政と仕事をしている印象がありますが…

宇治准教授 たしかに法学者は、法律関係の審議会によく招聘されるのですが、政治学者は安全保障分野を除けば、政府に呼ばれることはあまり多くないように思います。関東圏の国際政治学者も、日本政府ではなく、むしろ国連関連の組織に招聘される印象があります。現在日本では、十分に政治学者を政策実務へ活用する道をまだまだ模索する余地があるように感じます。

宇治准教授はサーベイ実験という手法を用いる(Azusa Uji et al., “Public support for climate adaptation aid and migrants,”Environ. Res. Lett. 16 (2021))

――近年注目されている「エビデンスにもとづく政策立案」に貢献できるということでしょうか

宇治准教授 そうですね。とくに私が近年行っているサーベイ実験は、政策がいかにして国民に支持されるかについて有効な知見が得られるものです。このサーベイ実験とは、たとえばあるグループには情報を与え、別のグループには情報を与えないことで、政策に対する支持が、その情報の有無によってどのように変化するかを実験するものです。この方法ですと、ソーシャル・デザイアビリティ・バイアス、つまりアンケートなどで質問されたとき自分をよく見せようという選択行動を抑えることができ、世論調査では得られにくい、国民の「本音」を聞き出せます。サーベイ実験の実施には専門的な知識・手腕が必要となりますので、専門家の強みを生かして政治学者が行政と共同することができるのではないでしょうか。

国際社会と日本、理想と現実のはざまで

――宇治先生は国内だけではなく、国際的な研究チームでも活動されています。活動の場を世界に広げられた理由を教えてもらえますか

宇治准教授 そもそも海外でも研究するようになったきっかけとして、日本の国際政治学分野で環境問題の研究者が少なかったということがあります。人数が少ないと、理論、分析的アプローチの幅もかぎられますので、研究の視座を広げるには海外に目を向けざるをえませんでした。

――環境問題を扱う国際政治学者が少ないというのは意外です

宇治准教授 環境政策分野では議論をフォローするために、経済学の理論や健康・安全に関わる科学的観点についても一定程度知っておく必要がありますから、他の国際政治研究よりも学際的になります。これが、国際政治学を志す研究者が新たに環境分野に参入するときの、障壁の一つになっている部分があると思います。また、海外に比べて環境政策研究の規模が日本で小さい理由は、社会的な関心の薄さなどに求められるのかもしれません。企業はまだ「企業の社会的責任(corporate social responsibility)」の延長で環境問題に関わっているという場合が多く、ビジネス戦略の立案にあたって環境政策分野の専門家の需要が依然として小さいという印象を受けます。このことが、日本の大学研究機関やシンクタンクにおいて、環境政策を扱う層が薄いことにもつながっているように思います。

――国際的な研究関係を、文字通り開拓されたのですね

宇治准教授 何カ所か海外の研究機関で在外研究を行なったことがありますが、研究のスピード感が合うところと関係が続いています。とくにワシントン大学教授のアシム・プラカーシュ(Aseem Prakash)先生や、彼の教え子とは密に国際共同研究や学術交流を続けていますね。最近は、アシム先生や関西大学准教授のソン・ジェヒョン先生らとともに、先ほどお話したサーベイ実験で国際環境政策の支持について研究しています。

――活動の場を世界に広げる際には、苦心されるところがあったと想像します

宇治准教授 国際政治経済学の分野で研究をする以上、世界に向けて成果を発信してゆきたいという思いがあります。たしかに英語での論文執筆には労力がかかりますから、日本語で論文を書いて国内のジャーナルに掲載したほうが楽なのですが、それでは世界で読まれません。今はまだまだ修行中ですが、研究で世界に伍してゆき、退任までには英語で国際経済秩序に関する単著を執筆し、世界に通用するオリジナルな理論的見解を提示することを、将来の目標にしています。

宇治准教授が共著者として参加した近刊

――その原動力はどこにあるのですか

宇治准教授 世界の中で、日本人としてできることを見せたいという思いです。私に日本人であることのコンプレックスと、それを持ちつつも世界に互そうという思いが生まれたきっかけは、子どものころの理想と大人になってから知った現実とのギャップに直面したことでしょう。小学生のころから英語を学び、多様な人と出会う経験をする中で、人間は性別や人種によらず、平等に夢が実現する機会を与えられていると考えていました。しかし世の中に出てみると、女性であるがゆえに社会で活躍するにあたってハンディを背負っていることを実際に目の当たりにしました。また英語のネイティブである海外の研究者にくらべ、日本人研究者はすでに言語的障壁を抱えてもいます。自分が日本人研究者であることに一種の劣等感を持つ一方で、しかし自身のアイデンティティを変えられない、という現実もありましたので、あえて挑戦してみたいと考えるようになりました。研究者として、日本人であるという環境要因の壁を、安易に受け入れてはいけないという思いで自分と闘っています。そして、こういう自分に期待を寄せてくれる人から力をもらってきました。期待してくれる人がいたら、全力でそれに応えるのが、自分の進みかたです。

これからの京都大学とは?

――これからの京都大学に希望することを教えてください

宇治准教授 京大がより国際的で、開かれた大学になることを希望しています。国際的に開かれるという意味では、授業を英語で行う、海外からの研究者を招聘しやすくするなどして、日本の大学の変革をリードするものであってほしいと思います。また学際的に開かれるという意味では、研究者の間に専門分野外の隣接領域に目を向け、多様な視点を持つ気運が広まっていって欲しいですね。

インタビューに応じる宇治准教授

URAより

私たち人間は、理想・理念・理論といった観念的でかたちをとっていないものと、現実・実情・実践といった様々に条件づけられて実在するもののはざまに置かれています。理想的・理念的・理論的なものとは、人間がかくあるべきという規範的なものであり、過去の因習にとらわれないリベラルな視点によってとらえられるもの、錯綜した現実の背後に隠れているシンプルな法則であり、普遍的に通用するもので、時制においては、現在において形をとっていないという点で未来に属し、空間的には、すべてに共通するという点で国際世界に属します。他方で現実的・実情的・実践的なものは、具体的かつ多様で錯綜した、様々な条件に規定されているものであり、個別化され分断されているもの、我々が意識せずそれに規定されるもの、それゆえに現在において障壁とハンディキャップを生むものです。それは時制において過去に属し、空間的には具体的な今この場所を指すでしょう。
今回のインタビューのなかで宇治准教授は、理想主義者として前者を取って後者をただ非難するのでもなく、現実主義者として目の前の事実に従属してしまうこともしない。むしろ現実に様々な障害があることを認めたうえで、理想に向けて歩むことを止めない、という姿勢を常に保っているように思われました。特に研究では、個別具体的な政策交渉の現場を研究の対象にしつつ、なおかつ政治学者としての知見を活かす場とみなしていました。また制度という角度からアプローチすることで、人類社会が未来においてかくあるべき姿を描こうとしていました。今回のインタビューは、先生が発した「環境要因の壁を安易に受け入れてはいけない」という言葉に集約されるでしょう。

(構成:一色大悟)

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